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黒旋律の歌姫  作者: 梔子
二章【再会編】
32/64

行くべー!!

地中を貫く狭い穴。それは恐らく何かの魔物が掘った穴であり、岩の壁が剥き出しで、所々に木の根が這って細かい繊毛の生えた根がカーテンのようにぶら下がっていた。


それは地中深くまで続いていた。


そこに情けない声が響いている。


「グズ…寒いべー…フヒャ!?…怖ーべー……ウウ…帰りたいべー」


ギリギリ幼い少年が屈んで歩くのがやっとな幅。暗闇が満ちるソコを、穴の中を四つん這いで進む少年がいた。


マントのつもりか緑色の布を首に巻き、頭には使い込まれた鍋を被っている。


ヘルメット替わりのソレは少年の母親愛用の品で、嫁入りの時から使っている品である。鍋に何かあれば、少年のオヤツは一生なくなるだろう。


光りを発する蛍石を、テープで鍋にくっつけて穴の中を照らす少年はグシャグシャだ。


彼の短い小麦色の髪や健康的に日焼けした肌には、泥がこびりついている。少年は顔面を鼻水だらけにして、それに枯れ葉が二枚くっつき、少年がしゃくり上げる度にピルルピルルとたなびいていた。


「う゛う゛ーオラ帰れなぐなっただよー母ぢゃんー婆ぢゃんー兄ぢゃんー父ぢゃんー」


呼ばれる順番で彼の家の中での順位が、何となく感じ取れる。



そんな少年は、怯えながら歩みを止めない。


ぶっちゃけ少年は遭難していた。


時は一ヶ月前に遡る。


彼は歌声丘の近くにある村に住んでいた。名産品も何もない、平凡の中の平凡のような村だったが、歌声丘のおかげで、観光地として外からの客が僅かだが訪れるようなった。


村人達は驚いたが、同時に喜んだ。農業の傍らに女達や老人達、子供達は総出で屋台を出し【歌声丘饅頭】【歌声丘煎餅】【歌声丘キーホルダー】【歌声丘タペストリー】を売り、村の経済は潤った。


ワーイワーイと無邪気に喜び、村民会で旅行に行ったりしていたのだが、一ヶ月前に唐突に丘からの歌声が止まったのだ。


大人達は慌てず騒がず、冷静に屋台の撤去作業を開始した。


「ある日いぎなり聞こえだ歌声なんだから、いぎなり聞ごえなぐなったりしでも当たり前だべ」

「んだんだ。共同の牛っこも買ったべし、村の柵や橋の整備も終わっだしなぁ。最近は質の悪いお客さんも来たべ、潮時っちゅー奴だ」


純朴な彼等は、関心する程無欲だった。必要より少し儲かる程度が、人間にとって調度良いと理解していたのだ。


穏やかな顔で、【おいでませ!歌声丘!】と描いた看板を撤去させている兄達を見た少年は、顔を青くさせていた。


今は困る!と叫んだ。何故なら……。


「いいんだべいいんだべ…やっぱオラが、マリアンちゅわんに告白しようと思ったのが、間違いだったんだべ」


こうなるからだ。


少年の後ろには小太りだが、とことん人の良さそうな青年が膝を抱えて座っていた。もう、大の大人が此処まで落ち込むのかと驚く位の落ち込み方だ。湿っぽいオーラがドヨヨーンと漂い、青年の頭から茸が生えてきそうである。


