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黒旋律の歌姫  作者: 梔子
三章【王都編:悪魔の心】
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彼との出会い【改稿】

フォルテスがいなくなった後、私はベッドの上でツールを操作していた。


襟巻きみたいに首にセンティーレを巻き付かせて指示を貰いながら、ツールを操作して機能を改変していく。


「こんな感じでございますかね?」

「キュ」(おう)


私とセンティーレが見つめる画面には、【ツール修正・改】の文字が輝いていた。


フォルテスのツールは、一部の機能を除いて停止しているらしい。


驚いたが納得した。だからあの時、メールでき無かったんだ。


歌声丘で彼に運ばれていた時、私はフォルテスにメールを送りまくっていた。だが、全てがエラー表示で送信が失敗してしまったのだ。


ツールの不具合については、使えなくて十年経っており、フォルテスは気にしていないらしい。だが、正常に戻した方が良いだろう。


ツールはただの便利機能ではない。私達の人工脳を管理する機能と、深く関わりながら動いている。それが機能不全を起こしていたら、将来どんな障害が起こるか分からない。


最悪、壊れたツールに引っ張られる形で、脳も不具合をおこす可能性もある。十年経っても大丈夫だからって、今後も大丈夫とは思えない。


普通の人間でも、頭を怪我した後遺症が数年後にあらわれるって言うし。


私の中には正規の完璧な形のツールがある。それを使えば、フォルテスのツールを直せる事ができるかもしれないと思ったのだ。


私からフォルテスに複製を渡す事が出来たなら、それは簡単かと思ったのだが、中々大変らしかった。


「キューン」(うーん)

「センティーレ、どうでございますか?」

「キューキュ」(うー頑張る)


必死にセンティーレが空中に光の線で式を描き、数字を弾き出している。


そもそも、ツールを渡す機能は何度も使える物ではない。てゆーか限りなく成功確率が低い。昔は脳が柔らかい子供だから成功したのであり、双方とも成人体になった今ではリスクが高過ぎる。


私には修正機能があるから、それを利用しようとしようとしたのだが、修正機能は自分を修正する物だ。自分の不具合をバックアップと照らし合わせて直すのであって、他人のツールを直す物ではない。


それを変更するのは大変だそうだ。センティーレに聞くと、他人のツールも直せられるように改良はしたが、自動的にババッとやる事は無理らしい。


高度で複雑過ぎて、下手に短縮とかしたら変な事になるかもしれないからだ。


フォルテスのツールが、どれだけ傷付いているか分からないのもある。


フォルテスのツールと私のツールを一度合わせて、一つ一つのデータを確認して修正するしかない。


例えるならば、ロボットとかの膨大なデータを印刷して、手作業で元データと確認したり、10×10を10+10+10+10+10+10+10+10+10+10で計算するような物だ。


目茶苦茶、時間がかかる。


「キュー」(すまん)

「いえいえ、ありがとうございます、センティーレ」


そもそも、自分を修正する機能を他人に流用する事自体が危ないのだ。センティーレがこの数日必死に開発してくれたんだ、贅沢は言えない。


落ち込むセンティーレの頭を撫でながら立ち上がり、気を紛らわす為に窓から外を見上げる。


そこからは青い空と、それを区切るような灰色の壁が見える。


その先にあるという街中は全く見えない。


私はとても目立つ姿をしている。翼があるという事も当然だが、髪と目の色も目立つ。


この世界では、普通の人間は黒髪、茶髪、鈍い赤髪や暗い金髪等が普通だ。瞳も同じく地味な色合いだ。


その一方で鮮やかな色の髪の人々がいる。それは青色だったりピンク色だったり黄緑だったり、何れも鮮やかな色で派手派手だ。


中には、虹色に輝く銀髪の人もいる。それは魔人と呼ばれる人々の特徴である。


私の金髪碧眼もそうらしい。この白に近い透明感のある金髪や、星が散ったような碧眼はあまりないらしい。


中には稀に、魔人じゃなくて生れつきの人もいるらしいが、私のような金髪碧眼は目茶苦茶目立つらしい。


私の出生もあり、此処に来てから私は一度もこの部屋から出ていない。


私は上半身を後ろに倒して体を伸ばす。固まった筋肉が伸びて気持ちが良い。ここ数日、不調のせいであまり動いていないから体が鈍ってしまっている。


「キュ……」(もう駄目)


センティーレは寝不足のせいか、ベッドの上で爆睡していた。


私はセンティーレにタオルケットをかけてあげると、窓枠に座りながら外を見る。静かな青空にホッとする。


フォルテスが来るのは嬉しい。もっと話したいし、スゲー男前だと思う。それは偽りのない本心だ。なのに時々、フォルテスが怖くなる。


私を見つめて笑うフォルテス。だが、その瞳が重く冷たく変わる時がある。それは、私が外に関する話題を出すと頻繁におこる。


私は外に出たい。もう、何かに守られたり閉じ込められたりするのは真っ平だ。それに、私にはしなければいけないことがある。


なのにフォルテスは言う【外は私を傷付ける】【外の世界は私に危険】と。その言い方は、まるで私が外に出た瞬間、私が死ぬと彼は信じているようだった。


何故だろう?


