【閑話】ゆめのそと3
外が騒がしい
「助けに来た……助けに来たよ。安心して、この酷い物を直ぐにとってあげる。そしたら君の名前を教えて、俺を見て、一緒に話そう」
誰かが呼んでいる。
「早く彼を助けてくれよガイウス!」
「……無理だ」
「……へ?」
「この子の体を覆う魔導機のプロテクトが複雑過ぎる。助ける時間はない。すまないが、これ以上留まると危険だ」
「なんだよ……なんだよそれ!!」
「……すまない」
「嘘つき!!俺は助けてくれるから協力したんだ!嘘つき嘘つき嘘つき」
「ギルド長!奴らが来ます!早く逃げましょう!」
「分かった!行こうフォルテス」
「嫌だ……」
「フォルテぐはぁ!」
「フォルテス君!?」
「俺は此処から動かない。彼から離れない!」
「意味分かってんのかフォル坊!」
「お前らも分かってんのかよ!此処に取り残されるのがどういう意味か!俺は残る。一人で助けてみせる!彼を取り残すなら、俺も一緒だ」
「フォルテス」
「大丈夫だよ…何処にも行かないからね。安心して、俺も一緒だよ」
この子は誰だろう?
「仕方ありません。力ずくで連れて行きましょう」
「やれる物ならやってみな。もし、出来るならな」
「くっ」
煩いなあ
呟いたら、コポコポと泡が頭上に浮かんでいった。
誰だろう。
信じられないような物を見て喜んでいるような、驚愕と喜色に溢れた瞳で私を見ている少年は……?
この、黒髪に澄んだ黒い瞳を持ち、浅黒い肌に漆黒の翼と山羊のような捻れた角を生やした少年は誰?
「ああ!!目を覚ましたんだね!」
「くっ…最悪なタイミングだ。フォルテス!!時間がない!」
「うるせー!触るな!」
ドカ!!
「くっ…」
「ごめんね、大丈夫だよ逃げないよ。ずっといるよ。こんにちは、俺の名前はフォルテスだ。君を助けに来たよ。今出してあげるからね、今助けるからね」
意識がぼんやりと覚醒したと同時に、目の前の少年の体の状況に私は眉をひそめた。
「やっぱり綺麗だ」
呟きながら私を硝子の向こうから見上げる少年の体には、無数の傷痕があった。滑らかな肌にはガーゼがあちこちに貼られ、手術着のような衣服を着ている胴体には、包帯が何重にも巻かれている。右目には治療用の眼帯を着け、それらには生々しく血が滲んでいた。
傷痕は縫合跡が多く、皮膚が縫合糸で引き攣れているのが痛々しい。
そんな傷だらけで満身創痍な少年は、私を潤んだ瞳で見つめていた。
これは夢なのだろうか?
夢だとしたら随分と悪趣味だ。
「ギルド長!」
「ちっ」
女性の声と男の舌打ちの声がした。視界に一人の男が入って来た。
麦色の髪を短く刈った壮年の男は私に語りかけた。
「すまない少年。簡潔に話す。俺達は此処から脱出する君は連れて行けない」
「黙れガイウス!彼を不安にするな!」
「俺達はフォルテスを助けたい。さらわれた仲間を助けてくれて、救助の手助けをしてくれた。尚且つ他の子供達も一人で守っていたんだ。傷だらけになりながら、小さな体で懸命に頑張っていた。傷だらけの体を見たろ?フォルテスは酷い人体実験をされている。もし残れば、今以上の苛酷な状況になるだろう。生きながら体を開かれ、フォルテスがフォルテスでなくなってしまう。残酷な事を言っていると分かっている、こんな状況になったのは俺の責任だ。俺を憎んでくれ。だが頼む、フォルテスを説得してくれ!」
「黙れ!黙れ!気にしないで、一緒にいよう!」
これは現実?それとも夢?眠気の膜の向こうで叫ぶ少年。
訳が分からない。ただ、男が語る不穏な言葉に、夢の記憶が重なる。
声しかない記憶。
もし、それが現実なら、それはあまりにも……。
私は動かしにくい手を動かし硝子に触れる。硝子に両手をついていた少年の手に硝子越しに触れる。
ポーン
【ツール機能所有個体を確認。メールを送ってコミュニケーションをとりましょう!】
カチ…カチ…カチ…カチ…カチ…カチ
【メッセージをお預かり致しました】
【送信中…送信中…送信に成功致しました】
「な…」
目の前の綺麗な顔が途端に歪む。
「ヤダよ…ヤダ…。俺は君の為に頑張ってきたんだ……そんな事言わないで…ねぇ…お願いだよ」
ふと気付いた。いつの間にか、リンリンさんのペンダントが右手に握られていた。
私は何となく、ペンダントを硝子に押し付けた。すると、ペンダントはスルリと硝子をすり抜ける。
不思議……。やっぱり夢なのかな?
カラン
「これは……?」
私は笑う。
【メッセージを送信しますか?】
カチ…カチ…カチ…カチ
【送信中…送信中…送信に成功致しました】
「…………分かったよ」
少年が辛そうに唇を噛み締めて、小さく声を絞り出した。
コポコポと泡が水中を浮かんでいく。
そう、逃げられるなら逃げた方が良い。きな臭い物を感じる場所に置いていかれるのに、私は不思議に心中穏やかだ。
私は一度死んで生き返り、尚且つ前世の記憶がある。
人間は、死後の世界が分からないから死が恐ろしいのだ。死後の世界を知っている私には、死の恐怖は全くない。
それに加えて、マスターとセンティーレが死んだ今、生きる事に執着する理由は私にはない。
そんな私のせいで少年が苦しむのは心苦しい。
また管理人に会うのかな?今度は満足だろうかアイツ?そんな事を思いながら安心していたら、強い瞳が私を見上げていた。
まるで怒っているような力が篭った、深くて黒い瞳。
「分かったよ……。でも、俺はこれを形見になんかしない。預かるだけだ!そして、返す為に必ず君を助けに来る!だから……待ってて。絶対絶対、迎えに来るから。生きて待ってて」
少年の瞳から透明な滴が流れた。私は瞳を閉じて……そして……。
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「ギルド長……もう少し待って下さい」
「どうした?」
「コレの術式を弄ります」
「この子に掛けられたセキュリティは、恐ろしいくらい高いですが、あの気違いが何をするか分かりません。だから、この子が好き勝手されないように、やれるだけのことをやります」
「分かった。俺達は時間を稼ごう」
「はい。やるぜ……兄貴」
「言われなくても」
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体から力を抜いて溜め息をはいた。また、泡が生まれてコポコポと浮かぶ。
ああ…眠い。
「待って、眠らないで!名前を教えてお願いだ!」
ゴメンね…眠いんだ。
そうして彼は、再び長い眠りに抱かれた。
静かに眠る白い羽が生えた少年。いつの間にか彼の首には首飾りが輝いていた。
二つで一つの首飾りの片割れ。
半円の首飾り。
不思議な首飾りはキラリと光り、硝子筒を満たす液体の中でユラリと揺らめいた。




