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黒旋律の歌姫  作者: 梔子
三章【王都編:悪魔の心】
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一週間後

ガンダリュートの王都にそびえる城。


そこは小高い石垣に建てられた城である。


両側を川に囲まれたリュートの一番の懸念材料は洪水である。よってリュートに建設された建造物の殆どが高い土台の上に建てられている。


金がない平民は、土と硬い石を積んだ物の上に木造の家屋を建てた。彼等は土の部分に思い思いの草花を植え、都に鮮やかな香りを広めている。


貴族街では、石の土台の周りを流麗な彫刻を刻まれた煉瓦で覆い美しさを競った館が建ち並ぶ。彼等の中では、高い土台を築く事が権威の象徴とされている。


よって貴族達は高い土台を作って競った。貴族同士の競争が加熱しすぎて、一時期土台を馬鹿みたいに築き、国王直々に制限する命令が下され土台法が作られた。


水が豊かな土地故か、街には沢山の小さな水路がはりめぐされている。これはもし洪水が起こったとしても、水路が道となり水の流れや強さを操って逃がす為の知恵だ。


左右を川に囲まれているリュートでは、水の侵入を阻むのではなく、水の侵入を前提とした街作りをされている。


荒れ狂う流れを無理矢理阻めば、逆に建物を粉砕されたりして被害が大きくなるからだ。


よって、街を空から見るとまるで建物自体が水路のようになっている。


また、どんな家にも小型の船が天井裏に備え付けられているし、天井裏に咄嗟に逃げ込めることができるようになっている。


地中には下水道が設置され、治水設備は非常に整っていた。


よって、貴族街は王城を守護する最も堅牢な水路としての役割を求められる。王城を囲むように作られた館群は計算して建てられ、館の間には門を設け、時には水路として有事には砦として利用される。


だからこそ、土台競争に国王がブチ切れたのだが……。


貴族の館の水路の中心に輝く王城があった。全ての行政を司る城の周りは、幾重にも水路と水門が設置さている。


貴族街を抜けて流れてきた水も、この水路で排出されて城は濡れもしない。堀に囲まれた、美しく磨かれた石垣の上に佇むは、平たい鈍色の城だ。


王城は城というより砦城といった様子の作りをしている。城壁に三重に囲まれ、中心に王が住み政務をこなす本城がある。城壁の間にはその他の政治施設が建てられ、忙しなく人が出入りしていた。


本城には、既に高い土台の上にある為、物見台の役割を果たす尖搭はない。


その替わり、本城を囲む城門が目立つ。


内側から一の門、二の門、三の門と呼ばれる門。それは分厚く、城を三重に囲む城壁に繋がっている。


そこには騎士と軍人が詰めており、まるで門の形をした家のようだ。


硬く強度に優れており、湿気を通さない事で有名なガデラ岩を使った城は、独自の形状も合間って威風堂々とした雰囲気を醸し出していた。


その第二の門と第一の門の間、一の内と呼ばれる此処には騎士団関連施設があった。


その一室。


故意に薄暗くされ、書類棚等が多く設置された生活感皆無な部屋の中に彼等はいた。


「調査結果はこれだけか?」

「はい殿下」

「そうか……」


騎士団と軍上層部の者を一名ずつを前にした王子は、シンプルな机に着きながら、片目をすがめて口の端を下げた。


彼の名前は第三王子、ギルバードである。



彼が見ている書類。そこには、先日の文書偽造事件の調査内容が書かれていた。


先日、軍の部隊が任務に出されたのだが、その指示内容が、軍部が全く身に覚えのない物だったのだ。


フォルテス達はよく独断先行をしているが、それは軍にも騎士団にも属さない、王子の私兵に近い位置にありからこそ可能な事であり、軍である双子部隊が上司にあずかり知らない命令で動いた事は大問題である。