私は、窓から外に手を伸ばす。日の光を浴びた手は暖かく、私の手は外に出しても吸血鬼のように灰になったり芥になったりしない。私はここにいて何処にも行かない。なのに、何故あんなに怯えているのだろう?


暖かいのに。


窓枠の外に居るピエロ人形に微笑みながら、何となしに鼻歌を歌う。私の歌声は、窓から外に跳ねるように飛び出ていき、ピエロ達がクルクルと踊る。


すると、沢山の小鳥が集まってきた。歌うような甲高い鳴き声を出しながら、私の周りを飛ぶ。


私は、まるでディ〇ニーなメルヘンな光景に微笑む。


可愛いらしい小鳥達は、私が出会うことができる【外の存在】だ。私の腕に留まった小さな小鳥達の頭を撫でてあげると、目を細めて気持ち良さそうにした。


だがしかし、糞を落とされるから気をつけろ。


上機嫌に囀っていた小鳥ちゃんが、突然黙ってプルプルしたら危ないから。


コンコン


プルプルした小鳥からの爆弾を必死に避けていたら、誰かが扉を叩いた。その瞬間、鳥達が驚いたように、ザアと一斉に飛び立った。


私はクビを傾げる。誰だろう?先生か?


私は窓枠から降りて歩く。センティーレは相変わらず眠っているようだ。


「はーい?」


無言。


反応がない事に警戒しながら、外を覗く。扉には覗き穴が開いているから、そこに目をつけて見る。そして、見えた人物に、私は首を傾げながらも声を掛けた。


「申し訳ありません坊や。私は扉を開くことができないんでございます。ご用なら他の方にお申し付け下さいまし」


そう告げたカリダの耳に、カチャリと鍵が開く金属音がした。


■■■■■■■■■■■■


「なあ、見えるか?」

「見えた姉ちゃん?」

「見えないわねー」


とある高い塀から、ピョコンと人参色の阿保毛が覗く。


「頑張れよ、重いのを我慢してるんだから」

「がんばってるわよ。あと、重くないわよ」

「ふっ、こんな太股の肉で何を言っているんだ」


フニフニ


「この!ぶっ殺す!」

「痛たたたたたた!」

「なあーまだー?」


ヒソヒソと喧嘩しているのは一組の男女と、傍観している少年だ。


肩車されているのは、十代後半の少女だ。人参色の赤髪をショートカットにして、藍色の制服の下に、ホットパンツとニーハイブーツを履いている。


青筋を浮かべる少女が髪を引っ張っているのは、まさに王子様的なイケメンだ。長身の少女を肩車している青年は、サラサラな金髪にキラキラ輝く青い瞳の彼だ。


少女に鼻の穴に指を突っ込まれて、イケメンが台なしになっていた。


「なあ、ほんとに隊長のお兄さんいるの?」


二人の傍らにて、退屈極まれりと欠伸をしているのは、元気印丸だしな茶髪の少年。長い茶髪を頭のてっぺんで紐で無理矢理まとめ、ヤンチャな雰囲気を醸し出す。


まだ、十四歳ながら隊員を務める少年は、童顔をブスッとさせながら小型の機械を弄っていた。


三人が覗こうとしているのは宿舎の一室だ。先日から立入禁止となった一角にある部屋。中からは結界が張られて入れなく、外も対侵入者用の塀に阻まれて近付けない部屋の中を、なんとか見ようとしていた。


その理由は……。


「絶対あの部屋よ。あの隊長がスキップして出て来たのよ。しかも、自作の鼻歌つきで」

「それに、毎日聞こえる妙なる歌声に異様に集まってくる小動物達。動物達の証言によると、綺麗な人がいるらしい。あそこに居ると考えて間違いない。それよりも、仕込みはどうだ?」

「駄目ー。花束に仕込んだ監視虫、先生の消毒で死んじゃったしね」


上の会話で分かるように、彼等の目的は、部屋の中にいると思われる、自分達の隊長の探し人を一目見る為だ。


あの日、フォルテスが飛び出して行った後、暫くは興奮していた彼等だが、次第に冷静になるとボソボソと囁いた。


「多分ダメだろうな……」

「ダメだったら、今回はダメージでかそうだな」


今までも今回こそは!と期待する事は何回もあった。だが、それは仕組まれた罠の可能性が高かった。


その都度悪質な仕掛けが待ち構え、フォルテスはメッチャへこまされて帰ってきたのだ。


隊員達は【隊長励まそう会】の垂れ幕を作り、良い酒を用意して意気消沈して帰ってくるであろう隊長を待っていた。


そんな彼等が見たのは、スキップしながら現れた自分達の隊長だった。


ガタイの良い体で、ルンタッタルンタッタとスキップしながら酒場に来たフォルテス。


え?と戸惑う隊員達の前で「俺、休むから!」と宣言して爽やかーに立ち去った。


「なに!?何があったの隊長!」と、立ち去るフォルテスを追う隊員達だったが、「ちょっ!早っ」「本気だ!」スキルを使用してゴウと、ものっそい速さで立ち去るフォルテスに引き離されてしまった。


