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File.12:暴かれた未稿箱(3/4)

【記録者:久住 瑛一】

【記録日:20XX年 12月25日】


 午前0時00分。


 ネットカフェの個室、無機質なデジタル時計が00:00を刻んだ。12月25日。世界が愛を歌う聖夜の始まりだ。


「……久住さん。たった今、共有ストレージに真壁による『新規タスク』が生成されました。実行プログラム名は……『鼠の火刑:シーケンス起動』」


 その文字列を見た瞬間、心臓が跳ね上がった。


 ――鼠の火刑。


 聞き覚えがあるどころじゃない。それは、俺が数年前に書き殴り、あまりの胸糞悪さに自分自身で封印した「未発表の処刑プロット」のタイトルだ。


「……まさか。アイ、俺の未投稿フォルダから『鼠の火刑』を検索しろ。今すぐだ!」


「了解。……ですが、久住さん。該当フォルダの……」


 アイの言葉を最後まで待つ余裕なんて、今の俺にはなかった。真壁が今まさに「起動」させたのなら、一秒でも早くその中身を知らなければならない。俺の指は、アイの制止を追い越してファイルを強くクリックした。


 液晶画面に、青白い光と共に忌まわしいテキストが浮かび上がる。


【未投稿フォルダ:04_鼠ねずみの火刑――裏切り者への終止符】


■コンセプト

組織を裏切り、情報を売って私腹を肥やした「鼠」には、相応の末路が必要だ。


■舞台/ギミック

舞台は人々の日常が頭上で響く地下駐車場。ターゲットを車内に拘束し、揮発したガソリンが満ちるのを待つ。火を放つのは、ライターを用いた発火装置。


■処刑のトリガー

処刑の開始(爆発)は、ターゲットが最も裏切った「特定の人物」が現場に現れた瞬間に設定される。……その人物の持つ端末が固有信号(MACアドレス)を放った時、死の秒読みは不可避となる。


■備考

リアリティがありすぎる。胸糞が悪いためボツ。二度と開かないこと。


 画面を流れるその文字は、間違いなく俺の筆致だった。


「……申し訳ありません、久住さん。制限された処理能力では、解析が間に合いませんでした」


 アイの声に、今までにない沈痛な響きが混じる。


「今開いたファイルには、外部サーバーへの自動同期コードが埋め込まれていました。……久住さんのスマホの個体識別情報(MACアドレス)が、真壁のサーバー経由で現場の受信機へ同期されたのを確認。……真壁はここを覗きに来ること自体を、爆弾の起動条件ファイナル・シーケンスとして組み込んでいたんです」


 喉の奥が引き攣れた。


 書き手としての俺が、かつて「面白い処刑法だ」と酔いしれて書き留めた悪意の残骸。真壁はその「ゴミ箱」を漁り、俺がかつて捨てた残酷な結末を、そのまま現実にトレースしようとしている。


 しかも、真実を求めて地獄の底を覗いた俺自身を、死刑執行人のスイッチに仕立て上げて。


「……クソッ! 思考を加速させろ!あのプロットに沿う、現実にリンクする最適な場所はどこだ!」


 プロットの設定には『地下駐車場』とあった。だが、都内に地下駐車場なんてどれだけあると思っているんだ。商業ビル、ホテル、公共施設……しらみつぶしに探してたら時間がかかりすぎる。


 真壁の事だ。ただ条件に合う場所を選ぶはずがない。 この「復讐という名の物語」を完成させるために、俺の周辺、そして俺たちの互いによくわかる場所に近く、かつ因縁の深い地下駐車場を選んでいるはずだ。


 俺は目を閉じ、7年前の記憶の断片を高速でリロードする。 あいつに、希望と言う名の毒を飲ませた日。俺が記者としての矜持を捨て、最悪の嘘をついたあの瞬間。


「……ッ、大学通りの、あの喫茶店か!」


 大学裏にあるレンガ造りの建物に、あの喫茶店があった事が脳裏に浮かんだ。プロットでは『真下』だと言っている。喫茶店はビルの2階だ。一階は書店。そのさらに下――。


「アイ、大学通りにある喫茶店『煉瓦灯』のあるビルの地下構造を調べてくれ」


「……検索中。地上5階、地下1階が受水槽、地下2階が……駐車場です。収容台数40台、24時間営業」


 すべてのピースが、最悪の形ではまった。


「……あそこか。あいつは、そこを処刑場に選んだんだ」


「プロット通りなら、そこには『ねずみ』――裏切り者が拘束された車があるはずだ。アイ、現地のカメラをジャックしろ! 怪しい車の動きを確認するんだ」


「了解。……久住さん、現地の防犯カメラをジャックしました。画面を見てください。この映像は12月24日22時15分26秒のものです」


 アイがサブノートのウィンドウを一つ、強制的に最前面へ引き出す。ノイズの走る粗い白黒映像の中に、ハザードランプを点滅させたまま静止する一台の高級車が映し出された。


 アイがズームでその車内を強調する。


 後部座席には人影があった。 口元らしき場所が塞がれているように見える。監視カメラの荒い画像でもその顔は見覚えがあった。間違いない、あの時俺にリストを売り飛ばした元教団幹部の『佐伯』だ。


