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黒旋律の歌姫  作者: 梔子
二章【再会編】
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歌声丘の事件4

昔々とあるところに、金髪に青い瞳の王妃様と、黒髪と黒い瞳の王様がおりました。


二人は愛し合っておりましたが……。


昔々とあるところに最下層出身の少女と大富豪がおりました。


少女は貧しく大富豪は生れつき……。


昔々とあるところに、平凡なサラリーマンと、テニスが大好きな少女がおりました。


通勤途中に擦れ違う程度の関係。ある日殺人鬼が……。


昔々とあるところに、でくのぼうな護衛兵と、立派な王子様がおりました。


でくのぼうの護衛兵は、王子様を庇い……。


昔々、病に死んだ少女と病に倒れた政治家がおりました。


少女の死体は……。


昔々……。


昔々……。


昔々……。


昔々……。


昔々……。


昔々……。


沢山の命は巡り、忘却に消え去る。彼等の一瞬の邂逅は、互いの心に消えない何かを残した。


だがしかし、一方は死ぬ定めを背負っていた。


それは太古の後悔。

彼女が選んだ道。


一人は微笑みながら……。


少女は、自分の臓器を使って生き延びる大富豪を見つめながら。


サラリーマンは、自分を膝枕して泣きながら謝る少女の太股の感覚を感じながら。


護衛兵は、でくのぼうと呼ばれた自分が憧れの殿下を救った事を誇りながら。


病にて死んだ少女は、臓器提供の意志表示カードを見つめながら死んでいった。


一言、幸福だと呟きながら。


一人は、生き絶える命を目の前にして泣く。


移植手術に成功して、脈打つ心臓に涙した大富豪が。自分を庇ったサラリーマンの死体を抱きしめた女子高生が。兄からの刺客を殺し、戦場で血に濡れて佇む王子様が。病院で目覚めた政治家が。


また、何かを失った。ようやく手に入る所だったのに、手の平をスルリと抜けて逃げ去った。


そう言って泣いた。


後悔と悔恨。


唇を噛み締め涙を流した。


その想いに急かされるように、もう一人はがむしゃらに世界を走り抜けた。


だから、奇跡なのだろう。


少年だった白翼の青年は、黒翼の青年と見つめ合う。黒翼の青年は非常に整った顔立ちをしていた。


浅黒い肌に男らしく太い顎。意志の強さを表すように太い眉に、全てを見抜くような切れ長の瞳は灰色と黒色。纏うは灰色のコート。服越しにも隆々と盛り上がる筋肉が分かる。


後ろに一まとめにされた黒髪は、太陽光を受けて輝き、側頭部からは羊のような角が生えていた。


背中から生えた漆黒の翼が力強く空気を叩き、大きな体を加速させる。


吸い込まれそうな瞳に見つめられ、胸から沸き上がる何かに、白翼の青年が口を動かす。


何を言いたかったかは、本人も分からなかった。ただ、何かに従い口を開いて閉じた。


黒翼の青年は右翼を畳み、風の抵抗を利用して体をギュルリと回転させる。


身に纏うコートの裾を翻らせながら、青年は大地に降りたった。


同時に、細身の体を押さえていた二人と彼に無体を働いていた者が跳んで後退る。


それは本能だった。


留まれば死ぬ。人の本能の警告に従い、殺気を垂れ流す危険生物から逃げたのだ。


捕獲対象を連れる暇もなく逃げたのは問題がある。


だが、それは間違っていなかったと、避けた者達は自らを褒めた。


体を丸めて大地に伏す白翼の青年。それを庇うように、青年の体を跨いで四つん這いになり、彼等を睨む黒翼の青年の顔は獣と化していた。


無言で真っ白い歯を剥き出しにして軍人達を威嚇し、噛み締めた歯からはギリリと音がした。目尻を吊り上げる様子など、目尻が裂けて血が流れてしまいそうだ。


彼が【守護神】ではなく【悪魔】と呼ばれる由縁。怒りの沸点を抜けた時に纏う、怒気と獰猛な表情。


その様は、まさに恐ろしい悪魔。



その畏ろしい様を見た軍人達の隊長は、彼に話し掛けた。


「なんのつもりだパクス。お前はこの作戦に参加しない筈。何か国からの指令があったか?」


恐らく無駄だと思われる問い掛けを、うずくまる兄の横でするディータ。何かしら国からの新たな指示があり、彼が動いたのだと思ったが、その可能性が限りなく低いことは理解していた。


