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黒旋律の歌姫  作者: 梔子
二章【再会編】
34/64

とある朝

遠い場所から悲鳴や怒号が響く。だがしかし、次第に味方の勝ち鬨の声が多くなる。


シレービュの兵器開発専門研究所。まるで要塞のようなソコを走る俺は、何体か分からないゴーレムを切り捨てる。


やっと終わる。


敵を倒し引き裂き叩き潰す。俺は剣を握りながらも笑っていた。


そうだ……当時はまだ剣を使っていた。


ある意味懐かしい研究所を仲間達と駆け抜けて落とす。


彼を助ける為。七年間求めた彼を取り戻す為。


だがしかし、制圧した研究所には何もなかった。王子の解析班が調べるによると、研究所の機能は既に分断され、各地に隠されたらしい。


その時に彼も移動され、何処に保管されているか不明。


無人の室長室で見付けた手紙を見て壁を殴り付けた。


そこにはこう書かれていた。


【残念無念また来年〜】


コチラの想いを知った上で、馬鹿にしてからかう文。たった一文だけ書かれた手紙に、脳内がカアと熱くなる。


「ふざけんな!」


アイツは何処までふざけているんだ。


悪意ある手紙は、俺の手の中で握り潰された。


■■■■■■■■■■■■

とある荒れた室内。


飲み干した酒瓶や書類、衣服が乱雑に散乱するそこには大きな寝台があった。無駄な装飾が施されていないシンプルな飴色の木材で作られ、人が三人は眠れそうな広さの寝台には一人の青年が眠っていた。


静かな寝息が響く室内に、一つの動きが発生した。

乳白色の壁紙が貼られた壁に切れ目が入ったと思うと、そこがまるで布のようにグニャリと歪むと、中から一人の少年が現れた。


空間を歪ませて室内に侵入した少年は、切れ目をキチンと接着剤で修復してから、改めて立ち上がった。


彼は美しい少年だった。


年齢は七歳程度。流れるような黒髪は動く度にサラサラと流れている。その柔らかい髪をショートカットにしていて、前髪の一房だけをクルリンとカールさせていた。


顎は細く頬はフックラと柔らかい。唇や小さい淡いピンク色で鼻はツンと尖っている。小柄な背丈も長い手足も小振りだが、一つ異様な点があった。少年の背中には、まるで妖精のような羽根が二対あったのだ。まるで蜻蛉のようは半透明で澄んだ羽根には、美しい葉脈のような線が浮かんでいる。それは少年から直接生えているのではなく、彼の肩甲骨辺りに僅かに浮かんで存在していた。


それも合間って、少年に人形のように現実感のない美しさを演出していた。


彼は可愛いらしい外見に相応しい、柔らかい生地のポンチョを身に纏っている。ポンチョから覗く柔らかい少年らしい足には半ズボンを穿き、膝丈のブーツを履いている。


少年は寝台の上の青年を見る。その美しい青い大きな瞳は、瞬きが異常に少なく異様な程感情を映していなかった。


整った外見も合間って、精巧なロボットのようだ。


「……おはようございます。フォルテス・パクス。今日も良い暗殺日和ですね」


鈴のような可愛いらしい声だが、感情が宿らずにまるで機械音声を再生したような印象を持つ。


少年が喋った瞬間、無数の氷の刃が発生した。白い指先を動かすと、青年が寝ていた寝台に突き刺さった。


だがしかし、今日も血飛沫は見当たらない。


「……残念です」


細くたおやかな首に突き付けらろた刃に動じることなく、少年は無感動に呟く。


少年に小さなナイフを突きつけるのは半裸の青年だ。


一目で戦闘職だと分かる鍛え上げられた肉体。胸筋は盛り上がり、腹筋は八つに分かれている。鍛えられた筋肉により、陰影が浮かんでいる。手足も太く逞しく、無駄な筋肉がない為に、まるで野生動物のような俊敏かつ重厚な雰囲気。


黒いズボンを履いているだけで何も身につけてなく、その逞しい筋肉で盛り上がった浅黒い肌が剥き出しになっている。


その体には、切り傷や火傷など様々な傷跡があるが痛々しい印象は受けない。逃げる為ではなく、攻撃を受けながらも敵を討つ、肉を切らせて骨を断つ為についた傷は、彼に歴代の戦士の貫禄を与えていた。


