エピローグ
ティモシー・デクスターがこの世を去った後、彼の愛した「宮殿」は、主を失った犬のように急速に衰えていった。
一八一五年。
ニューイングランドを襲った巨大な嵐「グレート・セプテンバー・ゲイル」によって、庭の木像たちはなぎ倒された。
デクスター卿も、ナポレオンも、ワシントンも、みんな泥の中に顔を突っ込み、やがて薪として売られたり、シロアリの餌食となって土に還っていった。
彼の家族もまた、幸福な結末とは程遠かった。
「幽霊」扱いされた妻エリザベスは静かに息を引き取り、放蕩息子は酒に溺れ、家系は途絶えた。
デクスターの遺伝子は、生物学的には残らなかったのだ。
しかし。
アメリカという国は、不思議な場所だ。
ここでは「品格」や「教養」よりも、「結果」と「物語」が愛される。
デクスターが生きた建国直後の混沌とした時代から、二百年以上が過ぎた。
かつて紙くずだったドル紙幣は世界最強の通貨となり、荒野だった大地は摩天楼に覆われた。
だが、その根底に流れる空気は、あの頃と変わっていない気がする。
無知でも、無謀でも、バカにされても、アクセルをベタ踏みして崖を飛び越えれば英雄になれる。そんな「狂気と紙一重のアメリカンドリーム」の元祖として、ティモシー・デクスターの魂は、この国の地下水脈にひっそりと混ざり込んでいるのかもしれない。
現在。
首都ワシントンD.C.にある、スミソニアン博物館。
アメリカの歴史と誇りを展示するこの神聖な場所に、ひとつの奇妙な木像が保管されていると言われている。
「ウィリアム・ピット像」。
イギリスの首相を模したその像は、かつてデクスターの庭に並んでいた四十体のうち、唯一現存する生き残りだ。
皮肉な話だ。
デクスター本人の像は跡形もなく消え失せたのに、彼が「なんとなく偉いから」という理由で作らせた他人の像だけが、国宝級の扱いを受けてガラスケースの中に収まっているのだから。
その木像の腕は欠け、塗装は剥げ落ちているが、その瞳はどこか遠くを見つめているように見える。
もし、深夜の博物館で、この像が口をきくことがあれば、きっとこう言うに違いない。
「やあ、諸君。俺の飼い主を知っているか? 文字も読めないくせに、俺をここに連れてきた、あの愛すべきバカな男を」
歴史の教科書には載らない。偉人伝にも載らない。
けれど、ティモシー・デクスターという男は確かにそこにいた。
羅針盤を持たずに海を渡り、スペルの間違った哲学を叫び、嵐のような運命を笑い飛ばして駆け抜けた。
彼の人生は、一冊の誤字だらけの本のようなものだ。
読む人によって評価は変わる。
悲劇とも、喜劇とも、あるいはただのホラ話とも取れるだろう。
だが、最後のページに添えるべき記号は、もう決まっている。
ピリオドではない。
感嘆符(!)だ。
常識という名の重力に縛られた我々凡人に向かって、彼は今もどこかで、胡椒と塩を振りかけながら笑っているはずだから。