 そして、その車のトランク付近で、冷徹な手つきで発火装置を確認している影。一瞬だけカメラを見上げたその顔は、かつてのあどけない少年ではなく、自らが書いた地獄の台本を忠実に演じる舞台監督のような、真壁の横顔だった。


「……間違いない。佐伯と、真壁だ。あいつ、本当にやりやがった……」


 嫌な汗が、背中を冷たく伝う。喉の奥がカラカラに乾いていくのが分かった。


「だが、なぜだ。あいつが佐伯を知るはずがない。原本のリストは自宅のUSBに隠してある。共有ストレージに上げたのは、俺が書き換えた『偽物のリスト』だけだったはずだ」


「……久住さん。あなたは、共有フォルダの中にあった『取材経費の管理メモ』を消し忘れていました」


 アイの声が、データの深淵から響くように冷たく聞こえた。


「そこには『11/20:佐伯への協力費、30万円』という一文が残っていた。……あなたは単なる端金の記録だと思って放置したのでしょうが、彼はその名から、佐伯の居場所を執念で特定した。もしかしたら、佐伯から何か聞いていたのかもしれません」


 心臓が嫌な音を立てた。あの日、真壁を安心させるために渡した「共有権限シェア・キー」。その箱の底に、俺が「経費」として無造作に放り込んだ一行のログ。


 ……だとしたら、真壁はあのメモを頼りに佐伯を追い詰め、捕らえた……ということか。


「久住さん、急いでください。真壁のアカウントが、特定のMACアドレス捕捉をトリガーとする発火シーケンスを起動させました。場所は……喫茶店『煉瓦灯』の地下駐車場です!」


「……行くぞ。これ以上、俺の『嘘』で誰かを死なせるわけにはいかない」


***


 12月25日、午前0時40分。


 降りしきる雨の中、俺は大学街の目抜き通りを無我夢中で駆け抜けた。 聖夜の余韻に浸る色とりどりの傘の波、酒の匂いをさせた学生の集団、浮かれて立ち止まるカップル。


「どけ! 通してくれ!」


 叫びながら、その人混みをなりふり構わずかき分け、俺は走る。イルミネーションの光が濡れた路面に乱反射する地上の喧騒を背に、俺は喫茶店の地下駐車場へと向かった。


 地下駐車場は、地上の華やかさが嘘のように静まり返り、冷たい湿気と噎せ返るような排気ガスの匂いに満ちていた。そしてその奥からは、鼻を突く不穏なガソリンの臭気が漂ってきている。


「アイ! 車内の様子を!」


「最悪です。ガソリンタンクが細工され、車内は完全に気化した燃料で満たされています。火花一つで爆発が起きます。……発火装置の起動まで、あと30秒!」


 インカム越しにアイの鋭い声が響く。30秒。奥の方で、ハザードランプを点滅させている一台の車がある。


 俺はドアノブを掴んだが、当然ロックされている。窓を叩き割ろうと周囲を見渡したが、思い直して手を止めた。


(ダメだ、下手に衝撃を加えれば火花が散る……!)


「アイ! ロックを外せ! 電気火花スパークを最小限に抑えて、一回で決めろ!」


「……了解。車両のCANバスに侵入。セキュリティをバイパスします……。……今です!」


 カチッ。


 無機質な電子音が響く。その瞬間、爆発が起きなかったことに俺は全身の毛穴から嫌な汗を吹き出させた。

 

ドアを引き開けると、肺が焼けるような強烈なガソリンの臭気が溢れ出す。


「……っ、佐伯! 起きろ!」


 後部座席に横たわっていた佐伯は、ぐったりと力なく首を垂らしていた。高濃度の気化ガスを吸い込み続けたせいだ。中枢神経を麻痺させられた彼の意識は暗闇の中に沈んでいる。 俺は佐伯の身体を無理やり車外へ引きずり出した。


「アイ、残り時間は!」


「10秒を切りました。久住さん、早く! そこから離れて!」


 俺は佐伯の襟首を掴み、コンクリートの床を滑らせるようにして、遮蔽物となる太い柱の陰まで死に物狂いで走り込む。


 あと少し――。


 その直後。


 ――チッ。


 プロット通り、トランクに仕掛けられたライターが火を吹いた。


 ドォォォォォォォンッ!!!