それ以来、フォルテスは表に出てこない。ずーと宿舎の一室に引きこもったままだ。


隊長職はサナエルが代わりに務めている。幸いにも兵器関連の事件がないから、フォルテス不在による負担は少ないが、サナエルはゲッソリしている。


フォルテスに質問攻めをしてみたが、フォルテスは心此処にあらず。まるで夢見る乙女のようになっており、「ふーん、うーん」と生返事しか返ってこなかった。


サナエル情報では、どうやら純白の翼を持ち、抜けるような白い肌と金髪碧眼の青年だという。


しかも、歌姫という稀な才能を持ち、尚且つ冥界の三大神と戦神に見初められた実力を持つ。


いったいぜんたい、どんな人物なんだろうか?興味がありまくる。医師が面会を禁止したが、そんなことなんて知っちゃこっちゃない隊員達は、お土産片手に何名かで突入していたが、その度にフォルテスとサナエルに撃退されていた。


この三人も失敗した事は、その頭に鎮座するタンコブが物語っていた。


「チッ!駄目ね。覗き防止の結界が張られてるわ。ここは私の【一徹】ちゃんで!」

「うわわ!いきなり出すな!」


物の大きさと重さを小さくする【縮小】のスキルを持つ少女が、ピアスのように耳に刺していた愛槍を元の大きさに戻した。


その電柱のような大きな槍によってバランスが崩れ、青年はたたらを踏んで抗議の声をあげた。


「うっさいわね!あんた見たくないの!」

「そりゃ、見たいが……」

「なら、しっかり踏ん張んなさい!」


ギャンギャン言い争いながら、少女が塀に向かって巨大な槍を構える。


「いっくわよー」


少女がペロリと唇を舐めて槍に力を込め、今まさに塀を粉砕しようとした時。


パサリと何かが羽ばたく音がした。


二人の年長者達のふざけたやり取りを、呆れた目付きで見つめながら欠伸をしていた少年。彼の目の端に何か白い物が目に入った。


「ん?」


少年は首を曲げながら、そちらを見る。そこには、塀に粗末な木材で作られた裏口が鎮座していた。いつもは、食堂等の限られた者しか使わない扉。


そこから出て来た人物を見て目を見開く。


「ねえ……姉ちゃん兄ちゃん……あれ」

「ん?」

「なによ?」


少女を肩車したままイケメンが振り向いた先には、純白の翼を広げた人物がいた。


遠目で顔付き等は分からないが、背中から生えた翼と、豊かな金髪が太陽の光に輝くのが分かった。


「え!?マジ!あれじゃない!」

「何故?療養中じゃ?」

「んなこと気にしなくても良いのよ!会いに行きましょ!さあ行け!ほら行け」

「痛っ!痛た!」


槍で尻をベシベシと叩かれたイケメン青年は、文句を言いながら足を進める。


「土産の準備OK?」

「はーい姉ちゃん」

「じゃあ行くわよ!へーい!そこのイカした白い翼のお兄さーん!ちょっと私達とお茶しなーい?」

「イケメンな私と語り合いませんかー」

「怪しくないよー」


翼の人物に向かって走り出す三人。正確には走っているのは二人だが、イケメンの上で手を振る少女は、ナンパ紛いの声をあげる。


「あれ?アイツ」


近付くと、少年が翼の青年の姿に眉をひそめる。


「なんで?」

「うっ!」


他の二人も気付いたその瞬間、何故か三人の体から力が抜けた。


意識を失い、ガクリと膝をついて倒れる少年とイケメン。


「フゴッ!?」


肩車されていた少女は顔面から地面に突っ込み、豚のような呻き声をだした。だが、それが幸いして消えそうな意識が覚醒した。


「くっそぉ!」


鼻血をダラダラ流しながら顔を上げて、無表情な彼を睨む少女。


「テメェ!何してやがる!」


少女は鼻血など気にせずに、目の前の幼い少年を睨む。


敵を食い殺そうとする野良犬のような表情を見ても動揺せず、彼は無表情に三人を見つめていた。


白翼の青年を抱き抱えている、黒髪の幼い少年。金髪碧眼の青年を美少年がお姫さま抱っこする光景は、体格差が不自然過ぎて笑いを誘う。


青年が怯えて涙目で震えていなければ。


「誘拐です」


少女の問いに答えるように淡々と告げた彼は、指を突き付けた。


「起動【落眠】」


その言葉を聞いたのを最後に、少女は深い眠りについた。霞む意識の中、彼女の武器を投げながら。

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