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「ぐぉぉおぉお!」
「ぬお!何だその声!?」
恐らく生まれたばかりの幼子に何をする!?
顎を押さえて悶え苦しんでいたら、ショエーと右手と左足を上げて驚く爺。
て…あれ?痛い?顎じゃなくて体の奥が…内臓が痛い?昔やった盲腸みたいな痛みが全身に広がる!てぇ!イデデデデ!
「痛イイイイ」
ゴロンゴロン悶え苦しむ私を見た爺ちゃんは驚きから我に返った。
「当たり前じゃ!!管を抜くなんて死にたいのか!」
「うわあああん」
「この馬鹿者!」
痛みに身も蓋も無く泣きわめく私は、爺ちゃんに腕を掴まれてズルズルと引きずられる。
すかさず変な機械の中に突っ込まれた私は体の隅々まで測定される。
どうやら、管は抜いちゃいけなかったみたいです。
すみません、謝ったから謝ったから!だから爺ちゃん落ち着いて!過呼吸になってる!危険だから!
「ゼヒューゼヒューゼヒュー」
「あああ!大丈夫でございますか!?」
異世界に転生した私が第一にしたことは老人の介護だった。
はーいお爺ちゃん落ち着いてーユックリ息をしましょうねー。
頭を殴られた。
この糞爺。
チアノーゼを起こしていた爺ちゃんが復活して説明してくれたが、私は爺ちゃんの世話役として作られたらしい。
爺ちゃんのキメラ技術や治癒術や魔力回路技術や魔法陣技術の結晶。それが私こと【人工世話役生物】らしい。
体はキメラ技術にて制作し、頭の中は魔法陣を幾重にも巡らせて繋げ思考回路を作り出し、擬似的な【脳】を作った。また、独自の魔力回路理論を作り出し、治癒術を改良した術によって魔術回路を作成して私に織り込み、魔術が扱える初めての人工生物を作り出したらしい。
「凄いでございますねー」
「そうだ!ワシは凄いのじゃ!」
踏ん反り返る爺ちゃんにパチパチと拍手したら、更に踏ん反り返った爺ちゃんは後ろに倒れそうになった。慌てて受け止める。
何かこれ見たことある光景だな。
必要な知識、倫理や常識、会話や人との接し方等の知識は、【脳】を作る過程で私の頭の中にインプットされている。話し方や思考までが男っぽくなってるのはそのせいか。
だから、老人は生まれたばかりの私が会話して普通の人間のように振る舞っていても疑問を持たないのか。
何個か確認の為に質問されると、すらすら答えられた。まあ、それは一般的というか根源的常識。
空は何?雲は何色?昆虫は何?右手を上げてみろ、右はどっち?この林檎を落としたら上か下、どっちに落ちる?文字は読めるか?よし、なら文字とは何だ?
と私の知能を確認するような質疑応答が繰り返された。
「よしよし、【脳】は正常に機能しているようじゃな。それでは此処からが重要じゃ【ツール】と頭の中で念じてみろ」
「はいマスター」
ああ…、何故か自然と爺ちゃんをマスターと呼んでしまう。これも刷り込みのせいか?