その下にある幼い頃の傷跡は、彼の戦いの戦歴によって塗り潰されていた。


呆れたように少年を見つめる顔は整っていた。


意思の強さを表すような、真一文字に結ばれた唇に太い眉。シャープな顎に通った鼻筋。エキゾチックな黒い切れ長の瞳には、暖かみのある鋭利な光りが宿る。不思議な事に、右目だけが色が薄く黒と言うよりも灰色に近い。


弱々しさとは正反対な、落ち着いた、(いわお)のような雰囲気。活力に溢れた様子は若い武将のようでありながら、青臭さはない。


そして何よりも、彼の特徴と言える、猛禽類のような大きな黒い翼。艶のある羽は黒光りして、角度によって七色を纏った。そして両側頭部から生えているのは、まるで羊のように捻れた黒い角。


彼の二つ名の由来となった外見だが、悪魔や堕天使というより東南アジア等にある有翼の守護神のようだ。


先程までベッドの上にいた筈の彼は、物音もたてずに数瞬で少年の背後に佇んでいた。


寝起きで欠伸をしている青年からは、緊張感はまるで感じられない。だが、片手で剣を突き付けている彼には一分の隙もない。


「困りました」


沈黙した少年は、何通りも反撃方法を考えるが、全ての結末が無惨な結果になると結論が出た。


無感動で無表情だが、残念そうな雰囲気だ。それを見た青年は釘を刺す。低い声は深いバリトンだ。


「一日一暗殺だろ?約束を破れば、相応の対応をさせてもらうぞ?」

「困ります。フォルテス・パクス。私は貴方から離れる訳にはいかない。貴方は私が求める何かに近い存在。離れたくありません」



「なら、暗殺するなよ」

「それは出来かねます。暗殺を禁止されたら、落ち着きません」

「そうかよ……。まあ、いい。さっさと朝飯食え」

「了解しました」

「ダンが言ってたが、ちゃんとトマト食えよ」


そう青年が言うと、先程までは流暢に話していた少年が唐突に黙った。青年が見ると、無表情だが不服そうに床を見ている。


立ち上るのは、断固とした拒絶のオーラだ。


「……承認しかねます」

「食えよ?魔法で消すのもなしだ。作った奴の事を考えろ」


ナイフを突き付ける腕に力が篭る。少しチクンとした。


「……了解しました」


食い込む刃を肌に感じた少年は、まさに渋々と頷いた。


今度はキチンと扉から出る少年を見送った青年が、箪笥に仕舞われていた肌着を出していると、扉から新たに一人の青年が入ってきた。


「ああ!?また!」


藍色の制服を纏い赤い長髪を三編みにして、眼鏡をかけた真面目そうな青年は、氷の刃が突き刺さったままの寝台を見て悲鳴をあげた。


「ラルフ、良いところに来たな。寝台の修理頼む」

「またですか!?いい加減にして下さい!経費の遣り繰りが大変なんですよ」

「仕方ねーだろ」

「隊長が引き取ると決めたんだから、しっかりと躾けてください」ガミガミ言う眼鏡を掛けた青年に、眉を潜めた黒翼の青年は耳を指で押さえながら応える。


「しかし、大丈夫ですか?命令コードを解除したのに、まだ隊長の命を狙うなんて。やはり、研究施設に預けた方が……」

「あ゛?」


眼鏡の青年がそう言った瞬間、今まで静かに着替えていた黒翼の青年がドスの効いた声を出して相手を睨んだ。


「研究所に渡す?それ、本気で言ってやがるのか?」

「いや、わ……私は……」


空気が張り詰め、眼鏡を掛けた青年が口ごもる。黒翼の青年の事情を知っている眼鏡の青年は、自分の失言を悟り血の気を失う。


「まあ、いい。お前に悪気がないのは知ってる。怒って、すまなかったな」


怯えた青年を見た黒翼の青年は、息を吐いて謝った。


「アイツが、ああなるのも仕方ないんだよ。アイツみたいな奴には欲求がないんだ。だから、唯一の目的だった俺を殺す事を何と無くやってんだ。他にやる事がないからな。何か興味がある物が見つかればな」


