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黒旋律の歌姫  作者: 梔子
プロローグ
12/64

賢者の話

彼はシレービュ国の【王宮魔術師・技術士長】ロドゴフ・グレータ。


魔術師の名門に生まれた彼は、生れつき備わっていた類い稀な知性と魔術センスによって神童と持て囃されて育った。


用意された栄光の道、周りが敷いたレール。


常人なら驕り高ぶるか、周りからの過大な期待に反発するかしただろう。


だがしかし、彼はそんな無意味な事をしなかった。敷かれたレールは彼が欲しかった物だった。彼はレールの上を滑りながら、時々レールに修正をくわえながら、ただ自分の好きな事を行った。


それがキメラの研究。


いや、正確に言うなら生物の神秘の解明だ。


生命とは素晴らしい。何千何万何兆の細胞が集まり臓器を形作り、無数の細胞は互いを邪魔することなく、完璧なバランスにて働いている。


それはどんな魔導機械の回路や魔法陣よりも美しい。若くして魔導機械や魔法陣を極めた彼にとって、それは尽きぬ興味の泉であった。


他人の命を救うなんて、トラブルの塊である医者に興味の一欠けらもなかった彼にとって、キメラ技術士は生命の神秘を研究する絶好の仕事だった。


彼は時々王宮から消え去り周りを慌てさせた。人体の研究の為に、様々な場所に潜り込んだのだ。


ある時は魔術で子供になり、騎士団新入生の中に紛れ込んでいた。


ある時は冒険者の中に紛れギルドトップランクにランクインして、冒険者達から【冷血魔術師】と呼ばれていた。


暗殺ギルドに紛れ込んでいた時は、流石に部下達は悲鳴をあげていた。


ロドゴフが語るには、優れた肉体を観察したかったらしいが、その粘つく目線に、各所の者達は貞操の危機に怯えていた。


特に当代最強と言われていた暗殺ギルドの(かしら)が、度重なる執拗なロドゴフのストーキングに涙目になっていた。


ロドゴフが「また来るぞ」と無表情に言い放ち、悠々と部下達に連行されて立ち去ると、頭は泣きながら塩を撒いていた。


そのような彼の研究は、とある人物との出会いで一層の進歩を遂げた。


それが医師ナーゲル・ヒルドとの出会いだ。ナーゲルは素晴らしい研究を遊ばせるだけのロドゴフに、協力を申し出た。


それがキメラ技術と医術の融合。


人間の観察に飽きていた彼は協力を了承し、ナーゲル医師と技術開発を行った。


それによる、代替臓器の製作、生体と変わらない義肢や義眼の開発はシレービュ国の医学を飛躍的に向上させた。


ロドゴフはナーゲル医師との開発に、今までにないやり甲斐を見出だした。


彼との研究は楽しく、議論は時に魔術師らしくない取っ組み合いになった。難病の少女の為に素材を求め大蛇に喧嘩を売り、死にそうになりながら洞窟の中を駆け抜けた。笑い合い切磋琢磨した。


