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黒旋律の歌姫  作者: 梔子
三章【王都編:悪魔の心】
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看病と触れあい2【改稿】

金色の波が寄せては離れ、寄せては離れる様子はまるで黄金色の小波のようだ。


癖のある猫っ毛なのに、豊かな髪に櫛を通しても引っ掛かる事はない。櫛をスルスルと通す度に、その輝きを増していく。その光景は美しく、俺の手で色艶を増す髪を見ると達成感を感じる。


体を清め終わり、先生は簡単な診察をすると退出した。


その後、乱れた兄さんの髪を櫛で整えることになった。ベッドの縁に後ろ向きに座る兄さんの髪をとかしながら、仲間達の馬鹿話とかをする。


すると、兄さんは楽しそうに笑った。


俺の話すネタ話に、好奇心旺盛を隠しもせずに尋ねてきたり、小気味良く反応する兄さんとの会話はとても楽しい。俺の腕の中で屈託なく笑う兄さんに、暖かい気持ちがわき上がる。


だがしかし


「フォルテス、いつ外に出ることができるでございますか?」


この言葉で俺の手は止まった。


「外?」

「はい!私、この国を見てみたいから、早く出とうございます」

「そう」


その笑顔は、相変わらず無垢な笑顔。本当に楽しみなのか、兄さんの碧眼が瞬く星のように輝いている。ああ、綺麗だな。本当に綺麗だ。


「んん、そうだね。今はダメだからいつか」

「そうでございますか。残念でございます」


兄さんの返答を聞きながら、手の動きを再開させる。やはり、兄さんは外に出たいのだ。


当たり前だ。なのに何故か焦る。よく分からない焦燥感が胸中を満たし、先程までの幸福感が嘘のように失う。手を動かしながら、【兄さんが外に出る】と考える。


【兄さんが外に出る】手を動かす

【兄さんが外に出る】手を動かす

【兄さんが外に出る】手を動かす

【兄さんが外に出る】手を動かす

【兄さんが外に出る】手を動かす

【兄さんが外に出る】手を動かす



「フォルテス?痛うございます」

「ああ、ゴメンね兄さん」


考えながら作業をしていたら、いつの間にか手に力を込めていたようだ。櫛の歯で頭皮を引っ掻いてしまっていたらしく、謝りながら兄さんの頭を撫でる。


感じる体温。

温かい、そう温かい兄さんの体温。

冷たくならない温かい体温。

温かい笑顔。


俺はそれを感じながら考え込んでいた。


それは兄さんの看病を終え、自分の部屋に戻っても続く。本当は夜になっても兄さんとは離れたくないが、先生に「だから、ストレス掛かるって言ってんだろうネ!」と叱られたから帰るようにしている。


服を脱ぎ、下着だけの姿でベッドの上に横たわりながら、この感情を考える。


兄さんと過ごす日々は素晴らしい。やっと手に入った温かさは、俺に充実感を与えてくれる。なのに、何故か胸の中にシコリのような感覚を感じる。


兄さんの笑顔が明るく優しければ優しい程、守りたいと思うと同時に不安になる。


そして、何日か経った後、俺は唐突に確信する。それはまるで、心の中の何人もの自分に話し掛けられたような強い想い。


「駄目だよ兄さん」


駄目だ。

そう駄目だ。


外は危ない。外の世界は兄さんを傷付け、命を奪う。俺は兄さんを守りたい。無垢で純粋な兄さんを汚したくない。兄さんには、辛い思いをさせたくない。だから俺はこんな気持ちになるのだ。


嗚呼・・・・・・、そんな簡単な事だったんだ。


「外は危ないから、出ちゃ駄目だよ兄さん」


誰もいない部屋で、語りかけるように呟いた。


□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□


最初はこの国を見せてあげたいと思った。自由な生活を満喫させたいと思った。だがしかし、兄さんが手に入って、兄さんと触れ合って愛しくなる程に、それが危険だと気付いた。


もし外に出て誘拐されたら?

もし外に出て襲われたら?

もし外に出て事故にあったら?


脳裏に、力なく横たわる兄さんの姿が思い浮かぶ。【溺死】【轢死】【出血死】【絞殺】【射殺】【刺殺】様々な形で血塗れで死ぬ兄さんの姿は、ただの妄想とは思えないくらい現実味があった。


だから俺はサナエルに告げる。


「誰にも見つからない隠れ家を見付けろ」と。


未だにこの時の俺の意味不明な思考回路はよく分からない。だが、この時の俺は静かに冷静さを失っていた。だからこそ、俺を見つめる奴に気付かなかったし、奴からの暗殺がなくなった事に気付かなかった。





役目を果たして満足して死んだ者と、愛しい存在を失い続けて無力感に苛まれ続けた者の違い。

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