彼等の部隊の隊員の殆どは、黒翼の青年と一緒にシレービュの研究所から逃げ出した者や、戦時中に救助された者だ。


彼等は体を弄られたり実験台にされ、通常よりも優れた力を操り、その力を駆使して兵器を狩っている。


しかし、眼鏡の青年のように王子から派遣された事務官等も何人か隊には居る。そして、あの少年は、先日発見されたシレービュの旧研究施設から救助されたのだ。


一時的に保護をして、暗殺命令を入力されていた少年を解除する為に彼等がデータを調べると、驚くべき事が判明した。


なんと少年は、シレービュが作り出した人工生命体。


他の兵器とは違い、人間を材料とせずに作製された、通称【オーダーメイド】と呼ばれるシレービュの最終兵器の試作品。


魔法に特化した彼は、黒翼の青年と対等に戦える戦闘力を保有していた。


そして、居合わせた隊員達は理解していた。少年は黒翼の青年を元に作られたのだと。


試作品である少年は未完成で、感情が制作されていなく、まるで人形のようであった。


当初は少年を研究所に送る話もあったが、黒翼の青年は反対した。王子との話し合い(脅し)の結果、彼が少年を引き取ったのだ。もし、一度でも王国に刃を向ければ青年が始末するという条件で。


暗殺命令等のコードを全て解除した少年は、敵対行動はとらないが何故か青年の暗殺は止めなかった。


暗殺命令がないのにするのは、本人の意思だという事だ。


何故か聞いてみたら、生まれた時からの使命で、やらないと何と無く落ち着かないらしい。


だからといって必死な訳ではなく、他にやることがないからやっているという感じだ。彼には感情や興味がないから、やりたい事がなく、惰性で青年を暗殺しようとしているのだ。


暗殺に掛ける情熱はその程度なので、黒翼の青年に一日一暗殺と言われても、素直に納得した。


少年には唯一、何か欲しい物があるらしいが、本人自身もそれが何か分からない。それさえ分かれば、少年に感情を芽生えさせる事の取っ掛かりになるだろう。


そうすれば、彼も青年を暗殺しようとはしなくなる。隊員達は何かを探そうとするが、全て空振りに終わった。


毎回、様々な事を隊員達を少年にする度に、少年は無表情でハッと嘲っていた。


時々、本当は感情があるんじゃないかと思う黒翼の青年だった。


「まあ、ぼちぼちやるしかねーな。今日は何の仕事だ?」

「海岸地帯の研究所捜索ですね。解析班によると、試作品達の研究をしていた施設が、あの辺り一帯にあるらしいです。……可能性は高いですね」


何のとは詳しい事は言わない。だがしかし、彼にはそれだけで十分だった。


「よし、一番乗りだ。全員叩き起こせ」


あれから十年、未だに彼とは出会えないが、フォルテスは決して諦めない。必ず彼を助け出す。


■■■■■■■■■■■■




剣と冒険の国ガンダリュートは周辺国と比べれば実力主義であり、平民でも出世できる。


だがしかし、平民なんて物があるからには、当然身分差が存在する。


様々な意見はあろうが、完璧な実力主義は喜ばしい物ではない。努力して上り詰めたと思ったら、直ぐさま才能のある若者に席を奪われるようなら、人は必死に立場を守るようになってしまうからだ。


以前の日本企業では、年功序列から実力主義に変える事が流行ったが、逆にマイナスになる企業が多かった。


以前までは先輩から後輩に、仲間に情報やツテを教え合ったりしていたのに、実力主義となり自分の座が脅かされそうになると、情報を武器として教え合いや助け合いがなくなったのだ。


非難は出来ない。人間、誰しも自分や家族が大切なのである。


制限がなさすぎる競争は、足の引っ張り合いや邪魔のしあいが発生して成長を阻害する。競争がなさすぎると、無意味な因習などが幅を効かせて非効率になる。


適度な安定と適度な競争と上下関係こそが、組織の成長に必要不可欠なのだ。


だからこそ、ガンダリュートにも貴族は存在する。貴族の始まりは初代国王の仲間であった魔人達である。それ故か、ガンダリュートの貴族は鍛練を欠かさない。他の国ではひ弱な貴族が多いが、魔術に優れ同時に武術に長けている者が殆どだ。


そして、彼等の地位は盤石な物ではない。暴政や不正、貴族に相応しくない所業を働けば、強制的に当主の代替わりを命じられる。時には平民への降格を申し付けられる場合もある。


逆に、優れた功績を認められて平民から貴族になる者も少なくない。初代が元冒険者だという貴族もいる。


災いの種はさっさと切られ、優秀な者は出世させる。


だからこそ、貴族は平民に足元を掬われないように切磋琢磨し、平民は特権を手に入れようと努力する。


当然、そうなれば不正や賄賂などの犯罪が渦巻くが、それら犯罪を取り締まる組織が設置されており、様々な身分の者が異議申し立てができる。


そんな中、軍事機関にも当然ながら身分差が存在する。騎士と軍人である。


騎士は言わずもがな、貴族の集まりである。騎士団長を頭にして組織された彼等は、騎獣を駆って国の為に剣を握り国に忠誠を誓う。


彼等が忠誠を誓う国とは王族であり、指揮権は王族が持つ。王族からの命令なら命を捨てることも厭わない。軍と比べて数は少なく、家柄のみならずに実力や経歴も重要視され、小数精鋭を自他ともに認識されている。