頭の中に自然とステータス画面のような物が浮かび上がる。
まるでSF漫画にあるようなホログラムの画面が複数浮かび上がり、そこに沢山の知識が表示された。
「これは?」
「ワシが作ったツールじゃ。」
「ツール?」
「ワシが作った魔術技術の結晶だ。多目的情報管理操作システムで御主に組み込んである」
魔術?と考えた瞬間に、とある画面が私の前に出てきた。
どうやら、私が生を受けた此処は夜空の半分を覆う巨大な月がある世界のようだ。そして、科学は発展せずに魔術が発展した世界である。
一応科学らしき物はあるが、それらは錬金術の範囲を超えていない。
私が今使っているツールも、その魔術によって作られた物だ。確か、何かの本で魔術も科学も本質は同じで、行き着く先は所詮同じだと書いてあったな。
魔術なのにSFっぽいのはそのせいか。
「ちなみに画面は御主しか見えぬから、見る時は気をつけた方が良いぞ。阿呆に見えるからな」
「……先に言って下さいまし」
画面をキョロキョロしていたらシミジミ言われた。恥ずかしいじゃねーかこの野郎。
ふん!と私の言葉を無視した爺ちゃんは再び説明を開始した。
「先ずは現在状況を見てみろ」
「承りました」
【現在状況】の欄がある画面を見ると、画面が自動で近付き展開した。
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【種族】人工生物(家事特化)
【名前】なし
【称号】生まれし者
【スキル】気難し屋耐性
、賢者の知識、飛行、歌姫
【体力】50/50
【魔力】120/120
【攻撃力】30
【守備力】30
【魔法攻撃力】50
【魔法守備力】60
【器用】100
【素早さ】80
■■■■■■■■■■
「名前や種族や攻撃力は出たか?」
「はい」
これは高いのだろうか?選んだ特典は表示されていない。もしかして、この世界で手に入ったスキルと特典は違うのか?
「可視化と念じてみろ」
「はい」すると、画面の色が変わった。先程までは白っぽかったのに、今は赤くなっている。
爺ちゃんはフムフムと頷きながら画面を眺め始めた。可視化と念じると、画面は他人にも見えるらしい。
「これはワシが開発した魔術じゃ。ツールに組み込んでおいた。本人の能力や才能、加護を数値化や表記する貴重な物じゃ感謝しろ。だがしかし、ひっくいのー」
「そうでございますか?」
「一般的な町民で平均50じゃ。100を超えると専門家並じゃが、御主は肉弾戦は子供並じゃ」
いや…私子供だし…。多分、肉体年齢は七歳くらいだし。だから、子供だと考えると平均だよね。
しかしながら、爺ちゃんは物凄く不満そうだ。
ん?なんじゃこりゃ?
「マスター飛行スキルとは?」
「んあ?ああ、サービスで付けておいたぞ。タッチしてみろ詳細が出てくる」
スキル画面にタッチすると説明文が出て来た。
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【気難し屋耐性】
偏屈爺さんを相手にして大変だよね。しかし、広い心の貴方は凄いっす!彼を相手に出来るのは貴方しかいない!
【賢者の知識】
賢者の知識をいつでも利用できる。深淵なる知識を活用すれば、どんな状況でも活路を見出だせ。
【飛行レベル1】
背中の翼で飛べるよ。三十センチ程度。飛空出来るよ、赤ん坊レベルの速度だけど。気を抜くと落ちるから気をつけて!
【歌姫】
神様に愛されるレベルの歌の才能を持つ。オーディエンスを湧かして加護をもらってファンにしよーぜ!
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………………………。
…………………………!?
歌姫チートじゃね?
「ま…まままままマスター。この歌姫とは一体?」
「おお、これまた珍しいのー」
爺ちゃんは普通に感心してウンウン頷いている。え?この反応って、別に特別なスキルじゃないのか?
「歌姫は便利な職業じゃ。最近は以前より増えたのう。昔は芸能の神に歌を捧げて加護を得て観客を湧かせたり演出したりしていた程度じゃったが、今は豊饒の神に豊作祈願や海の神に大漁祈願をする事も多い便利な職業じゃ。まさか、人工生物で神職を授かるとは…」
なんだ…力は便利程度でチートな訳ではないらしい。
「巫女とは何が違うのですか?」
何故聞いたかというと、歌姫の横に吹き出しが出て【類似職業:巫女】と出ていたからだ。
「巫女は厳格な取り決めによって神に仕え、歌謡や舞踊を一生捧げ加護を得る職業じゃ。一方歌姫はそこまで厳しくない。神は捧げられた歌に報酬を与えるが、神の気分でサービスしてとんでもない奇跡をおこしたり、しょぼかったりする。まあ、女優に贈り物をするファンみたいじゃな」
成る程…。
「おお!?加護枠が四つもあるではないか!こりゃめでたい。普通は二つ程度じゃぞ。やはり声か…」
「私の声がどう致しましたか?」
「凄まじい美声じゃな…胸糞悪い」
けなされた!?ボソッとけなされた!