今のフォルテスをみる限り、完璧に私情で動いているのが分かる。しかも、衣装は私服で、非番で働いた時に着ける鎖型のピンバッジもない。


一方、セブは頬を押さえて膝をついていた。先程の一瞬で殴られたのだ。


打撃力耐性と、人並み外れた回避能力を持つセブでなければ、顎を粉砕されていただろう。


答えないフォルテスの瞳を見た瞬間、ディータは自分の体に力が篭るのが分かった。


優れた戦士だからこそ理解する。


この場にいる人数を数え、実力を量り、地形を見、その全てを次の動作に反映させる為に動く瞳。


彼の瞳の動きが、明確で身近に迫った殺意を語っていた。


「総員戦闘準備!」

「はっはい!」


予想外の状況。


兵器破壊に、自分達以上の執念を燃やす英雄の、突然の来訪と暴挙に戸惑いながらも各自の武器を構える。


だがしかし、彼等には勝ち目はない。相手は十を超えるスキルを持つ怪物クラスだ。僅か十五人しかいない自分達に勝ち目はない。


嫌な汗が流れるのを、ディータは感じる。


「魔術師は全員に守備力付与の術をかけた後、回復魔術を……っ!?」

「ぐはぁ」


諦めず指示を出すディータだったが、何かが彼等を襲う。


なんとか堪えたディータとセブは、何かのスキルが行使された事を悟る。彼等は仲間達が倒れ伏すのを見て、窮地に自分達が入った事を悟った。


ニイと笑ったフォルテス。


「殺す」


彼等を見つめるフォルテスの両腕に力が篭り、今まさに彼が動く瞬間。


ペチン


と可愛いらしい音がした。


あまりにも可愛い音に、異様な緊張感に晒されていた双子は出所を捜す。それは兵器だった。


フォルテスに押し倒された格好の兵器は、その碧眼からホロホロと涙を流してフォルテスを睨んで怒っていた。


睨んでいると言っても、涙目で尚且つシャックリ上げていて迫力は微塵もない。兵器はエグエグと泣きながら、フォルテスの頬をペシペシと叩いていた。


口がパクパクと動き、何かを必死に訴えている。声が出せないのか、その喉からは何も出ないが、それを見たフォルテスから怒気がなくなる。


兵器が訴えたい事を悟った彼は、兵器を抱きしめて囁いた。


「待たせてゴメン」


兵器の額に口づけをしながら告げる言葉。アワワワと、顔を真っ赤にして慌てる兵器を見て微笑む。


それは、【彼】がずっと言いたかった言葉。やっと口にできた言葉に、フォルテスは涙を一筋流した。


■■■■■■■■■■■■


「おい……お前ら」


見つめ合い二人だけの空間を作り上げていた中、我慢出来なかったディータとセブが声をかける。


理性を取り戻したフォルテスは、兵器を抱き抱えながら立ち上がり、邪魔くさそうに応える。


「何だ犯罪者」

「犯罪者はテメーだろ!兵器を何故庇う!先程の質問に答えろ!こっちは軍の命令で動いてるんだ!くだらねー理由だったらぶっ殺すぞ!」


セブは、フォルテスの腕の中の兵器を指差す。兵器は再び彼等に睨まれ、フォルテスの服をギュウと掴みながら震える。


一方フォルテスは、兵器を安心させるように撫でながら、眉をしかめる。


「国の命令?」

「やはり、命令なしの独断か。俺達は、シレービュが作り出した【金髪碧眼白翼】の兵器の回収を命じられた」


その返答に、フォルテスは疑惑の念を持った。金髪碧眼白翼とは兄の特徴であり、それに類似する存在があれば、その情報は必ずフォルテスに向かうようになっている。


何故、自分に秘密で軍が動かされたのか?まさか、今更誰かが自分を裏切るとは思えない。


彼等は、自分の兄に対する執着を知っている筈だ。もし、自分から隠して兄関連で何かをしたら、どうなるとかは知っているだろう。


だとしたら、別の誰かが?しかし、それを知るのは極一部の者ばかりだ。それを何故知っているのか……?


確認しなければいけない事は沢山あるが、まずは腕の中の存在を守る事が先決だ。


「俺は、お前らが一般人に暴行をくわえているから、それを止めさせただけだ。兵器と勘違いしてんじゃねーよ。お前達の不手際を未然に防いでやったんだ、礼くらい言って欲しいな」

「ぬかせ!お前がソレに、個人的な感情を抱いている事は、見れば分かる!軍事活動を私情の独断で邪魔するなんて、軍法会議以前の問題だぞ!」


怒鳴るセブからディータに視線を移したフォルテスに、冷静に話しを聞いていたディータも片割れに頷いた。


「そうだ。前回も問題を起こしたんだ、いくら王子の後ろ盾があっても、下手したら国に居られなくなるぞ?例えそれが本当だとしても、国からの命令書も証拠もない現在、お前の言葉を聞く事はできない。異議を言いたければ、事務に書類を提出しな。今は退け」


