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黒旋律の歌姫  作者: 梔子
三章【王都編:悪魔の心】
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這い寄る物【改稿】

「おい、起きんか馬鹿者」


目を開くと、私は河原の岩場で眠っていた。脇を見ると、呆れた顔のマスターが私を見下ろしていた。


「たくっ。遅いから来てみたら、やっぱり眠りほうけていたか……」


マスターはグチグチと小煩い。不機嫌に地面を杖で突く音がコツコツと響く。


私は上半身を起こし、周りを見た。私の横には洗濯籠が置かれ、物干し台には洗濯物がパサパサとはためいていた。


サンサンと暖かい陽射しが照り付ける。頭を振ると、私の髪の中に入っていた樹児達が、笑いながら飛び出てきた。


「マスター?」

「なんじゃ、ボケッとしよって。さっさと帰って飯を作らんかい」


腹減った腹減ったと、ぶつくさ愚痴るマスターを見て慌てて立ち上がろうとしてバランスを崩す。


「ガボッ!?」


派手な水音を響かせて川に落ちる。そんなに深くない川なのに、何故か体はどんどん沈んでいく。必死に両手を伸ばし足掻こうとすると……。


ダン!!


手の平が何かに当たった。意味が分からず、私はソレに触れる。それは壁だった。


私の周りをグルリと回る硝子の曲面は、滑らかで分厚い。上下に伸びて終わりがない。


私は混乱して硝子を叩こうとした。だがしかし、それは出来なかった。


体中に刺さった管や器具が邪魔する。


動けない……動けない動けない動けない動けない。私は泣く


出して


此処から出して


私は叫ぶ


マスター

センティーレ


そこでハタと気付く


そうだ、そうだった……。二人とも死んだんだ。私の目の前で死んだ。


私は体から力を抜く。


私は……私は……、私は……また……、また一人。


マスター

センティーレ


目を閉じようとした時、声がした。


「助けに来た……助けに来たよ。安心して、この酷い物を直ぐにとってあげる。そしたら君の名前を教えて、俺を見て、一緒に話そう」


目を開くとそこには、美しい少年。


「ごめんね、大丈夫だよ逃げないよ。ずっといるよ。こんにちは、俺の名前はフォルテスだ。君を助けに来たよ。今出してあげるからね、今助けるからね」


黒翼と羊の角を持つ少年は傷付いていた。


「ヤダよ…ヤダ…。俺は君の為に頑張ってきたんだ……そんな事言わないで…ねぇ…お願いだよ」


酷く酷く傷付いていた。


「俺は……これを形見になんかしない。必ず君を助けに来る!だから……待ってて。絶対絶対、迎えに来るから。生きて……待ってて……」


なのに、彼は私を救うと約束をして誓った。真っ直ぐな瞳は強く優しく。ああ、なんて美しい。


「待って、眠らないで!名前を教えてお願いだ!」


泣かないで優しい人。手を伸ばして、泣きじゃくる少年を撫でようとする。


痛々しい体を癒してあげたいと思い、手を伸ばす。


私の手を握ったのは、小さな子供の手じゃない。

私の手を握ると微笑み、首にキスをする。


「もう離さないよ我が愛しの姫君」


この人は誰?

老若男女

統一感のないこの人たちは誰?


止めて私を抱き締めないで

違う私は違う

私は貴方達の……じゃない

私は貴方達の……とは違う

私はカリダ・アーエル


そんな瞳で私を見ないで

触らないで

怖い怖い


フォルテス

フォルテス


■■■■■■■■■■■■


「兄さん、兄さん」

「う、フォルテス?」


体が左右に揺れて目が覚めた。


「起こして、ごめんな兄さん。うなされていたみたいだったから」

「いえ、起こして頂きありがとうございます」


フォルテスが私の肩を揺らしていたようだ。フォルテスの後ろには、不安げなセンティーレがいた。心配そうな表情で見つめてくるフォルテスの黒と灰色の瞳を見て、私はホッと息を吐いて安心した。


「どんな夢を見たんだ兄さん?」


フォルテスの大きな手のひらが私の背中を撫でる。その温かさを感じながら思い出す。夢は夢らしく、起きた時に鮮烈に覚えていた内容は、直ぐに霞のように霧散して、今では断片しか残っていない。


「沢山の人が、私を見て喜ぶ夢でございます」

「それは悪夢なのか?」

「・・・・・・さあ?」


何故あんなに夢の中の笑顔に怯えていたのか、意識が覚醒してしまった今では分からない。ただ、異様な不安だけは残っている。


「そうだ兄さん!兄さんの名前を調べたんだ!」


私の重苦しい雰囲気を吹き飛ばすように、フォルテスが本を指差した。それは古代の民族の言語が記された本だ。


そうそう。私達の名前は、かなりマイナーな言語からつけられた物で、フォルテスは今まで知らなかったらしい。何故か凄まじい勢いで私に名前を尋ねたフォルテスは、その意味を調べたいと本を取り寄せていた。