「恐らくそれで、加護枠が増えたのじゃろう。加護枠とは加護を与えてくれる神の上限じゃ。一度決めたら変更できんからの、多い方が有利じゃ」
「一度神様から加護を頂いたら別の神様に変更出来ないんでございますか?」
「当たり前じゃ、神がホイホイ気に入った者を他神に渡す訳なかろう。永久契約じゃ」
成る程成る程、ツールにて検索すると歌姫に関する情報が出てきた。便利だな。
歌姫は殆どが航海の安全祈願や耕作地帯に雨を呼んだりと、産業や貿易等にて活躍している。
え?知識はインプットされているのに、知らない事が多すぎるって?
爺ちゃんによれば難しい物らしい。
普通は知識を手に入れる際に肉体的記憶も記憶される。その時の自分の動作、周りの匂いや音と無意識に関連つけて記憶しているので管理しやすく、脳内で知識は自然と整理される。
一方私はそのような物が一切ない状況で、膨大な知識のみが詰め込まれた状況。そうなると、知識が知識の中に沈み大混乱に陥るらしい。
知識が思い出せなかったり優先順位が分からなくなる。
考えても欲しい。話すという知識と喧嘩の知識が同等だったらどうなるか?人間は殆ど無意識に会話を操る。無意識にやる方が喧嘩だったら、私は人と会う度に喧嘩の事を考え喧嘩を売る痛い人になる。
だから、爺ちゃんは常識程度の知識を私の意識上に起いた。これは文字の意味や倫理、生活習慣などの優先順位が高い知識。
専門的知識等は無意識の中に保存して、ツールで検索をする形にして覚え治す事で脳の混乱を防いだのだ。
例えば【物が床に落ちる】事は知ってるが、【重力】や関わる方程式、原理はツールで学習しなければ知れない。
という形だ。
今の私は前世の知識があるから、そのバランスにばらつきがあるのだが、そこはツール学習による個人差だと判断された。
「世界随一の力をその身に宿すのじゃ感謝するがよい!」
「わーい」
ツールは老人オリジナルの技術で私しか持たない力であり、目茶苦茶凄いらしい。
のけ反る老人を支えながら私はパチパチ拍手した。
拍手しながら私は現在位置・詳細情報と検索する。すると、現在使用される言語、大陸の地理や国家の配置が表示される。
今私達が居るのは、この世界にある三大陸の一つ、ロート大陸にある森と水が豊かなシレービュ国。
東には大きな港を持ち、西には巨大なムトウハ山脈と呼ばれる山脈を持つ。シレービュに湧き出る清涼な水は、この山脈から作り出されている。
シレービュ王国や周辺国は、ドレスを着た婦人や甲冑に身を包んだ騎士がいる中世ヨーロッパ風の文化だ。だが、町は清潔で義務教育や社会福祉が充実しており、あくまでも中世ヨーロッパ風なだけだ。
窓から糞尿を撒き散らしたり、字を書けない貧農がゴロゴロいたりしないし飯も美味いらしい。
だがしかし、見過ごせない知識があった。険しいムトウハ山脈は人が住める場所ではなく、魔物が多い。
そう魔物、この世界には魔物が存在する。
魔物とは、長い年月で魔力を帯びた肉体を持つようになった生き物の総称だ。
彼等の殆どは魔力を肉体強化に使用するが、力が強い魔物は魔術さえも操り知能を有するようになるらしい。しかも、この特性は子に引き継がれる。
つまり、普通の鹿から魔鹿になった個体がいると、その子供も鹿ではなく魔鹿として生まれるのだ。
魔物達は別に理性をなくしたりせずに各自独特の生態系を作り、特に人間の敵ではないが、好戦的な魔物もいる為に近寄らないが吉。
ちなみに、人間で魔物化する者も存在し、その者は魔人と呼ばれるらしいが、何故か人間だけは魔物化の継承が行われない。
魔人の子はただの人間なのだ。何故人間だけが例外なのは研究中。
また、種族だが残念な事に獣人はいない。エルフもドワーフもいないらしい。
ガッカリだ!