看病と触れあい2【改稿】
金色の波が寄せては離れ、寄せては離れる様子はまるで黄金色の小波のようだ。
癖のある猫っ毛なのに、豊かな髪に櫛を通しても引っ掛かる事はない。櫛をスルスルと通す度に、その輝きを増していく。その光景は美しく、俺の手で色艶を増す髪を見ると達成感を感じる。
体を清め終わり、先生は簡単な診察をすると退出した。
その後、乱れた兄さんの髪を櫛で整えることになった。ベッドの縁に後ろ向きに座る兄さんの髪をとかしながら、仲間達の馬鹿話とかをする。
すると、兄さんは楽しそうに笑った。
俺の話すネタ話に、好奇心旺盛を隠しもせずに尋ねてきたり、小気味良く反応する兄さんとの会話はとても楽しい。俺の腕の中で屈託なく笑う兄さんに、暖かい気持ちがわき上がる。
だがしかし
「フォルテス、いつ外に出ることができるでございますか?」
この言葉で俺の手は止まった。
「外?」
「はい!私、この国を見てみたいから、早く出とうございます」
「そう」
その笑顔は、相変わらず無垢な笑顔。本当に楽しみなのか、兄さんの碧眼が瞬く星のように輝いている。ああ、綺麗だな。本当に綺麗だ。
「んん、そうだね。今はダメだからいつか」
「そうでございますか。残念でございます」
兄さんの返答を聞きながら、手の動きを再開させる。やはり、兄さんは外に出たいのだ。
当たり前だ。なのに何故か焦る。よく分からない焦燥感が胸中を満たし、先程までの幸福感が嘘のように失う。手を動かしながら、【兄さんが外に出る】と考える。
【兄さんが外に出る】手を動かす
【兄さんが外に出る】手を動かす
【兄さんが外に出る】手を動かす
【兄さんが外に出る】手を動かす
【兄さんが外に出る】手を動かす
【兄さんが外に出る】手を動かす
「フォルテス?痛うございます」
「ああ、ゴメンね兄さん」
考えながら作業をしていたら、いつの間にか手に力を込めていたようだ。櫛の歯で頭皮を引っ掻いてしまっていたらしく、謝りながら兄さんの頭を撫でる。
感じる体温。
温かい、そう温かい兄さんの体温。
冷たくならない温かい体温。
温かい笑顔。
俺はそれを感じながら考え込んでいた。
それは兄さんの看病を終え、自分の部屋に戻っても続く。本当は夜になっても兄さんとは離れたくないが、先生に「だから、ストレス掛かるって言ってんだろうネ!」と叱られたから帰るようにしている。
服を脱ぎ、下着だけの姿でベッドの上に横たわりながら、この感情を考える。
兄さんと過ごす日々は素晴らしい。やっと手に入った温かさは、俺に充実感を与えてくれる。なのに、何故か胸の中にシコリのような感覚を感じる。
兄さんの笑顔が明るく優しければ優しい程、守りたいと思うと同時に不安になる。
そして、何日か経った後、俺は唐突に確信する。それはまるで、心の中の何人もの自分に話し掛けられたような強い想い。
「駄目だよ兄さん」
駄目だ。
そう駄目だ。
外は危ない。外の世界は兄さんを傷付け、命を奪う。俺は兄さんを守りたい。無垢で純粋な兄さんを汚したくない。兄さんには、辛い思いをさせたくない。だから俺はこんな気持ちになるのだ。
嗚呼・・・・・・、そんな簡単な事だったんだ。
「外は危ないから、出ちゃ駄目だよ兄さん」
誰もいない部屋で、語りかけるように呟いた。
□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
最初はこの国を見せてあげたいと思った。自由な生活を満喫させたいと思った。だがしかし、兄さんが手に入って、兄さんと触れ合って愛しくなる程に、それが危険だと気付いた。
もし外に出て誘拐されたら?
もし外に出て襲われたら?
もし外に出て事故にあったら?
脳裏に、力なく横たわる兄さんの姿が思い浮かぶ。【溺死】【轢死】【出血死】【絞殺】【射殺】【刺殺】様々な形で血塗れで死ぬ兄さんの姿は、ただの妄想とは思えないくらい現実味があった。
だから俺はサナエルに告げる。
「誰にも見つからない隠れ家を見付けろ」と。
未だにこの時の俺の意味不明な思考回路はよく分からない。だが、この時の俺は静かに冷静さを失っていた。だからこそ、俺を見つめる奴に気付かなかったし、奴からの暗殺がなくなった事に気付かなかった。
役目を果たして満足して死んだ者と、愛しい存在を失い続けて無力感に苛まれ続けた者の違い。




