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黒旋律の歌姫  作者: 梔子
三章【王都編:悪魔の心】
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看病と触れあい【改稿】

あれから兄さんは、寝たり起きたり。体長が良くなったり悪くなったり様々だ。その間、俺は兄さんに付きっきりだ。先生が王子に話をつけてくれたらしい。


俺は一週間の有休を手に入れ、兄さんの看病をしている。


■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□


室内に水音が響く。


宿舎にある洗い場にて、水道の蛇口を捻る。(たらい)の中には湯が満ち、重量が増していく。脇では、虹色に戻って小さくなったセンティーレが、ジト目で俺を見つめていた。


「んだよ」

「キューン?」


睨むと、ブスッとした顔でセンティーレが見つめ返してきた。どうやら、自分が兄さんの世話が出来ないことに不満があるらしい。先程まで、自分の有能さを必死にアピールしていたからな。


だがしかし、誰が譲るか。兄さんの世話は俺が与えられた仕事だ。今まで兄さんと二人っきりだったコイツに譲らない。


「おら、退け」


足でセンティーレを退かしながら、温かいタオルを数枚、盥の中にいれて持つ。


行く前に自分の姿を確認する。看護をする為に清潔な服装をと言われた。清潔な服装が何かで悩み悩み悩み悩み悩み、ウッカリ相談した仲間達が大騒ぎして着せ替え人形になった。


悩みを相談したはずが何故か殴り合いが発生して、結局は白いワイシャツに濃茶色のズボンというシンプルな姿になった。シャツの袖は、邪魔なので肘まで捲り上げている。


服に乱れがないか確認して、頭の高い位置で結った髪を確認する。


「おかしくないか?」

「キュ?キューキュキュキュ!ギュゴ!」


爆笑し始めたセンティーレを、踏み付けて黙らせて廊下を歩く。宿舎の廊下は賑やかだ。女達の姦しい声や、訓練をしている男達の怒声が響き、時々爆音も聞こえる。


そこを歩き去ると、静かな場所に辿り着く。


そこら一帯は、客人が来たら案内する場所だ。こんな場所に誰が来るかと思うが、ギルバードが屁理屈をこね、自分が寝泊まりできるように、特別な宿泊室とかも作った。時々仕事をサボって、此所に逃げて来たりする。


最初はどれだけ居すわる気だよと突っ込んだが、今は感謝している。何故なら、兄さんを誰にも見せたりせずに看病できるからだ。


兄さんの居る部屋の一帯は立ち入り禁止にしてある。サナエルに結界を張らせ、監視用の自動人形も設置した。これは隊員の一人がつくりだした、魔法陣を刻んだ木材製の自立型の人形だ。


体長が三十㎝程度のピエロの姿をしている人形だが、性能は素晴らしい。小さいながらも下手な兵士よりも強く、探査機能や通信機能もある。


コイツらは常に監視し、隊員が侵入しようとしたら一発で俺に連絡がくる。また、侵入者が逃げても執拗に追いかけてくる。


そう、ストーカーのように何処までも何処までも。しかも、このピエロ人形は、可愛いらしいとは言えず、白粉を塗った妙にリアルな造形は、夜に見たら間違いなくビビる。


そんな人形に追いかけられるのは精神にクルらしく、隊員達には非常に不評だ。


「よっ」

「ウヒャヒャヒハラハハ!」


ピエロに挨拶をすると、気が狂ったような甲高い笑い声が反ってきた。小さな人形が、ピョンピョン跳ねながら手をチマチマと振る様子は可愛い筈なのに、やっぱり気持ち悪い。


ピエロ達を通りすぎ、廊下を進んだ先にその部屋はある。息を吐き、襟を正してから扉を叩く。


「兄さん入るぞ」

「どうぞ」


何時もこの瞬間は、何故か不安だ。少しでも離れると、その間に兄さんがいなくなる妄想が止まらない。だから毎回、ノックした後の中から聞こえる声に安堵する。


良かった、居る。


俺は、堪えきれない喜びを笑顔という形で表しながら、扉を開いた。


とたんに目にはいるのは白。


清潔なシーツに、純白のカーテン。温かい部屋に立ち込める、まるで森林のような爽やかな匂いは、先生が焚いた香だ。シーツカバーやカーテンは、まるで下ろし立てのように白い。


だが、一番美しい白は兄さんだ。


ベッドに横たわる兄さんの翼が、パサリと乾いた音を立てる。純白の翼を折り畳んで横向きに寝ている兄さんは、鮮やかな青色の手術着のような服を着て、クッションに身を預けていた。