それを聞いたフォルテスはニヤリと笑う。


「断る」

「「!?」」


フォルテスは胸を張って応える。


「誰が何と言おうと、この人は兵器じゃない。俺の兄さんだ。例え国に居られなくなろうとも、離さない。手に入れたければ俺を倒せ」

「世迷い言を……」

「気でも狂ったか」


フォルテスは兵器の折れた翼を見つめ、ギリリと目尻を吊り上げながら、右手の拳を双子に向ける。


「お前達こそ、兄さんにこんな事をして覚悟は良いか?」


そして、戦いは始まった。幾つかの言葉と攻撃の応酬後、フォルテスの前には傷付いた双子が居た。


圧倒的な実力差。


フォルテスは兵器を抱え、いわゆるお姫様抱っこをした状態の為、足しか使えないのに苦戦のくの字もない。


傷付いた兵器に負担がかからないように、ユルリと歩くように動く。


なのに触れられない。


双子は見事なコンビネーションで攻撃をくわえ、一見すると双子が攻め手でフォルテスが守り手のように見える。


だがしかし、彼等が刃を突き出しても、それは空を裂き、いつの間にか死角にいたフォルテスから重い蹴りが叩きつけられる。


「ぐっ!?」

「ディータ!この!」


とうとう、ディータが大地に足をついた。セブが怒りの声をあげた瞬間、フォルテスの踵がセブの後頭部に叩きつけられた。


「本当は、金玉くらい踏み潰してやりたいが……」


冗談ではない、フォルテスの本気の寒気がするような声。彼の右足が何かを踏み潰すように、地面に靴の踵を食い込ませてグリグリと土をえぐる。


その動作に何かを想像したのか、兵器はピャッ!?と顔色を青くした。


手を内股に挟んで、フルフルと首を振る兵器の顔を見て、フォルテスは足を止めた。


「兄さんが怯えるから、これくらいで許してやるよ」


飛び上がったフォルテスは、哄笑を響かせて空を駆けた。


■■■■■■■■■■■■


「兄さん、俺の仲間を紹介するよ。沢山伝えたい事があるんだ。あの後、何があったか教えたいんだ」


空を飛ぶフォルテスは、腕の中の存在に話し掛ける。その顔はニコニコと無邪気な笑顔を浮かべている。男臭い顔立ちが、そのような笑顔を浮かべると、まるで大型犬のような雰囲気になった。


犬のように、兵器の金髪に顔をスリスリと擦りつけている彼は兄に話し掛ける。


「あと、兄さんの名前も聞きたいな。話せないなら、ギルドのオヤジに頼んで魔具を用意させよう。最高の治療師も用意して、兄さんの綺麗な翼を治療させないとな。嗚呼、なんて綺麗な翼なんだ。記憶どおり、兄さんは綺麗で美しい。全部終わって落ち着いたら、美味いもん、楽しいもん沢山教えるよ。そうだ、なら兄さんの住む場所を用意しないとな。だったら、家を買おう家を。二人で住む家は庭付きが良いな。兄さんの白い翼が映える、白い壁の家でカーテンは青色だな。センティーレの馬鹿は犬小屋でいいか。王子を脅して用意させよう。もし、国から追い出されても大丈夫だ。仲間達を全員引き抜いてギルドで働けば良い。大商人なんかめじゃないくらいの贅沢をさせてあげるよ。俺って凄いだろ兄さん?」


兄さん兄さんと呟きながら、また頬を兵器の頭にスリスリと擦りつけるフォルテス。


兵器はフォルテスの男前顔が間近に迫る度に、顔を真っ赤にして細い指で彼の頬を押し、距離を離そうとした。


すると、フォルテスは悲しそうな顔をして「嫌か?兄さん」と、まるで落ち込んだ子犬のような顔をされた。


その姿にウッとする兵器は、仕方なくフォルテスの頬擦りを許していた。だがしかし、センティーレと言葉を聞いた瞬間、彼はハッ!?と村の方向を見た。


そこは相変わらず、火が燃え盛っていた。


大切な事に気付いた兵器は、慌てて村を指差す。必死にフォルテスを見つめていると、フォルテスは気付き兵器を見つめる。


しばらく兵器を見つめるフォルテスは、その澄んだ碧眼を見つめて一言呟いた。


「綺麗だ……」

「!?」(ダメだ!?)


馬鹿な事を、しみじみと呟くフォルテスに頭を抱えた兵器は、意を決して片手を振り上げた。


バシィィィン!!


平手打ちされたフォルテスは、物凄いショックを受けました。

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