医師との出会いで、彼は自らの終生の研究課題を決めた。


今まで戦闘用にしか使われなかったキメラ技術を平和活用する事だ。


それは仲間や部下達が老いにて死亡したり引退しても、変わらなかった。


結婚もせずに齢百歳になっても現場の第一人者であった彼は、亡き盟友であるナーゲルのひ孫を部下として開発に勤しんでいた。


若者達に技術を継承して一生を終える。そう思っていた。


だがしかし、彼にとある命令が下った。


それが魔術が使えるキメラの開発だ。


魔術を使うには魔力以外に必要不可欠な物がある。それが感情だ。


魔術とは、簡単に言えば、世界中に広がる精霊達に語りかけて協力してもらう事だ。


精霊とは世界を形成する力の総称で、全てに宿り全てを動かす。殆どの精霊は意思が希薄だが、大精霊と呼ばれる者達は明確な人格を持ち巨大な力を持つ。


精霊達は感情を好み、心ある者の声しか聞かない。ただの物の音には耳を傾けもしない。


今まで何人もの魔術師が、キメラに感情を与えようと試みた。


だがしかし、出来るのは人の形をした肉人形だけ。感情の一欠けらもなかった。


いつしか、感情のあるキメラは机上の空論と言われるようになった。


だがしかし……。


上層部は考えた。


奴なら出来るだろう。


頭を半分無くした騎士に再び頭を与え、声を無くした歌姫に喉をあたえ、死体に子供を孕ませた彼なら出来るだろう。


【神と並ぶ賢者】と呼ばれる彼なら出来るだろう。


心ある、量産可能な、代替可能な、好きにカスタマイズ出来る兵器を作り出す事が



彼等は命じた。


「作れ」


賢者は高らかに告げた


「嫌じゃ馬ー鹿」


上層部は手を変え品を変えて賢者を従えようとした。だがしかし、親族を人質にしても賢者には痛くも痒くもなかった。


賢者は以前、親族に多額の金を騙し取られ借金を肩代わりされていた。


隙あらば利権に与ろうとする親族なんて、何がおころうと感謝はすれども脅しの材料にはならない。


上層部は他にも様々な手段にでたが、長い時を生きて老獪な賢者を従える事は出来ず、上層部は恐ろしい賢者を敵にしてしまっただけだった。


正確には、賢者はただ上層部を見限っただけなのだが……。


仕方なく上層部は賢者を流刑にした。この度の騒動で賢者を陥れようとする者がいた為、利用して罪を捏造し賢者の研究を全て回収した。


そして賢者は流刑となり、裏切り者は賢者の研究によってキメラの開発を開始した。


これが、二十三年前の出来事。


そして十年後、孤独に耐え切れなくなった賢者は作り出してしまった。



心ある人工生命体

歌姫の力を持つ少年を



----------------------



機器のバルブを緩めて薬剤の流入速度を調整する。これで素材の用意は全て終わった。


一息ついてワシは寝室に移動した。


あの馬鹿が掃除した為、倉庫になっていた寝室は、人間が休息をとる場所に変化しておる。


歩くと杖を握る手が震える。ベッドの上に座ると、バランスを崩して倒れてしまった。


溜息をつきながら自らの手の平を見ると、そこには皺だらけの老人の手が見える。堅い皮膚に覆われた手の平は、何処か薄く見えた。



ワシは長くない。



詳しく調べた訳ではないが死期が近付いている事は悟っていた。別段体の調子は悪くない。だがしかし、体は次世代へ命を繋ぐ準備を始めているのが不思議と分かる。


もう長いこと生きた。死の恐怖はない。だがしかし、心残りはある。


カリダだ。孤独に負けたワシが、心を持たせてしまった人工生命体。


カリダを一人に残して死ぬ訳にはいかん。カリダはワシの最高傑作じゃ。


よく笑い、よく怒り、よく楽しむ。自ら考え動き回り、創造主であるワシに遠慮なく文句を言い不遜な態度をとる。


憎まれ口を叩いて、しょうもない悪戯をするが、ワシに甘え同時にワシを労る優しい子供じゃ。


孫がいたらこんな気分なのじゃろうか。不思議な気分になる。


だからこそ、ワシの死後に馬鹿共の手に陥らんようにせねばならない。ワシの死後、カリダを守る事を信頼のおける者に頼んでおるが安心はできん。


カリダを守り支え合う存在が必要じゃ。幸いにも、あと一体くらいは作る寿命は残っておる。


カリダは賢いが体が弱い。人工生命体では最低値じゃ。だからワシは、カリダの考えた二体目に最高の戦闘力を与えようと思っておる。


これから苦労するであろう未来に、守りたい物を守れるように。あの笑顔を守れるように。


センティーレだけじゃ心許ないからのぅ。頼むぞフォルテス・パクス。




そして賢者は、その晩健やかに息を引き取った。


多くの人々の人生を救った賢者は、太陽の匂いのする布団の中で穏やかに死んだ。


残ったのは、一体の人工生命体と一匹の竜と、人工生命体の素材のみ。

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