祭事等には必ず出席し、王族の傍らを護り、国の権威を背負い常に誇り高く正しくあれと努めている。


軍人は平民出身の集まりが中心となり、将軍が指揮権を持つ。毎年開催される入軍試験に合格した者が軍人となる。それには経歴や身分は問わず、情状酌量の余地があれば犯罪歴があっても軍人になる事ができる。軍人は各町に派遣されて町の治安維持も貢献し、町のお巡りさんの役割も兼ねていたりもする。


簡単に言えば、騎士団は政治的戦闘力という役割。軍は警察のような役割を持つのだ。


そして、この二つは伝統的に仲が悪い。それには様々な理由があるが、根底を突き詰めれば相手が気に食わないのだ。


そして、上記の基準で言えば、第三王子の指揮下にいるフォルテス達は騎士となる。だがしかし、彼等の職務には騎士のような催事への参加や王族の護衛はない。


旧シレービュの残党狩りや兵器の破壊が主な任務であり、内容的には軍と近い。


また、土地に根差した活動をしている軍とは、情報共有や共同戦をする事が多いため、隊員達は軍人達と親しい間柄である。



■■■■■■■■■■■■


王都の朝は早い。


朝日が昇るかどうかの薄暗い時間には、パン屋の釜戸に火がいれられ、早い狩りに出掛ける冒険者向けの店は既に営業を開始している。


そんな王都の門番も大変だ。


リュートは河に囲まれて天然の堀を要している為、外壁は高くない。高い堤防が外壁の替わりになっているからだ。


その変わりに対岸とリュートを繋ぐ橋の警備は厳重だ。橋は東西南の三箇所にあり、中に入る為には橋にて確認を受け、三重の門を潜らなければいけない。


ちなみに門番は軍の管轄だ。


門には頑丈な鉄格子の落とし扉があり。有事の際には落とされ、王都自体が堅牢な要塞と化す。門番も多く配置されるが、毎年新人門番が間違って門を操作し一騒動起こる。



「せんぱーい終わらないっすー」

「うるせー。手前のやった事の後始末だろうが」

「この書類量、嫌がらせっすよ」



春先とは言え、肌寒い門の駐在所。そのプレハブ小屋に近い粗末な建物の中に、目の下を隈で真っ黒にした若者と中年の門番がカリカリと膨大な書類に記入していた。


先日、落とし扉を間違って落としてしまった門番は涙目で先輩に訴える。


だが、中年門番は溜息をつきながら答えるだけだ。


そもそも、ミスは仕事に慣れてきた門番がよく引き起こす。だからこそ、引き締めの為に膨大な量の書類を書かされるのだが、落とし扉を間違って落とす馬鹿は滅多にいない。


一度落とし扉を落としたら、引き上げるのが厄介なうえに、物流などにダイレクトに影響する。実際に昨日は大混乱になった。


二人の前の書類は、ただでさえ多い書類に、更に加算され、とんでもない事になっていた。


「せんぱーい。そろそろ交代の時間っす」

「チッ仕方ねーな。続きは俺ん家でやるぞ」

「スゲー。せんぱい、体を壊しますよ?」


肩を叩きながら立ち上がった中年門番を感心したように呟く若者。彼の台詞を聞いた瞬間、先程まで疲れ切った顔をしていた中年門番の額に青筋がモリッと浮かんだ。


「……手前、帰るつもりか?」

「へ?」

「何で、俺がお前の書類を処理する為に、一人で書類を持ち込まないといけないんだよ。お前も来るんだ。サボらねーように監視してやる」

「お……俺は友達と」

「あん?」


睨まれた瞬間、若者のお泊りが決定した。


シクシクと泣いている若者が机に突っ伏していると、頭上にて何かが羽ばたく音がした。


顔を上げた先にあるのは黒い翼。


「あー、せんぱーい。黒の旦那っすよ」


若者が指差しながら中年門番に報告する。


ガンダリュートでは、第三王子直属部隊隊長を親しみを込めて黒の旦那と呼んでいる。


二人が見上げる先には、遠い空に騎獣の翼が翻っていた。


隊員達を先導して飛んでいる青年には黒い翼があり、それは力強く空気を打ちすえている。


「縁起が良いっすねー。ありがたやありがたや」