ユックリと顔を上げると柔らかく微笑む。すると髪が零れ、胸元に流れ落ちる。


フワフワと流れる金色の波。


「フォルテス……ありがとうございます」

「いや、いいんだ。何かやって欲しい事があったら言ってくれ」


兄さんに話しかけながら、ベッド脇に置かれた丸椅子に座る。盥は床に置いて兄さんの顔色を見る。


前日までは不自然に赤く染まっていた顔は、今は自然な顔色になっている。体の調子を崩していた兄さんだが、今日は体調が良いそうだ。


朝目が覚めると、体を拭きたいと言った。


考えたらそうだ。


兄さんは、あれから三日間も風呂に入っていない。俺は結構風呂好きだから、風呂に入れない気持ちは分かる。行軍とかで一週間風呂に入らない事は耐えられるが、それ以外は出来る限り、毎日風呂に入りたい。


それは研究所に居た時の癖だ。あそこでは、清潔を保つ為に、事あるごとに入浴させられていたからな。俺達の清潔概念は、荒れくれ者揃いの冒険者や軍人の中では変わっている。


冒険者時代に知り合った奴なんて、一週間に一回風呂に入ったら上等。歯も磨かない、髪も洗わない、服も洗わない、水虫だらけな奴とかいた。


虱だらけの頭を見た瞬間、サナエル達と悲鳴をあげて逃げたのは良い思い出だ。あの糞オヤジ、爆笑しながら追い掛けてきやがった。サナエルが捕まり、髭でジョリジョリされた断末魔は凄まじい物だった。


話を戻そう。


俺は兄さんの願いに頷き、濡らしタオルを用意する為に洗い場に行った。洗い場の洗面台は、火で沸かさなくてもお湯が出るから楽だから助かる。


兄さんを待たせ、離れ離れになる時間が少なくなる。


火を使わなくてもお湯が出る水道は、シレービュから流れて来た技術だ。魔法陣を利用した料理器具や水道等の技術は、ここ十年で生活に革命を起こした。シレービュの技術という点に僅かな引っ掛かりは感じる者は多いが、便利さには替えられない。


俺みたいに魔術が一切使えない奴には、ありがたい技術だからな。ちなみにサナエルとか魔術師は、魔術でお湯を出したりしている。あの姿を見ると、俺も魔術を使いたくなるが、魔力がほぼ零の身では過ぎた考えだ。


ベッドに近付くと、兄さんの匂いがした。


熱にうなされていた兄さんは、確かに汗をかいて体臭が濃くなっているようだ。だが不快ではない。


思わず顔を近付けて匂いを嗅ぐ。なんだろうか?不思議な香りだ。まるで上等な白粉のような……。


「フォルテス?」

「……なんだい?兄さん」


突然呼び掛けられ、心の中で目茶苦茶動揺しながらも平静を保ちながら爽やか笑顔で応える。


……あっぶねー。危うく兄さんの前で、奇声をあげる所だった。馬鹿か俺、いや別に、兄さんの匂いでボーとなった訳じゃないからな。ただ、汗臭くないなーて思っただけだからな?


不思議そうに見つめてくる兄さんの顔が予想より近い事に、不自然に心臓が跳ねる。いつの間に、こんなに近付いていたんだ。


落ち着け、落ち着け俺。


こんな体たらくじゃ、この先に待ち受ける戦いを越えられない。戦場を思い出せ、頭は冷たく心は熱く。冷静に状況を把握し、周辺の光景を目に焼き付けろ。


感情に振り回されるな、だけども本能には従え。


慎重に……だが、必要なら野蛮な程大胆に。

理性と野性を同居させろ。

相反する事だが、使いこなせた者が生き残る。


俺は戦場と、仲間達の修練の様子を思い出しながら目を閉じる。生い茂る脛毛に、舞い散る汗。響く野太い雄叫びに、はち切れんばかりの筋肉。黴が生えた制服を嗅いで悶絶する馬鹿な光景。


よし……、落ち着いた。ありがとう仲間達。


少し気分が悪くなりながら心の仲間達に感謝をして、俺はタオルを手にして兄さんに対面する。


「それでは……お願い致します」


ちょうどその時、兄さんが服を脱ぐところだった。俺に背を向けた兄さんが、自分の首の後ろに手をやる。


兄さんの服は翼があっても着れるように、特殊な構造になっている。背中がガッツリ開いており、前垂れのような布が背中の腰部分に垂れ下がっている。服を着た後に、留め紐でその布を首の後ろでとめるようになっていた。


首の後ろの結び目を解くと、背中の当て布が落ちて、それを追うように服の本体も兄さんの肩を滑り落ちる。


「あの、やっぱり自分で拭くでございますよ」

「……」

「フォルテス?」


兄さんは俺と同じ男性体の筈だ。材料は違えども同じ製法で作られている。なのに、なんで……何でこんなに違うのだろうか?