出所不明の命令により、一隊が出動した事は早い段階で判明した。すぐさま居場所を探したが、何故か彼等の居場所は知れず、大騒ぎになった。


百歩譲って瑣事なら、報告忘れなどの見落としもあろうが、隊が赴いた内容が内容である。


帰ってきたフォルテスから、何があっか知らされた王子は慌てて確認した。


国の研究所の解析班は、【彼】に関する事が分かったら必ず王子に報告がいくようになっているからだ。それを隠匿していたのなら、研究所の職員の首が幾つか飛ぶ。


だが、それの返事は「は?」研究所はそのような事実は認識してはいないし、歌声丘に関する資料すら手に入れていない。全くの寝耳に水だった。


厳しい調査をし、双子が持っていた緊急の命令状や証言を確認した所、軍の上層部の一人が浮かび上がった。


どうやら、その軍人が【とある人物】の存在を知り、悪用しようとしたらしい。


偽造した命令状にて【とある人物】を捕えさせる。命令状自体は正規の方法で作成されているから、軍人達も疑わずに動いただろう。何せ、命令状に押すハンコや署名は本物だ。ただ、通さないといけない場所を通さずに独断で作った以外は……。


あとは軍人達を消して、命令状を処分すれば闇から闇へ。


「……ふむ」

「如何でしょうか王子?」

「如何も何も……これが公式なら仕方あるめー。証拠が揃って主犯が遺書残してんだ。何も出来ねーよ」


そう、主犯である男は死んだ。関わった部下を道連れにした為、証言者はもういない。


だが、証拠も証言も揃っていた為、軍は不祥事であるこの事を早目に解決したいのだ。


「伯父も軍も、さっさとなかった事にしてーんだろ?それに、ごねたりすれば天使君を探られる可能性がある。それは避けたい」


当然ながら、王子は納得していなかった。


彼を誘拐したかった動機が金なのも、その方法もツッコミ所満載だが、一番の理由は彼の存在をどうやって知ったのかだ。あのフォルテスよりも早く知った方法、それに、もし彼を売りたかったのなら、その経路。兵器開発の元となった彼は、売る場所に売ったらそりゃ大金になるだろう。


だからこそ、売る場所に困る。例えるなら、世の中に二つとない名画を売るような物だ。


売る方も買う方もリスクが有りすぎる。ぶっちゃけ、ガンダリュートや周辺国を敵に回す。


兵器とは、それほどの物なのだ。そんな危険を犯すような組織は存在しない。


疑問は尽きないが、事件解決を覆す事は出来ない。何故ならばもし、再調査を命じれば自然と被害者も徹底的に調べられる。


今は迅速に解決したい軍のおかげでバレていないが、再調査なんてされたら、ごまかした物がバレる可能性がある。


【彼】が、冥界三大神と契約した稀有な歌姫であるとごまかし、隠した事実が。


冥界三大神と契約した歌姫という事でも結構な物だが、真実よりはマシだろう。


「だから、今回はこれで終わりだ」

「表ではですね?」

「当然」


馬鹿にしたように笑った王子は、サラサラと深紅の髪をかきあげながら資料を指差した。


「狗に徹底的に調べさせろ。必ず何かある」

「はっ!」


騎士が立ち上がり、王子に一列して立ち去る。


「フー」


何処か疲れた王子は、億劫そうに体を解すように腕を回した。先日怒り狂って帰ってきたフォルテスに、パイルドライバー等の関節技フルコースをかけられたのだ。


なんだか関節がおかしい気がする。


呻く王子を心配そうに見つめていた軍人が、思い出したように尋ねた。


「そういえば殿下、パクス殿はどうなされたんですか?」


軍人は、凄まじい怒気を溢れ出しながら王子に詰問する彼を思い出した。


手足の一本はもがれそうな様子だった。


「ああ?あいつ?あいつは今、面白い事になってるよ」


■■■■■■■■■■■■


ゲホゴホ


室内に咳が響く。


部屋の外で待っている青年と竜は、


その音が響く度にビクンと肩を跳ねて心配そうに扉の向こうを見つめる。


咳が落ち着くと、また扉の前をウロウローウロウローとさ迷い歩く。


まるで出産に動揺する旦那のようだ。


しばらくすると、扉が開き一人の男が現れる。


麦のようなボサボサモジャモジャの茶髪は、モップを頭に乗せたようなオカッパ頭、痩せた顔にはデカイ黒縁眼鏡がギラリと輝く。針金みたいな体には、変なシミが盛大に付いた白衣を着ていた。


「どうだ先生!」

「難病ネ……」


先生と呼ばれた男は残念そうに首を振った。それを聞いた黒翼の青年は、羽根を逆立てながら慌てふためく。


「な……ななななな?」(訳.治らないのか?)