「ピード兄ちゃん頑張っぺ!昨晩の気合いさ、どこいったべ!」

「オラはどうせヘタレだべ。運のないキング オブ ヘタレだべ。笑ってくれっぺ」

「アハハハハ!」

「ブヒャヒャヒャ!」

「……」


無邪気な子供達が笑い、青年は只の茸から松茸に進化した。茸的に出世したが、人間的には駄目な感じだ。


「くおらー!ピード兄ちゃん虐めるなべ!」

「ブーブー」

「兄ちゃんが笑えっで言ったんだべ」

「大人っでこーゆーどこあるがら嫌だべ」

「大人の勝手な理屈だべ。オラ達子供は、それに振り回されるんだべ!馬鹿!」

「そうだべ、ばーか」

「ばーかばーか」

「こらー!」


木の棒で、ツンツン青年をつっつき始めた子供達を追い払った少年は、手を腰に当てて振り返った。


すると、そこには膝を抱えてシクシク泣く青年がいた。


「ピード兄ちゃん!気合いいれるっぺ!」

「シクシク。放っといてくれべさリオ」


実はこのピード青年。告白すれば両思いになると言われる歌声丘で、長年片想いをしていた村のマドンナに告白しようと一大決心をしていたのだ。


だがしかし、まるで青年の決意を嘲笑うように、決心をした日から歌声がピタリと止まったのだ。


元々、小さな子供達に馬鹿にされるような豆腐メンタルの青年だ。


くじけた。


決心が木っ端みじんになった。


覚悟が萎えた。


そして今に至る。


情けなくベソベソと泣く青年は、小心者でヘタレで意気地無しで弱気で足が臭くて運動神経零だが、とても心優しく動物に好かれる善人だ。


いつも、自分達と遊んでくれたりする人。そんな彼が、せっかく無い根性をかき集めて決意したのに、それが台なしになるのを見るのは、リオ少年も辛かった。

そして、リオ少年は決めた。


自分が歌声を復活させる!と。


今晩、彼は最高装備【鍋の兜+蛍石】【ボロ布のマント】【良い棒】で洞窟の前にいた。


此処は丘に幾つか開いた洞窟の一つである。歌声丘に響く歌声は、地面から沸き上がるように響いているのだが、この穴からも響いていた。


彼は以前、退摩師や冒険者達が探検していた事を知っていた。前は何も発見されなかったが、今日の自分なら、何かとんでもない物を見付ける事ができる気分だった。


「行くべー!」


そして、現在に戻る。


「なんでいきなり穴が開くんだべー棒もなくしたべ」


彼が愚痴るのも仕方ない。洞窟に歩みこんだ瞬間、普通の石の剥き出しの地面だった足元に穴が空いたのだ。


落ちた先はスロープのようになっており、絶叫をあげながらコロコロと転がり落ちた彼は、この穴に辿り着いたのだ。


入った洞窟は一階建て程の高さで鬼ごっこができそうな広さがあったが、此処は狭く屈んで歩くのが精一杯である。


幼い少年にとっては、恐ろしい事限りないが、進むしかなかった。自分が落ちてきた穴は傾斜がキツクて登る事はむりだった。


二十回程のチャレンジの後、転がり落ちて尻を突き出した状態で諦めた彼は、進む事を決めた。


泣きながら進んでいると、暗闇の先に薄明かりが見えた。


「出口だべ!?」


救いの光に、四つん這いを最高加速させてシャカシャカと進むリオ。被っている鍋が、間抜けにボウンボウンと鳴っている。


とうとう出口に出た時、そこには巨大な空間が広がっていた。


まるで城が一つ入るような巨大な空間は、真四角に切り取られており人工的な印象を受ける。


一目で天然物と分かる洞窟や穴とは全く違う。明らかに人の手で作られたソコには、沢山の物が設置されていた。


現代の私達から見たら、誰しもが巨船の製造ドッグのようだと表現しただろう。


空間の中心には、真ん中から折れた船があり、それは海を進む櫂の替わりに空を進む翼があった。帆船と飛行機の翼を着けて、まるで鯨のようなシルエットにしたような船。


それは何かに撃ち落とされたのか、酷く破損して瓦礫が散乱していた。その中心部は焼け焦げて穴が空いていた。


そしてそれを囲むように巨大なクレーンが六機、円形に並んでいる。全てが、ビルの上に物資を運べるような大きさだ。


クレーンの間を縫うように、鉄のパイプと板を組んだ足場縦横無尽に組まれ、まるで迷宮のように入り組んでいた。


その他にも、照明機具やらソレらにエネルギーを送る為のコードやら様々な機械があったが、説明したらキリがないので省く。


とりあえず、辺境の村に住む少年には、圧倒的な光景だったと伝えよう。


ポカンと口を開けて少年が見上げた先には、天井があった。足場は真ん中だけなく吹き抜けになっていた。

そこから見えた丸い天井の一部は素材が変わり、開くようになっていると分かる。


僅かに隙間が開いており、そこから月光が筋になって、闇に沈んだ空間を照らしていた。


「出れねーべ。どうすっべかな」


ポツンと呟いたリオは気付かなかった。自分を機械の影から見る存在を……。



■■■■■■■■■■■■


「うぎゃぁああああ!化け物だべぇぇ!」


ソレは長い舌をベロベロベロと震わせながら、頭を左右に細かく振って逃げた少年を見つめていた。


カランカランと、けたたましい音をたてて鍋が放り出された。


ソレは少年が落とした鍋を拾うと、嬉しそうに脱糞した。すると二つ目の口が汚物を悲鳴を上げながら食べた。


歓声が響く。


「りょ…りょりょりょ料理料理料理料理りりりり!料理料理料理う…う…ううう……」


扉の向こうに逃げた少年を、不思議そうに見つめたソレは、自分の陰部をゴシゴシと擦る。


顔を左右にブブブと振っていたソレは、暫くたつとズルリズルリと何かを引きずりながら立ち去る。


料理をする為の食材を求めて……。


少年は運が良かった。たまたま調理器具を持っていたから助かったのだ。


そちらに気をとられたソレの隙をついて、身軽な少年は目の前の大きな扉に飛び込んだのだ。


結界に包まれている筈の扉は、何故か小さな少年の手が押すとスンナリ開いた。だがしかし、少年が中に入った瞬間、扉は閉じ再び頑なに全てを否定した。



ソレは狂った声を出しながら、研究員に付け足されて分解された冗談みたいな体で歩く。


「いひ…いひひひひ……みんなぁ…たべたべ食べよおぉぉぉぃあひひひ…おいしいおおお…おいしい…」


ケタケタと笑いながら、譫言のように同じ事を何度も呟く。


小さな宿屋で腕を振るい、自分の料理を食べて笑顔になる人々を見る事が大好きだった料理人の末路がソコにあった。


ソレが笑うと、周りのナニカも笑って蠢いた。


ズルリズルリ


引きずられたソレからは、甘い血の匂いが永遠に。

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