カリダ君の冒険
私はクローゼットを開いて中を見る。そこには大量の衣服が掛かっていた。
「今日は何に致しましょうかね?」
あの方々が用意してくれた衣類を見て首を傾げていると、センティーレが中の一枚を咥えて差し出してきた。その金ぴかギラギラヒラヒラに首を振る。
「却下でございます。呪神様のは露出が多いどころではなく、デザインが遥かにエグイですし。何ですか?この有り得ない場所にあるスリットや切れ目は?冥王様の服は固っ苦しいですし、鵺王様の服にしましょうね」
「キュウー」
残念そうなセンティーレ。お前はそんなにそれが気に入ったのか?
私は淡い青色のツナギを選んだ。服の生地の所々が切替になっており、袖口のボタンホールを囲む刺繍も凝っていて洒落たデザインだ。
体を動かすから、ツナギを好んで着ている。先日ヘイスケさんから私のトレードマークだと言われた。
服を着て袖をまくってボタンで固定する。腕を左右に大きく振って動きが邪魔されないか確認するが、全く布が引き攣らずスムーズに動く。
オーダーメイドのように体にピッタリのコレは、全く動きを阻害せず服を着ていないみたいだ。
ふと、自分の手が目に入った。見慣れた手の平は大きく成長し、男らしく節があるが、細長い指に真っ白で傷のない皮膚の綺麗な物だ。だが、指先に輝く金色の爪が異彩を放つ。まるで金粉を塗ったような美しい金色。これは染めている訳でも塗っている訳でもない。自然に生えてくる爪の色が金色なのだ。
私は溜息をついて天井を見つめる。初めて見上げた時より天井が近い気がして、年月を感じる。
ツールを起動して現在の時刻を表示して改めて確認する。
あれからもう十年経ったのだ。
あの日、私が目を覚ますと、そこには号泣するセンティーレがいた。生きている事に喜び、いざ!感動の再会!と思い両手を広げた瞬間。
「キュゥゥゥ!!」
「うぎゃ!?」
センティーレに台無しにされた。
大興奮しているセンティーレから流れるのは涙なんて綺麗な物じゃない。涙、鼻水、唾液。全ての体液を垂れ流しにしての号泣だ。そんな奴は、なんとそのまま私に抱き着いて、ベロンベロン舐めて来たから堪った物じゃない。
「この!おバカさん!」
「ギュゴ!?」
興奮した馬鹿をゲンコツ制裁で静めた。
本当もう、なんちゅーかなぁ。もっとこう感動的な再会が出来なかったんかな?せっかく見た目が良いのに、何でこんなギャグテイストに。
ブツブツ文句を言いながら気がついた。センティーレの体の大きさや鱗の色が変わっている。以前は小型犬程度の大きさだったのに、今は牛程度の大きさになっている。しかも以前は完全に生えていなかった角が生え、鹿のような角の存在感半端ない。
「センティーレ、何故大きくなっているんでございますか?それに此処は何処でございますか?」
呟いた言葉に答えてくれる人は誰もいなかった。
センティーレを落ち着かせた後、私は部屋の中を見回してみる。とてつもなく広い部屋は、消毒液と嗅いだことのない独特の生生しい芳香が満ちて嫌な感じに無機質だ。操作板であると思われる長方形の透明な機械が、数個設置されてガランとしている
物は殆どない。
私は最後の記憶から一体何年経ったのか不安になった。自分が休眠モードになっていたことは、目覚める時に聞こえたツールからの音声アナウンスで理解していた。だが、何年経っているかとかの詳しい事は知らない。
ツールを展開して、今はいつか調べようとしたが、何故かツールの調子が悪くて無理だった。
「キューキュキュー」(逃げるよ逃げようよ)
センティーレが私の腰に頭を押し付けてグイグイ押す。どうやら逃げようと訴えているらしい。
「逃げるでございますねセンティーレ」
そうだ、逃げなければ。
記憶が正しければ、此処に連れて来たのはあの気違いと思われる。
私を有効活用すると言い放ち、体を押えつけて沢山の薬剤を打ち込み、肉を抉り体液を採取した男。叫び声を上げる私を、笑いながら眺めていた男。
あの男が連れて来た場所がマトモとは思えない。
不思議と人の気配も物音も聞こえないが、誰がいつ来るか分からない。それに、夢のような朧げな記憶を思い出す。
液体の中から聞いていた会話。現実かどうか分からない記憶だが、此処に良い感覚を抱く訳がない。だから、余計なことを考える前に逃げなければ。
私は首飾りを掴んで唇を噛みながらセンティーレを見返した。その美しい新緑色の瞳を見てフト思った。
そういえば、センティーレは何故此処にいるのだろうか?此処は恐らく危険な場所だ。センティーレが楽に来れる場所ではない。
「センティーレ、誰かと来たのですか?」
「キュウ?」(いないよ?)