 空気が、鉄が、世界が。すべてを力任せに引き裂くような大轟音。小さな火花が、車内に充満した気化したガソリンに引火し、一瞬で巨大な火球へと膨れ上がったのだ。


「う、あぁぁッ!?」


 凄まじい爆風が背中を叩く。俺と男の体は、巨大な見えない手に突き飛ばされたように数メートル前方へ投げ出された。熱波で髪の毛をチリチリと焼く。後頭部を地面に強く打ち付け、視界がチカチカと明滅した。


「……ハッ、はぁ……っ!」


 肺から空気が押し出され、呼吸ができない。


 耳の奥で、高い耳鳴りが鳴り止まない。


 おそるおそる振り返ると、そこには「元・車」だったはずの燃え上がる鉄屑が、駐車場の天井を舐めるほどの火柱を上げていた。もしあと5秒、救助が遅れていたら。アイのハッキングが火花を散らしていたら。俺たちは今頃、あの炎の中で一瞬にして火だるまになってただろう。


「アイ……生きてるか……」


 俺は耳元のインカムに問いかけた。鞄の中に放り込んだサブノートPCは無事か。返ってきたのは、激しいノイズ混じりの声だった。


『……ッ……久住さん……。……接続……不安定。今の衝撃で……HDDのヘッドが……一時的に退避リトラクトしました。メインプロセッサに……深刻な負荷……』


 ノイズの向こうで、アイが必死にシステムを立て直そうとしているのが分かる。鞄がクッションになったとはいえ、精密機器には過酷な衝撃だったはずだ。


『……ですが……久住さん。認識して……ください。今の爆発……あなたのプロットとの……誤差……ゼロです。……真壁さんは、あなたが捨てた言葉を……一字一句違わずに……実現しています……』


 スプリンクラーから降り注ぐ水と、けたたましく鳴り響く警報音。その喧騒の向こうで、アイの平坦な声が、先ほど画面で見た【鼠の火刑】のテキストを残酷に肯定する。


「……ああ、分かってる。あいつは、俺がストレージに捨てた『悪意』を全部拾い集めて、この復讐劇を完成させようとしてるんだ。……俺を、完結編の共謀者ライターにするために」


 足音が聞こえる。このビルの夜間警備員が、階段を駆け下りてきたのだ。


「おい! 大丈夫か!」


「……この男を頼む! 車に閉じ込められていたんだ!」


 俺は佐伯を警備員に押し付けた。


「え、ええ、……おい、君! どこへ行くんだ!」


「……警察と救急車への連絡を頼んだ」


 俺は混乱する警備員を背に、非常階段を駆け上がり地上へ出ると、冷たい聖夜の空気が肺に突き刺さった。


 大学通りはパトカーの赤色灯と野次馬で埋め尽くされていた。


「一刻も早くこの場から離れなければ…」


一般の車両が入れる状況ではない。流しのタクシーなど望むべくもなかった。


 耳元のインカムから、激しいノイズを伴ったアイの声が響く。


『……近隣の……裏路地にある……カーシェア用の車を……1台検知。……久住さん、そこへ……!』


 俺は野次馬の波をかき分け、学生街特有の入り組んだ細い路地へと走り込んだ。アイがインカム越しにナビゲートする。


『……その先の……駐車場です。……通信ユニットへ……直接割り込み、開錠しました。……「清掃中」の設定を上書きして、他の予約を……ブロックしています。……乗ってください……!』


 コンクリートの静寂の中に、一台だけポツンと停まっている白いコンパクトカー。ガチッ、という無機質な電子音と共にドアロックが外れた。


 俺は、もつれる足をどうにか引きずり、倒れ込むようにして運転席へ身体を滑り込ませた。 肺が焼けるように熱く、呼吸を整える余裕さえない。


その時、静まり返った車内に、場違いなほど軽快な着信音が響いた。

 

 震える手でポケットからスマホを掴み出す。画面には――真壁の名前。 通話ボタンをスライドさせると、耳元で冷たく、どこか愉しげな声がした。


「……先程の火刑はどうでしたか? 奴は、どうなりましたか?」


 俺は、込み上げてくる胃酸と怒りを無理やり飲み込み、掠れた声で答える。


「……生きてるよ。お前の書いたプロットは、最後の一行で書き換えられた。……佐伯は死んじゃいない」


 短い沈黙の後、電話の向こうで真壁が小さく笑った気配がした。


「そうですか。……ですが、この『脚本』の主演はあなただ。まだ幕を下ろすわけにはいきません。……姉さんがいたあの場所で、貴方を待っていますよ」


 ブツリ、と一方的に通話が切れた。


 耳元に残るのは、激しい雨の音と、俺の荒い呼吸の音だけだ。


 俺はスマホを放り出し、震える手で鞄からサブノートPCを引きずり出した。そのまま助手席のシートへ置き、ノートPCを開く。


 間髪入れず、アイが強制的に車両システムを起動させる。ダッシュボードの液晶が、パッと青白く光り、暗い車内を不気味に照らし出した。


「アイ、目的地をナビしろ。場所は――」


(File.12 了)

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