第95話 攫われた姫の捜索と学生としての本分
鷹の獣人ホークスがもたらした、極めて有益な情報。
それをもとに、俺は、あの“爆殺天使”リリアーナ姫の捜索に赴くことにした。
だが、そこで一つ――
些細だが、無視できない気がかりが生まれた。
学校を、どうするか、だ。
この世界の貴族専用の学校というものは、律儀に毎日休まず通う必要はない。
俺自身も、これまで何度かずる休みをしている。
しょせんは、ゲーム世界の舞台設定がそのまま反映されているだけの、重要度の低い施設だ。欠席が続いたからといって、出席日数が足りずに退学になるような、厳しい場所でもない。
むしろ、金と権力とコネで、どうとでもなる。
俺はそう思っているし、その捉え方は間違いではないだろう。
しかし、貴族同士の社交や、そこで行われる勉強自体は、意味のあるものではある。とくに貴族間の社交というのは、想像以上に役に立つ。
この“学校”という舞台装置のおかげで、重要人物との交友が持てた。
そこに通う生徒たちは、思いのほか無視できない存在だ。
彼らの形成する貴族社会の“世論”というものは、馬鹿にできない。
このタイミングで俺が学校を休むのは、あらぬ疑いを自ら招いてしまう危険がある。その視点で見ると、学校に通うという行為は、意外と重要な気がしてきた。
この国のお姫様が、何者かに攫われたという、未曽有の緊急事態。
リアム王子たちは、おそらく今日一日、学校を休むだろう。
だが、彼らが休むのは、姫の捜索活動のためだ。
一方、俺が休む理由は――
「昨夜、いろいろとあって、寝不足だから」では、さすがに躊躇われる。
それに、俺の所有する劇場が王子による捜索を受けたことは、学園に通う生徒たちの間でも、すぐに知れ渡るだろう。
俺が今日学校を休んでしまえば、世間はそれを、「リリアーナ姫をさらった、真の首謀者だから」という、安易で分かりやすい憶測につなげかねない。
俺は朝食の席で、セシリアとリゼルにその懸念を打ち明け、今日の予定を話し合うことにした。すると彼女たちは、少し遅れてでも学校には絶対に顔を出すべきだと、強く主張した。
どうやら、俺とまったく同じ懸念を抱いていたらしい。
「そうだな。お前たちの言う通りだ」
たしかに、学校に顔を出しておくだけでも、周囲が受ける印象はまったく違うだろう。
俺は朝食の後、別室に移動し、転移の魔人アシュラフを呼び出す。
そして、犯人グループのアジトである寂れた教会へと、先行して向かわせることにする。
誘拐を成功させたばかりの犯人グループは、今頃、警戒レベルを最大限に強化しているだろう。だが、この神出鬼没の魔人であれば、何の問題もなく、その内部へと潜入できるはずだ。
それに、あいつが先に現場に行ってくれていれば、俺は後から、いつでも転移魔法でその場所に一瞬で移動できる。
「いいか、アシュラフ。リリアーナの身に、もし危険が迫っているようなら、すぐに俺に知らせろ。もし一刻の猶予もなさそうなら、お前の独自の判断で動くことを許可する。姫を救助しろ」
「かしこまりました、ゼノス様」
アシュラフは恭しく一礼してから、まるで闇に溶けるように、その姿を消した。
相変わらず、不気味な奴だ。
***
それから、セシリアとリゼルと共に、学校へ向かうことにした。
俺と彼女たちの学園の制服は、グリムロックの屋敷に常に予備のストックがある。
そこで俺は転移魔法を使い、それぞれの部屋から制服を取ってきた。
着替えを済ませた俺たち三人は、仲良く一台の馬車に乗り込む。
いつの間にか彼女たちも、こうして俺と三人で一緒に登校することを、まったく気にしなくなっていた。
形だけの政略的な婚約者ではない――
という俺たちの親密な関係は、すでにこの学園のほとんどの生徒たちに知れ渡っている。
もはや、今さら遠慮することもない。
少し遅れて学校に着くと、そこにはいつもとは明らかに違う雰囲気が漂っていた。
大騒ぎをするような浅はかな者は、さすがにいない。
だが、その空気は、ひどくぴりついている。
この国のお姫様が攫われたのだ。
その衝撃的な情報は、おそらく朝のうちに、あっという間に広まっていて、すでに全校生徒がその事実を知っているのだろう。
そして、その容疑者として一時、俺の名前が挙がり――
所有する劇場がリアム王子たちによる強制捜索を受けた、ということも尾ひれがついて、まるで事件の黒幕であるかのように噂になっているはずだ。
捜索の結果として、俺の疑いはすでに晴れている。
……のだが、それでもやはり、どこか値踏みするような微妙な視線を向けられる。
(まあ、そこは、仕方ないか)
俺の予想通り、リアム王子とその側近たち、それにエレノアも今日は学校を休んでいた。
俺は、そんな非日常的な空気の中で、いつも通り真面目に授業を受け――
やがて、何事もなく下校時刻となる。
この頃になると、あれほどぴりついていた学校の生徒たちの空気も、ようやくいつもの落ち着きを取り戻していた。
そして、この時間まで、アシュラフから俺への緊急連絡は一度もなかった。
「……つまり、あの『天使様』は、今のところ、特に身の危険は迫っていない、ということか」
帰りの馬車に一人揺られながら、俺は静かにそう呟いた。
重要人物として、犯人たちに丁重に扱われているのかもしれない。
あるいは――
すべては彼女自身が描いた筋書き通り、という可能性もありうる。
いずれにせよ、今夜、その答えが分かるだろう。
俺は静かに、そう確信していた。