体は華奢じゃない。男らしく筋肉がついているが、それは俺のように硬くなく、しなやかで細身だ。


完璧なバランスの筋肉は美しく、肩甲骨などや筋肉の影すらも美しい。それを覆う皮膚は白い。


純白の翼とは違って、肩や肘等の関節の部分が僅かに淡く赤い。その様子は、まるで赤子のような、柔らかな汚れのない印象を受ける。いや、赤子よりも白く透明感のある皮膚だ。


それを飾るように豪奢な白翼が背中から生え、金髪と一緒に自らを飾る様子に体が震えた。


半裸となった兄さんは、まるで妖精。普通の人間が油絵の色彩ならば、兄さんの色彩は水彩画。惜しむのは、所々にある傷痕だ。あの双子オヤジ達許さねぇ……。


淡く透明感に溢れた「フォルテス?」

「ん?何だ兄さん」


どうやらトリップしていたようだ。兄さんは汗をかいた上半身が裸になって冷えたようだ、肩を抱いて少し震えている。


「さ……寒いでございます」


……それは大変だ。


「やっぱり自分でやりたいでございます」と呟く兄さんを無視して、俺は濡れタオルを手にして兄さんの体に触れる。


兄さんの体に触れる。


大事な事なので二回言った。


優しく優しく、俺の馬鹿力で兄さんの滑らかな肌を傷付けないように細心の注意で拭く。


先ずは肩を撫で、両手を拭き、指の股まで丹念に拭く。脇の下を拭くときは「くひ!?」と、兄さんが甲高い声で叫んだ。


「っ!?」


兄さんがくすぐったそうに体を跳ねさせ、俺もそれに釣られるようにビクンッと体を跳ねた。


兄さんの声で、そんな声を出すのは止めて欲しい。分かってる、くすぐったいんだろ?他意が無いことは分かっているが、兄さんは超絶美声なんだ。


素晴らしく甘い声で、そんな上擦った声は出さないで欲しい。いや、これは眼福?耳福と言えば良いのか?


グッと堪えながら、新しいタオルを用意して腰や脇腹を拭く。


ホウと気持ちよさそうな溜息が聞こえ、翼が満足そうにバサリと動く。脇腹を拭いた瞬間、また悲鳴をあげた。先程よりも強い反応に一瞬手が止まる。


「兄さんは、くすぐったがりだな」


朗らかに笑いながら、ツールのメモ機能に情報を高速で書き込む。


そうか、兄さんは脇腹と脇が弱いのか。反応を見る限り、隠れた弱い場所は沢山ありそうだ。いや、別に他意はない。


「さあ、兄さん。次は下半身を「キュ!」(やらせねーよ!)


突然あらわれたセンティーレにブレスを吐かれ、先生を呼ばれた。


チッ。あいつが告げ口したせいで、先生がやって来て兄さんに清潔魔術をかけていきやがった。


清潔魔術とは、体や部屋の皮脂や埃の汚れを無くし、清潔に保つ魔術だ。主に、医者達が医務室を清潔に保つ為に使う。魔術をかけて大丈夫かと聞いたら、清潔魔術は体の表面にかける物だから大丈夫だそうだ。


次からは、小まめに先生が魔術を施しに来ると言っていた。


余計な事を……。


兄さんが喜んでいるから許すが、なんか苛々するから、いつか先生に嫌がらせしてやる。


俺は、センティーレがニヤニヤしながら此方を見てくるのにムスッとしながら、部屋にある花瓶にチコルの花束をいけていた。


この小さな花の房が集まったチマチマした花は、ガンダリュートでは見舞いの定番だ。隊員達が持ってきたから何か仕込んでありそうだが……、一応調べて悪質な悪戯の類いはないのは確認済みだ。