両手を重ねて頭を下げる若者に、中年門番は彼の頭をコツンと叩いた。


「馬鹿な事してんじゃねーよ」

「そういや、せんぱいって黒の旦那と知り合いなんすよね?」

「ん?まあな、十年前は冒険者としてやってたからな。フォル坊と知り合いだ」


そういった中年門番の片腕は、肩から上まで上がらない。十年前の戦にて負傷して冒険者を引退した中年門番は上空を旋回するフォルテス達を眩しそうに眺めていた。


十七年前の、あの仕事は彼の人生の中で特に印象深い物であった。

あの時に助け出した子供達が、成人して戦士として戦っている事に感慨深さを感じた。


当時、硝子筒の前で泣きじゃくる少年が今では英雄と呼ばれている。その日の少年の憔悴を見ていた彼にとっては、胸が詰まる思いだ。


「せんぱーい、何黄昏れちゃってるんすかー?サボんないで下さいよー」

「サボって落とし扉を落としたお前が言うな!」

「ギャフン!」


書類片手にブーブー文句を言う若者門番に、中年門番はゲンコツを落とした。


「おう、相変わらずの迷コンビ!」

「相も変わらぬツッコミの鋭さ!」


そんな彼等を見て笑う男達がいた。


中年門番は、慌てて若者門番から手を離し敬礼する。


門の前に居たのは軍人達だ。一個中隊程の人数が武装して馬を連れている為、今から任務なのだろう。


軍人達の先頭で、門番達を見ながらキャッキャッと歳柄も無く手を叩いて笑っているのは、壮年の男性達だ。


双子なのだろうか?人懐っこそうな金色の瞳や形の良いガッシリとした顎、男らしい顔立ちが、目尻の皺にいたるまで瓜二つである。


ただ、彼等を見分けるには、さほど苦労は必要がない。鮮やかな赤髪を丸刈りにして、右唇から裂けたような跡が右耳まであるのが弟のディータ。ガンダリュート国軍戦疫対策部隊(別名、後始末隊)四番隊隊長である。


彼の横でニヤニヤ笑っているのは、彼の兄であり副隊長のセブだ。


こちらは癖の強い髪を短く切り、ウネウネと好き勝手な方向に逆立っている。左頬に大きな傷跡があり、広範囲のそれは恐らく頬の皮を剥がされたのだと分かる。


二人ともある顔の傷は、何故か黒く変色して目立つ。


その派手で目立つ傷から、仲間内から【顔傷】と呼ばれる彼等は、どちらもガタイが良い。




二人は、国軍の隊長職を示す三本の鉄の鎖が右胸にあしらわれた、膝下までの長さのある濃緑のコートを纏い、衿から白いタイを覗かせている。


四十代を幾らか過ぎた歳や外見も合間って、歴戦の勇者としての貫禄を感じるが、二人のニヤニヤ笑いが台なしにしていた。


厳つい顔付きなので、黙っていれば威厳があるだろうに、ニヤニヤしているせいで不真面目なオッサンという印象だ。


「今日は任務ですか?旦那がた」


町側で受付をしているからそう判断した中年門番に、弟のディータが頷いた。兄のセブは受付の書類を書いている。



「そうそう。解析班からの情報が急遽入ってさ。昨晩分かったらしいが、上が至急対処しないといけないと判断したらしく、叩き起こされたんだ。いやー参った参った。俺ら全員寝不足」

「やはり、兵器関係で?」

「すまないな、軍の秘密って奴さ」


ウインクする弟に、下手な事を聞いた事を詫びる中年門番。


「おーい行くぞ!」

「おう!じゃーな」


セブに呼ばれたディータは、自分の馬に乗ると軽やかに立ち去って行った。


「はー、顔傷の旦那達もカッコイイっすよねー」

「お前もあれくらいになれよ」

「えー、せんぱーい。そんなに期待されても、困っちゃいますよー。でもー、せんぱいが期待するなら、俺頑張っちゃおっかなー」


デヘデヘと照れて笑う若者門番に、無言の鉄拳が落とされた。


理由はない。ただ、ムカついたのだ。



■■■■■■■■■■■■


一方、早朝の街道では。



「兄貴、目的地は何処だっけ?」

「馬鹿、歌声丘だ。ちゃんと聞いてろ」

「遠いなー。行きたくねー」

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