私が教えようとしたら、自分で調べたいらしく断られてしまった。


私が横たわるベッドの脇の椅子に座ったフォルテスは、楽しそうにページを捲り目的のページを指差していた。


「兄さんの名前のカリダは【穏やか】や【安心】の意味。アーエルは【雰囲気】や【大気】の意味なんだな。兄さんに相応しい綺麗な名前だ」

「照れるでございますね」


自分の名前を褒められたら嬉しい。照れて、思わずウヘウヘと笑うと、そんな私を見たフォルテスが笑顔になる。その何か眩しい物を見るような表情に、何だか困惑のような照れくささのような感情が沸き上がる。


何故かフォルテスは、私が笑うことを嬉しがる。それがどんなだらしない笑顔でも、フォルテスは何か綺麗な物や奇跡を見るような顔で見つめてくる。


私は確かに理想の外見にしたが、それは自分用である。自分の趣味がマイナーなのは分かっているし、それでアレコレするつもりはないしモテるとは思っていない。


私の外見は、神様の保証付きの非美形だ。だから、フォルテスにそんな目で見てもらうような外見じゃないのに、大袈裟に反応されて夢中で見つめられたら気まずい。


美形が!美形が眩しい!


「そう言えば、自分の名前の意味は調べましたか?」

「俺の?」

「はい」


フォルテスの視線を反らす為に尋ねると、案の定フォルテスは首を傾げた。フォルテスは、どうやら自分の事より私の事に興味があるみたいなので、なんとなく予想はしていた。


何故分かるかって?いや、だって、今までがねぇ?


私は体を乗り出してフォルテスが持つ本を覗きこみ、ページを捲ってとある項目を指差した。


「フォルテスの名前の意味は、フォルテスは【強さ】【強靭】パクスは【平和】【安寧】でございます。繁栄ではなく【平和をもたらす強さ】。【男なら護るため戦え】それが、マスターが貴方に願った想いでございますよ?」

「マスターって。兄さんを作って、俺を設計したロドゴフ・グレータだよな?」


私はまるで他人の事を語るようなフォルテスに、ムッとして指を突きつける。


「いけませんでございますフォルテス。マスターは、言わば私達の親!親を呼び捨てにするなんて言語道断でございます」

「ああ、ごめんね兄さん」


私の言葉に、困ったように頭を掻くフォルテス。


「だが、会ったこともないから、親と言われてもピンと来ないんだよ兄さん」


フォルテスの言葉に納得する。


確かにフォルテスはマスターに会ったことも話したこともない。フォルテスからしたらマスターは他人と同じなのだろう。ならば、マスターがどんな人なのか教えてあげよう。


「良いでございますか!マスターは凄いんでございますよ。私達を単独で開発したのは当然として、昔はブイブイ言わせていた人なんでございます。暗殺ギルドの猛者に嫌がらせしたり、騎士達に嫌がらせしたり、開発者に嫌がらせしたり、王族に嫌がらせしたり」

「嫌がらせばかりだな!?」

「そこで無事でいられるのが、マスターの凄さでございます。凄いだけじゃなくて優しい方なのです。私が遅くまで遊んでいたら、心配して迎えに来てくれました。その時は、センティーレも一緒に魔術でぶっ飛ばされてしまいましたが」

「キュー」(痛かった)

「けど、帰る時には怒りながら上着を掛けてくれたんでございます。ツンデレでございますね。それに沢山の凄い発明をして、魔術の天才なんでございます。でも生活能力がゼロで、毎年ゴキブリを大量発生させて、なのに掃除をすると物の位置が変わるって怒るのですよ」


話していく内に、昔を思い出す。


マスターとセンティーレと私。時々リンリンさんしかいない静かな山での生活。気が向くとマスターは私に昔話をしてくれた。


マスターは沢山の事を知っていて、経験に裏打ちされた知識は聞くだけで楽しかった。若い頃のマスターは良い性格をしていて、話の展開が読めなくて続きが気になる。だが、マスターは気紛れでしかしてくれないから、途中で飽きて話を止めたりした。