「それじゃ、捕まったのですか?」
「キュ」(違う)
てっきり捕まったか誰かに連れられたのかと思ったのだが、センティーレは二つとも首を振って否定する。
何だか最後の問いには、馬鹿にしたようにハン!と笑われた。
この自分が捕まったって?おいおい何を言ってやがるんでしょうかね?というような事を思っているような顔をしている。
何だその自信は…。
「センティーレの癖に!センティーレの癖に!」
腹がたったから、センティーレの顔の両側を掴み上下にムニムニと揉む。センティーレの瞼や唇が容赦なくめくれ上がり、ブッサイクになる。ハッハッハ!随分と愉快な顔ではないか!いつの間にか成長して美竜になんかなった報いだコンチクショウ!綺麗じゃねーか!
だがしかし、
「キョッ!キュキュキューン!キュキューン!キュキューン」
弄ばれたセンティーレから悩ましい鳴き声が響く。
どうした…、何故喜ぶ?わっ!また鼻水流して泣くな、体を擦りつけるな!え?もっとやれ?誰がやるか馬鹿!そう言えば、さっきぶっ飛ばし時も喜んでたよな?寝てた間に何があった!?
【現在分かった事。何だかセンティーレが変態ドMになっていた】
ドM竜は放って、私は室内を探して武器になりそうな物を捜す。あと服もだ。しかし、見事に何もない。カーテンがあれば服替わりに巻きつける事ができるが、窓すらもないのだ。
仕方ないからフルチンのまま行くか。
ブラブラさせて歩くのは超不安だけどしょうがない。
敏感な部分が無防備な、ある意味男らしい姿だけど気にしない。
それより武器だ武器。
私には歌姫の力があるが、目茶苦茶戦闘に向かない。敵に出会って、晴れにして何の意味があるのか。洗濯物超乾くていどである。
いや……炊事洗濯をやってる身分からすると、目茶苦茶助かるけど。布団やカーペットを外に干す間に部屋の掃除をすれば、綺麗な部屋でフカフカの布団で眠れるのだ!
だがしかし、気をつけて貰いたいのは、掃除が終わり布団を取り入れる為に外に出た数瞬で、センティーレが室内に横たわりお菓子とか食べて散らかす。
その時は殺意が出てセンティーレの前で大根を持った、大根ダンスを踊ってやった。
オー!ボンバイェ!
オー!ボンバイェ!
オー!ボンバイェ!
と呟きながら、腰をフリフリしながらジリジリ近づくと、怯えて泣きながら逃げていったセンティーレ。物凄く楽しかった。その後マスターに驚かれた後、滅茶苦茶叱られた。
…………。
おっとと。ヤバイヤバイ。慌てて思考を元に戻す。
今、マスターの事を思い出して感傷に浸る場合じゃない。落ち込んで暗い気持ちになっては行動的になりにくい。だから私は溢れそうな涙を手の平でゴシゴシと擦り、思い出しそうになった情景を慌てて消す。
マスターの笑顔を無理やりしまいこむ。
ごめんなさいマスター。思い出さないのは今だけだから。
心の中で言い訳を呟きながら捜索を再開する。私の後ろには、マスターの家にあった装置と同じような巨大な硝子管が置かれ、その横には古いテレビのようなゴツイ画面にキーボードがついた機械が置かれていた。
ちょうどそこに、金属の棒が突き出ていた。それはキーボードにはめ込まれているだけで固定されている訳ではない。それは三十センチ程度の硬そうな鈍い銀色をしており、小さな私の手の平でも握りやすい太さだった。
私はそれを取ろうと、キーボードに手を着きながら背伸びした。
「っ!?」
まるで冷たい汚泥が体の中を駆け抜ける感覚。
キーボードに触れると猛烈な嫌悪感を感じた。
脳裏に沢山の人々が、キーボードに何かを打ち込む様子や話し声が聞こえていた記憶のような物が浮かぶ。その全てに言いようもない感覚が湧き上がる。
混乱するが確実なのはただ一つ。
「センティーレ、行きましょう」
訳が分からないが此処から早く出たい。
そして●●●しなければいけない。
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【種族】
人工生物(家事特化・改)
【名前】
カリダ・アーエル
【称号】
囚われし者、黒旋律の歌姫
【状態】
混乱、暗殺指示受理【標的】悪魔、嘆きの狂竜
【スキル】
気難し屋耐性、賢者の知識、飛行、
歌姫[冥王の加護][死神の加護][呪神の加護][戦神の加護]、
色気(癒し系)
【体力】80/80
【魔力】320/320
【攻撃力】58
【守備力】246
【魔法攻撃力】50
【魔法守備力】300
【器用】430
【素早さ】90
イレギュラーな書き換えを認識。修正致します。
修正不可。
イレギュラーな命令を認識しました。拒否します。
拒否失敗。
メイレイガジッコウサレマシタ。
討伐目標【嘆きの狂竜】を認識致しました。
1646時に討伐予定。
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監禁されていた十年間、何かイロイロあったようです。
名前だけ登場ですが監禁中なのに何故か他人と交流があるみたいですが、詳しくは次話にて。登場人物の中には、ムーンの作品を読んだ方には分かる方々がゲスト出演です。