「無理ネ……。大昔から医師が探したけど、治療法は見つからなく、その時出た症状の対処療法を繰り返すしかない病ヨ。本人の治癒力や体力に頼るしかなく、時には致命的な合併症を併発する厄介な病ネ」


青年の顔色がタダ下がる。


竜は聞いて「あれ?」と思ったが、青年が動揺するので、自分も「アワワワワ」と何となく驚愕する。


「せ……せせ先生!一体どんな病なんだ!?」

「それは!」

「それは?」


男は拳を突き上げてバイーンと高らかに告げる。


「風邪ね!!」

「紛らわしい言い方するなや!」

「ギャアアアア!」


男の右手を握って捻り、下半身を自分の足で搦め捕り押さえ付け関節技を決めるフォルテス。


ヒョロイ男は悲鳴を響かせながらタップするが、怒ったフォルテスは手の力を抜かない。


一応逃げようともがくが、戦闘職であるフォルテスに、純正医者である男が敵うわけもない。男の体からギギギと変な音がする。


「毎回毎回、懲りろやゴラァ!エセ医師!」

「う……うるさいネ!こっちは忙しい中何度も来てるヨ!これくらいの悪ふざけ許されるネ!てゆーかいい加減学習するヨ!あの子は風邪ヨ風邪!」

「もしもっていう事があるだろうが!」

「だからって呼びすぎネ!顔色が悪い、クシャミした、咳が止まらない、元気がない、寒がっている、食欲がない、怠そう、一々馬鹿みたいな理由で呼ぶなヨ!ただの風邪で何度呼ぶ気ヨ!熱が40度以上になったら来いヨ!」

「んな!馬っ鹿野郎!!兄さんの体が大変な事になるだろうが!」

「今現在、ワタシが大変な事になってるネ!ぐほぉぉぉぉぉ!じぬぅぅぅ!」


二人がギャーギャーと騒いでいると、二人の背後の室内からクスクスと笑い声がした。


咄嗟に男を手放したフォルテスは、慌てて室内に入る。ここはフォルテス達の部隊の宿舎であり、城の【一の門】と【二の門】の間にある、二の内にある施設である。


その中の一室に彼は居た。白いベッドの上で、治療師に治してもらった純白の翼がバサリと羽ばたく。


毛布の山に埋もれた彼は翼が邪魔な為、横向に寝ていた。ゼヒューゼヒューと苦しそうな音が喉から響き、彼の真っ白な肌が赤く染まっている。


頭には氷嚢を乗せられ咳を繰り返す様子は、正に風邪。


「ゴホッゴホッ」


笑っていた彼は、えづいて咳込む。風邪をひいたカリダがそこにいた。


「キュー?」(大丈夫?)


心配そうに枕の傍らに座るセンティーレを見て、カリダは微笑む。


ちなみに、現在のセンティーレは邪魔になるという事で、猫程度の大きさに変化しており、鱗の色も虹色に戻っている。


「だ……じょう……ぶ」


熱で呂律が回らない掠れた声で答える。


竜の頭を撫でるカリダだが、そのヒンヤリとした感触が心地良いのか、センティーレを布団の中に引きずりこんで抱きしめた。


竜の鱗の感触を感じていると、フト影がカリダに重なった。


「兄さん」

「フォルテス」


フォルテスが覗き込むと、カリダは目を細めて手を差し出す。


いつものおねだり。


フォルテスが手甲を脱いで手を差し出すと、それを掴んだカリダはそのままフォルテスの手の平を自分の頬に当てる。


意外と体温が低いフォルテス。ヒンヤリとした感触が、熱でほてった体に心地良いのか、カリダは満足げにホウッと息を吐いて目を細めた。涙に潤んだライトブルーの瞳が、幸せそうにフォルテスを見る。


「〜〜〜!?」


ギュウと手を掴まれたフォルテスが、無言で体をくねさせて悶える。


それを呆れた様子で見つめる白衣の男は、どうせ「マジ兄さん可愛い」とか心の中で叫んでいるだろうなーと思っていた。


だが、熱にうなされたカリダはそれに気付かない。


ボンヤリとした頭で、心地良いフォルテスの手の平を感じると、気持ちよさそうに顔を擦りつけた。


「ワタシ仕事あるネー。フォルテスには困った物ネー?」

「キュー」(すみません)


カリダの腕のから抜け出たセンティーレは、白衣の男の傍らに座って申し訳なさそうに頭を下げた。


二人の目の前で、デレデレとカリダの世話をやくフォルテス。大きな体を小さく屈めて、カリダにヨーグルトを食べさせる姿には、何故か威厳はなかった。

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