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黒旋律の歌姫  作者: 梔子
三章【王都編:悪魔の心】
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がーるずとーく?

ガールがいねぇ(笑)

「フォルテスは以前からああなのですか?」

「ああ、とは?」


言葉を濁すカリダに、少年は率直に尋ねる。カリダは少し言い難そうに俯くと、口を開いた。


「なんだが心配症というか、心配だから誰かを閉じ込めたり、威圧感が時々あったり」

「貴方様はフォルテス・パクスが怖いのですか?」

「いえ、違うと思うで御座います。上手く言えません。けど……なんだか不安なので御座います。いや、フォルテスはとても優しいのですよ?具体的に何が不満かと言われたら困ってしまいます。なんだか、最近のフォルテスの優しさが段々、変わってきているように感じて」


フードの中のカリダの顔が歪む。その長い指は、落ち着きなくパンを千切っている。バラバラと落ちるパン屑は、まるで彼の心を表しているようだ。


「私を見ているようで見ていない。フォルテスは何故か私を、とても儚い美しい存在と思っているようなので御座います。フォルテスは、そんな【私】を守りたいと思っている。それを感じる度に此処が」


悲しげに碧瞳を歪めたカリダが、自分の胸を押さえる。そこは魂の宿る場所、心臓のあたり。


「此処が痛く苦しくなる。私はそこまで弱くない」


少年にとって、カリダの語るその感情は、複雑過ぎて理解出来ない。ただ、フォルテスを思いながら胸が苦しいと語るカリダが、とても痛くて辛そうだと感じた。


「痛いのですか?」


少年は立ち上がると、カリダの横に移動して手を差し伸ばす。何をするかと思っていると、小さな手のひらが、カリダの胸を撫でてくる。突然のことに戸惑うカリダだが、ワイパーのように機械的に動かす少年の手付きに、僅かに労りの気持ちを感じ取ってお礼を言う。


「ありがとうございます坊や。大丈夫で御座います」

「理解しました」


笑うカリダを見た少年は手を離すと、スタスタと歩いて自分の席に戻り、再びジュースを飲み始めた。


「すみません、変な事を言ってしまって」


ズビズビとジュースを吸う、少年の平和な姿を見て少し我に返る。自分は何を言っているんだ?こんな小さな少年に言う事じゃないだろう。先程までの自分の行動に後悔したカリダは、少年に謝る。


「先程言ったことは、お気にならないで下さいまし」


ズビズビとジュースを吸っていた少年は、暫く無言でいたが、いきなり片手をズビシと挙げた。学生のように、二の腕を右耳に付けた見事な挙手だ。真面目な顔だが、派手な水音をたててジュースを吸っているのが滑稽だ。


「ズビズビ」

「え、と?」

「ズビズビ!」

「ど、どうぞ」


とりあえず促してみると、少年は飲むのを止めると口を開いた。


「私個人の意見を述べるのであれば、フォルテス・パクスは公平な人物だと思われます。他者が私に疑心を向ける中、私の意見に耳を傾けたり、公平に判断したりしてくれます。時折トラブルを発生させますが、社会に順応できる程度の理性を所有していると判断しております。この場合、人間は話し合いによる解決を行うと学習しております」

「話し合い?」

「はい。フォルテス・パクスは言語を使用でき、他者の機微を理解する知能も有しております。意見を語り合う行為は成立するかと」


フォルテスを馬鹿にしているのか、誉めているのかよく分からないが、その意見は真っ当に思われる。だが、カリダの表情は明るくない。


「しかし、話し合いと言われても、具体的に何が不満かと言われたら困ってしまいます。情けない事ですが、この状況では話し合いなんて出来ません」

「フォルテス・パクスに、貴方が強いと思ってもらいたのでしょう?ならば、フォルテス・パクスに一撃を与えて強さを証明すれば良いかと。いわゆる拳による話し合いです」


的を射ているのかいないのか、微妙な意見である。


少年は シュッシュッと、シャドーボクシングをして「もっとも有効な攻撃方法は、フォルテス・パクスに抱き付きながらのボディーブローです。貴方様が行った場合の成功確率は90%です」と物騒な提案をする。それに苦笑してしまうカリダ。


「なんか違う気がするで御座いますね」

「そうですか。ならば次の一手を考えましょう」


二人は黙りこんで悩む。少年は相変わらず無表情だが、小さな手を組んで少し困った雰囲気を醸し出している。明確な方法が出ないまま暫く経った時、少年がポンと手のひらを叩いた。


