海辺の研究所と犠牲者
フォルテスの話です。
ガンダリュートの海岸線にある、とある砂浜。
此処は、いつも曇天が広がり太陽を隠して薄暗い。海から吹き付ける風は湿っぽく、春だが肌寒い。轟々と白波がたち波の高さも高く、慣れない者が見れば嵐が来ているのかと勘違いしてしまうだろう。
青い海、白い雲と表される南の海と正反対。
ドンヨリとした荒れた海が広がる、例えるなら日本海のような海だ。
そこには噂があった。人魚が現れると。
噂が立つ場所は、人が滅多に近寄らない、海岸から僅かに離れた小島だった為に、【人魚】を直接見た者は村人の中ではいなかった。
時々、迷い込んだ旅人達だけが目撃した。
彼等は、小島の入江の岩場に、金髪をたなびかせる美しい女性の上半身を遠目で見た。下半身は岩に隠れて見えなかったが、旅人達は人魚の美しい乳房と顔に見惚れた。
人魚を目撃した旅人は、近くの漁村に辿り着くと、村人達に話した。
小島の入江には美しい人魚がいる。その剥き出しになった乳房の大きさや美しさ。
めちゃくちゃ巨乳だと言う旅人に、村の若者達は身を乗り出した。
その場のノリで行こうとする者はいたが、小島は厄介な潮流の場所にあったし、弱いが魔物も出る。
地元民でも、気軽に行ける場所ではない。
人魚なんて、お伽話の存在を確認する為に行くなんて馬鹿な事はするな。
周りの大人達に叱られた若者達は、大人達に明日の漁の用意はしているかと確認され、慌てて解散した。
旅人も叱られ、慌てて宿屋に戻った。
その時の旅人と若者は知らなかった。人魚を目撃して、その美しさに目が眩み小島に向かった者がいたことを。
そして二度と帰らずに、犠牲者になったことを。
そして起こってしまった。とある青年が酒に酔った勢いで島に向かったのだ。
青年は三日間帰ってこず、青年を探しに男達が向かった。
だがしかし、彼等も帰って来なかった。命からがら逃げてきた男は言った。
小島には化け物が居る。
そして男は死んだ。
村人達は恐れ戦いた。男は体が爛れ、全身から蛆をわかせて死んだのだ。
生きながらの死に様は凄まじく。村人の一人が見兼ねて、銛を使って息をとめた程だった。
村人達は囁いた。あそこの島には海神がいる。むやみやたらに荒らせば祟りをたまわうぞ。
まだ、シレービュの兵器の存在が、広く知られていない頃の話しだ。
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そんな小島に降り立ったフォルテス達、第三王子直属部隊。
彼は、人魚が出るといわれている入江に突き出た岩場に、立って海を睨んでいた。
入江のある小島は、草木の生えていない岩場で出来た小島であった。島は小さく、一周するのに十分も掛からない。
そこにある入江は、大きな岩が重なっている場所。そこには岩場が沢山あり、岩場が囲む窪みには、海水が溜まり澱んでいて水中が見えない。
その内の一つの岩場に立ったフォルテス。
現在の彼は藍色の制服を隙なく身につけている。胸元を飾る鋼の鎖は隊長職を表す三本、他の隊員とは違い膝下まであるロングコートを纏っている。強い風が吹きつけ、バサバサとコートの裾が踊っていた。背中で結ばれた長い黒髪も空に舞っていた。
煙草を専用パイプに入れて口に咥え燻らせていた彼は、吸い終えたのかパイプを握った手を横に突き出した。
その、パイプを持つ手には、特製の手甲が嵌められている。
これは、黒竜の鱗を砕いた染料で染めた鋼鉄大蜘蛛の糸で編んだ物だ。
蜘蛛の糸はしなやかで頑丈である。普通の蜘蛛でも、鉛筆程度の太さがあれば、旅客機でさえも絡め捕る。
それが魔力を纏った蜘蛛型の魔物なら、その強度の高さは尚更である。しかも、好戦的で有名な黒竜の鱗を砕いて染み込ませてある。
一見すると黒革の手袋のように見える手甲。よく伸びて締まり、使用者の手に吸い付くようである。動きを疎外せず、尚且つ感覚も素手の時と変わらない。
生地は、布でありながら敵の酸や刃を弾き、綻びもしない。
流石に衝撃は弾かず、ハンマーや剣の先で突かれたらダメージが残るが、そこは使用者の鍛え上げられた肉体や技術でカバーしている。
「定置型か?」
「はい。近くの村の情報によれば、恐らくシレービュの施設の警護に設置された個体。戦争終結により廃棄されたようですが、兵器は依然として稼動しているようです」
パイプを受け取り、携帯灰皿に煙草を捨てているのは、色素の薄い青年だ。
襟足を刈った短い頭髪は淡い、白に近い緑色。そして、肌は陶磁器のような純白。黒いサングラスを掛けている為に、瞳は見えないが見えるパーツは整っていて繊細な美貌を約束していた。パーツだけなら、か弱い印象を与えそうだ。だが、制服の上から分かる鍛え上げられた肉体や、背中に定規が入っていそうなほど微動だにしない立ち振る舞いから、か弱さなどは欠片も見当たらない。
フォルテスと同じデザインの、藍色の制服を他の隊員とは違い規則に則ってカチッと着込んだ彼は直立不動。
