第二章:ニューベリーポートの王
金というのは、不思議な性質を持っている。
無ければ惨めだが、有りすぎると人は狂う。
特に、その金が「実力」ではなく「事故のような強運」でもたらされた場合、副作用は強烈だ。
一七九〇年代半ば。
ティモシー・デクスター氏は、有り余る富を使って自宅を改装した。
黄金の鷲を屋根に乗せ、カーテンを極彩色のシルクに変え、彼は自身の屋敷を「宮殿」と呼び始めた。
問題は、彼が「宮殿」にふさわしい「王」になろうとしたことだ。
アメリカ合衆国は共和国だ。王も貴族もいない。それが建国の理念だ。
だが、私の雇い主にはそんな常識は通用しない。
「おいナップ。今日から俺を『ロード(卿)』と呼べ」
ある朝、彼は真顔でそう言った。
「……ロード・ティモシー・デクスター、ですか?」
「そうだ。金持ちには称号が必要だろ?」
「旦那様。憲法修正第一条あたりを読んでいただきたいのですが、この国に貴族制度はありません」
「うるせえ! 俺が作ったんだよ、今!」
彼は勝手に爵位を創設した。
そして、王には「桂冠詩人」が必要だと言い出した。自分の偉大さを讃える詩を書く専属の詩人だ。
「連れてきたぞ、ナップ! こいつが俺の専属詩人、ジョナサン・プラマーだ!」
デクスター氏が誇らしげに紹介したのは、市場でハドック(タラの一種)を売っていた魚屋の男だった。
魚臭い。強烈に生臭い。
だがデクスター氏は彼に、黒いコートと星の飾り、そして銀のバックルがついた靴を与え、「若き貴族デクスター卿の栄光」という詩を書かせた。
魚屋のジョナサンは、金のために魂を売った。
彼は一日中、庭の片隅で「デクスター様は太陽のごとし~♪」と韻を踏んで歌っている。
近所の子供たちが石を投げても、彼は歌うのを止めなかった。プロ根性と言うべきか、単に正気を失っているのかは判然としない。
だが、本当の地獄はこれからだった。
「ナップ、庭が寂しいな」
「花でも植えますか?」
「いや、人間が足りない。偉人たちを並べるぞ」
デクスター氏は、庭に四十体以上の木像を建てると宣言した。
彫刻家に頼むのではない。
彼は「船のへさき」を掘る職人に発注した。
数か月後。
完成した庭園を見て、私は言葉を失った。
極彩色のペンキで塗られた、高さ四メートル近い木製の巨人たちが、林立していたからだ。
ジョージ・ワシントン、ナポレオン・ボナパルト、トマス・ジェファーソン……。
偉人たちが、死んだ魚のような虚ろな目でこちらを見下ろしている。船のへさき用の職人が彫ったため、全員が強風に耐えるような不自然な直立不動の姿勢だ。
夜中に見たら失禁する自信がある。
そして、その偉人たちの列の先頭に、最も巨大な像が立っていた。
ティモシー・デクスター、本人である。
「どうだナップ! ワシントンよりデカくしたぞ!」
「……不敬罪で捕まりますよ」
「見ろ、足元の言葉を! 俺が考えたんだ!」
私は、彼の像の台座に刻まれた文字を読んだ。
"I am the first in the East, the first in the West, and the greatest philosopher in the known world."
(私は東洋で一番、西洋で一番、そして既知の世界で最も偉大な哲学者である)
頭痛がした。
内容の傲慢さではない。スペルだ。
「旦那様、Philosopher(哲学者)のスペルが違います」
「あ?」
「これでは『Filosopher』になっています」
「うるせえ! 俺の辞書じゃこう書くんだよ! 綴りなんてのはな、貧乏人が気にするもんだ!」
彼は私の指摘を一蹴し、ペンキ職人に命じて、自分の像をさらに派手な色に塗り直させた。
妻のエリザベス様は、窓からその光景を見て、「あの木偶の坊が二人に増えたわ」と呟き、カーテンを閉め切って引きこもってしまった。
彼女の気持ちは痛いほど分かる。
だが、デクスター氏の承認欲求という怪物は、木彫りの人形ごときでは満たされなかったのだ。