あのチビ達の悪戯は身に染みている。胡椒花やトリモチ玉、爆竹を仕込んだ花束を送られて酷い目にあった。


アイツ……俺が女と間違えた程度で根に持ちやがって。


まあ、兄さんに何かしたら、ぶっ飛ばして愉快な空の旅を体験させてやると脅したから、大丈夫だろう。


「それがチコルの花でございますか?見せて下さいまし」


兄さんが俺が花を触るのを見て、興味がわいたのかベッドの上で手を伸ばした。一輪だけ渡すと、嬉しそうに花弁をつっつく。


すると、チコルの花がリンリンと鳴った。


チコルの花は、中の雌しべが鈴のような音色を出して、妖精をおびき寄せる習性を持つ。この音色は妖精をおびき寄せると同時に、悪い物を退ける力もあると言われている。


俺は鈴を揺らしている兄さんに訊ねた。


「兄さん、知っているのか?」


聞いたのは意味がある。チコルの花は、ガンダリュートの三方を囲む大河の河辺にしか咲かないのだ。


限られた場所でしか過ごしていない兄さんが、何故知っているのだろうか?


「何をおっしゃっているんでございますか?(わたくし)達にはツールがあるでございましょう」


ああ……、そういう事か。


「あー、俺はツールは限られた機能しか使えないんだ。せっかく兄さんが俺にくれたのに、すまない」

「はい?」


すっかり忘れてたが、俺も昔は、俺を作った賢者の爺さんの知識を見る事ができていたんだった。それで外の様子を学んだんだが、あの日研究所から逃げた日から、限られた機能しか使えなくなった。


逃げた日の前に、研究所の職員に右目を弄られたんだが、どうやらその時にはツールの存在がアイツにばれていたらしい。奴らは右目に埋め込んだ機具を媒介に、賢者の知識を盗もうとしたらしい。


研究所から逃げた後、機具が作動してツールへの干渉を開始した。


その感覚は凄まじく、実験で苦痛には常人以上に耐性がある俺が、吐瀉物と排泄物を撒き散らしながら、のたうち回って苦しんだ。


このままでは、俺という存在すら乗っ取られると判断したギルド長が、咄嗟に俺の右目をえぐり出した。


その際に、ギルド長は接続していた端子を引きちぎった。


元々が無理矢理接続した物だったこともあり、それが原因でツールの回路が幾つか焼き切れて知識が吹っ飛んだ。


結果、俺のツールはガラクタ同然になった。


まあ、頭も無事だし、ステータスやスキルを確認する機能は残ったからマシだ。


それにしても、よく無事だったな俺。


あのブッツンという奇妙な感覚と、頭の中を掻き回されるような激痛は今でも鳥肌が立つ物だ。


「だから、俺の右目は義眼なんだ。ガンダリュートの魔術技師達が作った魔具だから、性能は普通の瞳以上だが、色のバリエーションがない。少し色が薄くて灰色なのは、そのせいなんだよ兄さん」

「……」


俺は兄さんが横たわるベッドの脇の床に、膝をついて右目を指差す。


これは、知り合いなら誰もが知っていることで、特に同情もされない当たり前のような認識だ。だから、愚痴るような感覚で話したのだが、兄さんの顔を見てヤバイと思った。


「そうでございますか……」

「いや……あの」


兄さんは金色の眉を下げて、俯いていた。悲しそうな姿に、俺は思わず兄さんの手を握る。


「大丈夫だ兄さん。全然痛くなかったし、今なんて高性能の魔具を使えるから問題ないよ。遠視も透視もばれないから覗きし放題。昇格試験とかではカンニングが簡単だし、街中でパンチラ見逃さないし、ギャンブルにも勝てるんだよ」


だから、な?


悲しまないで兄さん。兄さんには笑って欲しいんだ。


ふざけて瞳の有効活用を話すと、兄さんの悲壮な雰囲気はなくなった。


「フォルテス……犯罪は駄目でございます」


そのかわり、兄さんの冷たい瞳が俺を見た。


「特に、覗きなんて、最低で変態なヤローの所業でございます」

「い、いや。別に俺は女日照りじゃないから、そんな事なんてしない。女の裸なんて全然興味ないよ」


すると、兄さんはセンティーレに手招きして、ヒソヒソ話しを始めた。


「まあ、センティーレ。フォルテスがモテ自慢をしているでございますよ?」

「キュー」(いやねー)

「ナルシストで変態だなんて、嫌でございますねー?お兄ちゃん悲しいでございます。ねー?」

「キュー?」


グハァ!?


「違う……違うんだ兄さん」


弱々しく呟くが、兄さんの目付きは変わらない。だが、そんな冷たい目で見つめる兄さんも素敵だ。


あと、センティーレ。何を、俺より兄さんと仲良くしてやがる。

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