その度に、センティーレと一緒にマスターの足元に寝転び、「話して話して」と駄々をこねて続きをねだっていた。


「兄さん」

「はい?」

「兄さん、もう良いよ」


フォルテスの宥めるような声に気が付くと、フォルテスの褐色の指が私の瞼を撫でた。目の周りを撫でて離れた指は濡れている。


「その爺さんは、兄さんが泣いてくれるような人だったんだな」


フォルテスの台詞に、慌てて顔を服の袖で拭く。


思いっきり無意識だった。良い歳して、いきなり泣くなんて恥ずかしい。そんな私を、フォルテスは優しく見守るような瞳で見つめていた。


■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□


そんな日々が過ぎ、一週間を過ぎる頃にはカリダの体調は落ち着いていた。そして現在、カリダの目の前でフォルテスが唸っていた。


「どうしたんでございますか?フォルテス」

「あのな兄さん、仕事に行かなきゃいけなくなった」


フォルテスは、医者の書類で一週間の有給休暇を手に入れた。だが、一週間を過ぎても、兄の体調不良を言い訳に休むフォルテスに王子とサナエルがキレた。


特にサナエルはフォルテスの代わりに仕事をこなしていたので、被害が甚大だ。しかも、毎日毎日【今日の兄さんの素敵な報告】を疲れた体で聞かされた。


最初は、微笑ましく聞いていたサナエル。幼い頃から一緒にいたサナエルにとって、フォルテスが嬉しい事は彼も嬉しいからだ。


だが、それには限度がある。見もしていない人物の瞳が、一番美しく見える角度なんて知りたくないし、好きな食べ物や飲み物も知りたくない。


指先がエロいとかも知りたくもない。


この世界では同性愛は普通だが、サナエルは男よりも、小柄で胸が小さな華奢な少女が好きだ。眼鏡っ子で気弱な文学少女なら、テンション上がる。


彼は堪えていたが、とうとうブチ切れた。「仕事しろぉぉぉ!」と雄叫びを上げながら、ちゃぶ台ならぬテーブルをひっくり返した。


王子も、いい加減にしろな?と隈を作った顔で静かに怒っていた。


なので仕方なく、魔物討伐の仕事に向かう事になった。


「俺の替わりに、先生が来るけど大丈夫か、兄さん?」


心配げにカリダを見るフォルテス。チラッチラッと何か言って欲しそうに、カリダに視線を寄越している。


おそらく、「行かないで」と言って欲しいのだろう。言われた瞬間、無理矢理にでも休むつもりだ、このダメな大人は。


だがしかし、カリダは台風が来ようが豪雪が降ろうが、何があろうと会社に行く日本人の魂を持っている。


ニッコリ笑いながら、ビシィ!と親指を突き出してフォルテスに告げた。


「行ってらっしゃいまし!」

「へ!?」


ニコニコするカリダを見て慌てるフォルテス。


「あの……兄さん?俺がいなくなっちゃうんだよ?一人ぼっちだよ?」

「心配なさらないで下さいまし。私、一人でも【寂しくない】でございます!センティーレもおりますし、一人でも【大丈夫】なので、フォルテスは安心して仕事に行って下さいまし!」

「そう……」


【寂しくない】【大丈夫】という言葉にグサグサァと傷付きながら、フォルテスは久しぶりの仕事に向かった。


「いってらっしゃいましー」

「キューキュキュキュキュ!」

「いってきます……」


カリダの声とセンティーレの爆笑を背中に、フォルテスは部屋を出て行った。


「そうだ兄さん」


出ていく直前、フォルテスは振り返り警告する。


「外に出ちゃ駄目だよ?外は危ないからね」


「はい」と答えたカリダを見て、フォルテスは満足げに頷いて扉を閉めた。


しっかりと鍵を掛けて。


あれから二週間近い日にちが経ったが、未だにカリダは部屋を一歩も出ていない。


■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□


「フォルテス」


意気消沈しながらトボトボと廊下を歩くフォルテス。そんな彼の前に、サナエルが現れた。先程までの雰囲気から一転して真面目な顔になったフォルテスは、彼に訊ねた。


「どうだサナエル?」

「準備ができました」

「よし」


満足そうな フォルテスの返事を聞きながら、サナエルは胸中の不信感を押さえつけていた。


ギルド時代に知り合ったヤクザ者のツテで用意した家屋は、フォルテスの要望に添った物だ。それ自体には問題はないが、いったい何の為に使うのかが不明だった。


とある場所に作られ家は、地下に居住スペースのある物だった。良く言えば警備が厳重といえるが、まるで誰かを監禁する為に用意された家。


何の為に使うか分からないが、サナエルは最近フォルテスがやっと取り戻した彼を考える。


彼の為に使うのか?匿う為と考えるならば納得がいくが、ならば何故黙る?それに、アレの存在が心を重く苦しくする。


「フォルテス?」

「ん?何だ?」


サナエルが、前を歩くフォルテスを呼ぶと、フォルテスは不思議そうに振り返った。その声音や表情はいつも通りの朗らかな物。漆黒の翼と角を王冠のように抱く、力強い姿。


だがしかし、それが不安だった。


兄に関する事になると時折漂う、底知れぬ雰囲気と日常のギャップ。まるで何かのスイッチで彼の中の何かが変わっているような。


「大丈夫ですか?」


様々な思いを込めた言葉に、フォルテスは歯を見せてニカッと笑って答えた。


「おう、大丈夫だ」


ならば何でこんな物を用意するのですか?


その言葉は、フォルテスの笑顔を見ると言えなかった。恐ろしくて・・・・・・。


□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□


宿舎の廊下を歩くフォルテスの服から、ハラリと一枚の白い羽根が落ちた。それは部屋で服に付いた、カリダの抜け羽根である。


小さな人影が羽根に近付く。


暗殺用の毒吹き矢を懐にしまった人物は、小さな手でそれをクルクルと回すと、スウと瞳を細めた。




   

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