「このような時は、専門家に相談することが最良です」

「専門家?」

「紫オバサン」

「なんだい?」


少年が誰かを呼ぶと、声が返ってきた。 振り返ると、ランチを買った店から、老婆が一人此方に向かって歩いてくる。


「紫オバサン、この方の話を聞く事を要請します」

「あらま!あたしに何か相談かい?」

「ちょ、ちょっと」


嬉しそうな声をあげながら、樽みたいな体型をグイグイと押しつけて無理矢理カリダの横に座る老婆。恐らく染めているのであろう不自然に明るい紫色の髪は、酷い癖ッ毛でバンダナで無理矢理纏めている。シンプルな前掛けを着けて、装いは爽やかだが、体格や化粧の濃い顔面が合わさって、なんだかオバケみたいだ。


「相変わらず可愛いねぇ」

「ありがとうございます」


猫なで声を出しながら、大きな手のひらで少年の頭を撫でる老婆。ひたすら少年を可愛いがると、彼女はカリダに向き合い彼に話し掛ける。マスカラでバッサバサの睫毛が瞬く。


「あたしはこの市場では【紫オバサン】と言われて、相談を受けてる身でね、沢山の若いのの話を聞いてきたんだ。どうだい?このババアに悩みを話してみないかい?人生経験は馬鹿亭主のおかげでいやと言うほど積んでるからね、大体の悩み事には助言できるよ」


外見のわりに安心感のある声音だ。 老婆は誇らしげに胸を叩き、その豊かな胸がバイインと弾んだ。その迫力と包容力のある老婆の雰囲気に圧され、カリダは口を開いた。


「ふむふむ、アンタそりゃ嫉妬だよ」

「嫉妬?」


全ては言うことが出来ないので、自分達の出生の秘密や監禁じみた扱いを受けている事は黙り、フォルテスの態度がおかしい事等を、かいつまんで話した。その内容を聞いた老婆は、数回頷くと力強く断言した。


「アンタの相手は男なんだろ?男ならば過去の相手を引き摺ることは仕方ないよ。アンタも男ならば分かるだろ?」


どうやら老婆は、所々省略した話を聞いて、カリダが恋人との関係に悩んでいると思っているようだった。カリダは申し訳なさそうに答える。


「あの、私は今までそのような関係をした事はなくて」

「あらまそうかい?まあ、アンタって箱入りっぽいからねぇ。まあ、男はそんな生き物なんさ。聞いたことないかい?女は上書き保存、男は名前を付けてってさ」

「聞いたことは御座います」


前世でも同じような言葉は、ワイドショーとかで聞いたことがある。このような価値観はどの世界も同じなのかと、変な場所で感心した。


「男は以前付き合った相手は、忘れずに思い出に浸りたいもんなのさ。そしたら当然、今の相手と比べたりする。そりゃ仕方ない事さ、それを我慢するのが甲斐性だよ。けどアンタの彼氏さんは行き過ぎて、前の相手の幻をアンタに押し付けている気がするよ。以前に何があったか分からないが、他人の延長で対応されたら気分が悪いだろう。だってその度に彼氏さんはアンタじゃなく、昔の相手を思い出しながら行動してるんだからね」


そこでビシィとカリダを指差す老婆。


「簡単に言えば、アンタは前の相手に嫉妬していて。自分自身を見てもらいたいのさ!」

「な、なんですとぉぉぉ!」


老婆の言葉にガガーンと衝撃を受けるカリダ。彼は暫く硬直していたが、身を乗り出して頷く。


「そ、そうかもしれません。フォルテスったら、私を純粋とか清らかとか変な幻想を押し付けてきて。まるで、フォルテスが見ているのは【私】じゃない気がするで御座います。弱いとか傷付くとか押し付けて来るのは、私に失礼です。正直、うっとおしいで御座います!」

「そうそう。男は満足かもしれないが、こっちからしたら、ふざけんなだよ」


カリダは両手を握り締めて、高らかに声をあげる。なんだかスッキリしたような顔をしている。彼は、心の中でモヤモヤしていた気持ちが何なのか分かり、晴々しい気持ちになっていた。


「ああ、今分かりました。この不思議な感覚は恐怖や不安ではなく、イラッとしていたのでございますね。私はフォルテスに苛々していたのです!あー、スッキリした」

「そうかいそうかい」


爽快な顔をして話すカリダに、ウンウンと頷く老婆。カリダはキラキラした顔で老婆に宣言する。


「おば様!私は帰ったらフォルテスにビシッと言います。年長者として威厳を見せてあげるで御座います。今ならばボディーブローもできる気持ちです」

「よっしゃ頑張りな応援するよ!けど、彼氏さんの気持ちは否定しちゃダメだよ。心配してくれること自体は有難い事だからね」

「はい!」


少年は、二人が盛り上がっている意味がよく分からなかったが、なんだかカリダが楽しそうだから、まあ良いかと思った。

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