【閑話】ゆめのおわり
「くそ!?何故こんな出荷したばかりの今日に!」
「第二フロアに侵入されました!!ゴーレム間に合いません!」
「彼の起動はまだか!?」
「!?まさか、彼を戦闘用に改造したのですか!室長がこれを聞いたら!」
「煩い!今は私が室長だ!数年掛けて、やっと変更された忌ま忌ましい術式を解けたんだ!彼を兵器に転用すれば、【試作品】よりも高機能の個体になる!そうすれば、あの【悪魔】を倒し、戦況を一変させる事ができる」
「あ……あぁ……」
「もうすぐだ…歌姫の強制契約は終えた。あとは意識を目覚めさせるだけだ。プロテクトの緩和術式はできた。多少壊れても兵器として活用できれば良い!早く起動しろ!」
「しつちょ…びぐ!?」
ビチャビチャ
「クオオオン!」
「な…狂竜?」
「何故だ!?悪魔と前線にいるはず!」
ガゴゴガゴ
「室長!ゴーレムが暴走を!グガ!?」
「ヒィィ」
「ギャアアア」
「グ!」
ガキガキ
「クアアアア!」
「何故だ…何故たかが竜が魔法陣を、そんなに高度に操作できる!?命令術式の書き換えでゴーレムを操るだと!ありえない…ありえない!ありえない!」
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一体の竜が、とある研究室に佇んでいた。賢者の部屋と違い、無機質な白い部屋には何もない。必要な計器の殆どは壁の中に埋め込まれているらしく、操作板であると思われる長方形の透明な機械が、数個設置されてガランとしている。
部屋は広く、普通の二階建て位の高さだ。そして天井から床までを繋げるように、部屋の中央に硝子筒があった。パイプが壁から伸びて、硝子の下部に取り付けられた機械に繋がり、調整用の液体を注入していた。
竜は、そんな硝子筒の前で筒の中身を見つめていた。
行儀の良い犬のように座っている竜が見つめるのは、懐かしい……懐かし過ぎる少年の姿。
巨大な硝子筒の中には透明な液体が満たされ、そこに一人な少年が一糸纏わない姿で揺らめいていた。
一見すると死体のようだが、少年の胸は緩やかに上下し、口からは泡がこぼれて頭上に浮き上がっていた。
少年の周りには様々な素材や太さで出来たチューブや、訳の分からない機械が液体の中をフワフワ漂っている。これは先程まで少年の体を戒めていた物だ。
それらを全て解除した竜は、小さく鳴いた。
「ク…ア…クアア…」
狂竜の、我を忘れて悲しみに染まっている瞳に理性が輝く。
あの日からずっと探していた。
同じような匂いの少年と出会い賢者からの預かり物を渡したが、黒翼の少年は目の前の少年の代わりにはならなかった。
ずっと会いたかった……会いたかったよカリダ。
瞳から透明な雫がしたたる。
ポロリ
一つ雫が鱗に落ちると、キンと澄んだ音が響き、数枚の鱗が光り、それが治まると鱗は美しく七色に光り輝いていた。
鱗の色が変わる度に、悲しみに染まった竜の頭が冴えていく。憎しみに染まっていた人格が、本来あるべき姿に戻っていく。
「クア…ク…ク」
狂竜が鳴き、腕で空中を掻きながら魔力を動かす。すると、非常に複雑な精緻な魔法陣が浮かぶ。
「キュッ!」
狂竜が魔法陣をソウと押すように触れる。魔法陣は滑るように一人でに動き、それは少年の胸の中に解けて一体化した。
コポコポ
竜が縋るように見つめる中、少年の口から泡が激しく溢れた。泡と同時に光の砂のような物が発生し、輝きながら少年の体を覆い、まるで生きているように舞った。
「キューキュア」
狂竜の体も変わる。涙が幾筋も幾筋も流れ、自身の体を更に浄化させていく。
そして…。
「センティ……レ?」
筒の一部が開き、そこから排出された少年が見たのは、七色に輝く竜だった。見た目が変わったが、その顔付きは彼の可愛いがっていた竜そのものだ。
「生きてたでございますか?」
少年の大きなアイスブルーの瞳に涙が滲む。感動の再会かと思った瞬間。
「キュ…!キューンキューン!」
「うぎゃ!?」
ベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロベロ
感激して飛び付いたセンティーレが、猛烈な勢いで顔を舐める。
遠慮一切なし、犬もドン引きする位のヨダレ攻撃。
少年は抵抗するが、牛程度の大きさの竜に押し倒されてヨダレだらけになる。
「この!おバカさん!」
「ギュゴ!?」
唾液滴る良い少年になった少年は、竜の頭を拳で殴り止めせる。
痛みに頭を押さえてうずくまる竜を見て、初めてその変化に気付いたらしい。少年は、記憶の中より大きくなっている竜に首を傾げた。
「センティーレ、何故大きくなっているんでございますか?それに此処は何処でございますか?」
とある隠された施設でカリダは呟いた。
カリダは知らない。
沢山の死体がゴーレムによって清掃されている事を
この施設で何が製造されていたか
この施設に保管された自身の研究資料を
施設の警備システムが起動して、厳重な結界が施設を覆った事を
自分の体の変化を
彼は、まだ何も知らない。
それから十年。
彼は囚われ続けた。