胸元には副隊長を示す二本の鎖が飾られている。
彼の名はサナエル・マグナ。副隊長である。
携帯灰皿とパイプを袱紗に包んで懐にしまうと、彼の腕に嵌められた細身の翡翠製腕輪が、カシャンと鳴った。
二人は、冒険者時代からの相棒であり、サナエルは研究所からフォルテスと一緒に助けられた者だ。
冒険者時代は魔術師ながら前線で戦い、その堅物で几帳面な性格でフォルテスをフォローしている。
「設置から十年も経っているのに、被害が小さなことと外見。男性をターゲットにしていることから、恐らく【夢見がちな人魚姫】かと……」
「そうか。やっかいだが、定置型は分身が少ない。殲滅作業をやらなくていいから、楽って言ったら楽か」
頷くフォルテス。
シレービュが作り出した、魔術を使う兵器。
通称は【兵器】や【化け物】と呼ばれるが、正式名称は【生物式魔法兵器】である。
彼等はフォルテスとカリダ。【完全体】と呼ばれる人工生命体を作り上げられた技術により、作り出された生体兵器である。
研究所は、第三のフォルテスを作り出そうとした。だがしかし、それは中々成功しなかった。
何故なら、魂がある人工生命体を作り出すには、賢者の神懸かった技術が必要不可欠であったからだ。
現在の技術では、材料が完璧に用意されていたフォルテスでさえも、完成するのに数年かかった。材料には出所不明な物が多く、手に入れる事は不可能。
フォルテスの性能は素晴らしかったが、用意出来ない材料の代替品を開発し、組み立てるには莫大な費用と人員、時間がかかる。また、魔術を使用するのに必要不可欠な感情を生み出す魂が、人工生命体に発生するかは不確定である。
兵器に求められたのは、安価で安易で大量生産だ。
じゃなかったら、魔術の才能がある人間を兵として教育した方が効果的だ。
悩んだ研究者達は、とある事を考える。
別に、全てを人工物にしなくても良いのだ、人間を材料にすれば良い。
そうすれば材料費は削れるし、大量生産は可能だ。魂も材料にした人間の魂を分割して肉体に与えれば良い。元々自分の肉体だから魂は高確率で定着する。
分割する魂は、分割しやすいように単純化した。すると魂は、材料となった人間の、最も強い欲望が牽強に出た。
だが、それによって発生した狂気は、結果的に良かった。
絶えない感情を発生させ、結果的に強力な魔術が使用出来るようになったのだ。
魔術師の中で、強い感情によって魔人化したり、火事場の馬鹿力的に強力な魔術を操る者がいる。
狂気に走った魔術師が、強力な魔術を操るようになる話しは太古からあった。
それを擬似的に再現した。
そうして、おぞましい【生物式魔法兵器】は発生した。
兵器はその欲望ごとに性能や能力、外見が違うが、人間の欲望は突き詰めれば系統が出てくる。フォルテス達はそれに名前をつけて対処していた。
今回は人魚と呼ばれる女性が材料となった兵器と予測される。
【夢見がちな人魚姫】は恋愛に夢憧れて失恋した少女が元になっている。他の人魚である【悋気狂いの人魚兵】や【勘違いの人魚婆】と比べたら大分攻撃性が低いが、状態異常を行うので厄介と言えば厄介だ。また、人魚種は女を嫌うのも特徴である。
定置型と呼ばれる兵器は移動せずに、ひとつの場所に留まる。
研究所を調べるには、先ずは兵器を壊すしかないのだが、【夢見がちな人魚姫】は積極的に行動しないタイプであり、いつもは自分の巣に篭っている。逃げられたら困るが待つのは時間がかかる。
だから誘き寄せるしかない。
「準備は良いか?」
「はい」
「いやぁあああああ!?」
冷静に頷くサナエルの後方で盛大な絶叫が響く。
振り向くと、巨大な槍の先に、縄で吊り下げられた青年が絶叫していた。
「何で俺ばかりがやるんだー!」
「仕方ないよ。大人しく人魚の餌になりなよ」
まるで街灯の柱のような巨大な槍を持っているのは、まだ十代後半の少女。人参色の赤髪をショートカットにした彼女は、藍色の制服の下に、ホットパンツとニーハイブーツを履いていた。
「確かに俺はカッコイイ!王子様的な美貌だ!だけど、人魚相手は嫌だぁぁ!」
ケラケラと笑う少女の槍先には、まさに王子様的なイケメンがいた。サラサラな金髪にキラキラ輝く青い瞳の彼だが、今は号泣して爽やかな外見が台なしだ。
人魚は失恋した乙女が材料になっている事が多いからか、イケメンに弱い。しかも、フォルテスのようなガタイの良い戦士タイプではなく、吊り下げられた青年のような細マッチョの正統派王子様風イケメンだ。
しかも、イケメン青年は守備力強化と環境適応のスキルを持つ。
守備力強化は言わなくても分かるだろうが、守備力を一時的に強化する能力。環境適応は、どんな場所でも適応してダメージを受けない。
つまり、火の中だろうが、水の中だろうが大丈夫!そのせいか、イケメン青年はキラキラした顔面に似つかわしくなく囮や餌役によくなるのだ。
「頑張れ。頑張った褒美に酒をおごってやるぞ」
「ちょっと大将!酒かよ!?」
「やれ」
「了解!」
「ガボボボ!?」




