表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
94/130

第94話 攫われた天使と悪趣味な期待

 俺の所有する劇場、その二階にある特別なVIPルーム。


 朝の柔らかな光が、厚いカーテンの隙間から差し込む部屋で、俺は、ゆっくりと目を覚ます。部屋に満ちる微かな香水の匂いと、甘い空気。

 広々としたベッドには、俺と、そして、昨夜を共に過ごしたセシリアとリゼルの二人が、まだ幸せそうな寝息を立てていた。


 一緒のベッドで寝ていたはずの、俺の専属メイド・リーリアは、すでに起きていて、完璧に着替えを済ませていたらしい。


「おはようございます、ご主人様」


 彼女の、その慈愛に満ちた微笑みが、朝日よりもまぶしい。


(……くそ。もう少しだけ早起きすれば、彼女の着替えシーンをこの目に拝むことができたというのに)


 俺は若干がっかりしながら、リーリアに手伝われるがまま、身支度を始めた。


 俺が着替えていると、セシリアとリゼルもどうやら目を覚ましたようだ。

 そこに、もう一人の専属メイド・ミナが、こんこん、と部屋のドアをノックして入ってくる。


「お早うございます、ご主人様!」


 セシリアとリゼルの朝の身支度を、リーリアとミナが手際よく、順番に手伝っていく。

 俺はさりげなく、その様子を窺った。


 リーリアの“お局化”を密かに危惧していたが、セシリアやリゼルに対しては、いつも通りだ。

 彼女は二人のことを恭しく、それでいて親しみを込めて接している。


 俺の心配は、杞憂だったか。


「ご主人様、昨日は、大変珍しいお料理をごちそうしていただきまして、誠にありがとうございました。ミナや私にまで振る舞っていただいて」


「はい! ご主人様、とっても、とってもおいしかったです!」


 ミナとリーリアが、俺に感謝の言葉を伝えてくれた。


 彼女たちが以前この劇場に泊まった時に食べていたのは、あくまで従業員用の質素なまかない料理だった。

 客に出すレベルの、本格的なザハラ料理は、昨日が初めてだった。


 楽しんでくれたようで、何よりだ。


 昨夜は、色々とあった。

 だが、地上で起こっていたあの物々しい騒ぎは、地下で食事をしていた彼女たちには、特に影響はなかったらしい。


 地下の捜索は、エレノアとセレナのたった二人だけで行われていた。

 攫われたというリリアーナや、砂漠の王女姉妹が、大勢いる従業員の中にこっそり紛れていたり、

 あるいは、どこかの部屋に幽閉されていないか――

 そういった可能性を、ただ目視で確認して探していただけなのだ。


 だから、彼女たちにとっては、それほどの大ごとが発生していたとは、思っていなかったようだった。


「それにしましても、リリアーナさまが誘拐されてしまうなんて。本当に、大変なことになりましたわね」

「ええ。一日も早く、無事に救出されると、よいのですけれど……」


 身支度を終えたセシリアとリゼルが、心配そうに話している。


 そこで、部屋のドアが再びノックされた。


「入れ」


 俺が短くそう命じると、部屋のドアが静かに開かれる。


 ドアを開けたのは、この劇場の従業員の一人。

 そして、その後ろに、鷹の獣人ホークスが眠そうな顔で控えていた。


「ああ、ホークスか。これからの公演スケジュールの調整の話だな。悪いが、そっちで話を聞こう。昨夜、少しばかり騒ぎがあったが、公演のスケジュールに変更はない」


 俺は、仕事の話であるかのように、わざとそう見せかけてから部屋を出た。

 彼女たちを、物騒な話から遠ざけておきたい。


 セシリアとリゼルには、そのままこのVIPルームで、優雅に朝食をとってもらうことにする。

 俺は別室で、ホークスから昨夜の報告を聞くことにした。



 ***


 ホークスには、昨夜、この劇場の上空の警備と監視を任せていた。

 俺との会談のため、ここを目指していたリリアーナ姫の誘拐事件を、彼は上空から目撃していた可能性が非常に高い。


 そして、この朝の時間まで、彼が持ち場を離れて戻ってこなかったということを考えると――その報告は、俺一人だけで聞いた方がいいだろう。


 一体どんな話が、その口から飛び出すか分からないのだから。


 俺は地下にある、防音対策も万全な貴賓室へと移動し、改めてホークスからの報告を聞いた。


「例の姫様の乗った馬車が、路地裏で襲撃されたのを、上空から見てたんでね。旦那の言いつけ通り、そのまま犯人たちを追ってたんだ。犯人どもは、入り組んだ細い路地を巧みに使って、まずは北へ。とある寂れた建物に入ってから、しばらくそこにいたんだが――今度は、全く別の出口から出て、西へ向かった」


 ほう。

 犯行現場を見て、犯人の行方を追えたとは運がいい。


 俺は王子たちより先んじて、情報を得ることができる。


「追手が来るかどうか、念入りに確かめていたんだろうな。同じことを何度か繰り返してから、最終的には王都のはずれにある、古くてさびれた教会に入って――そこからは、今朝まで、まったく動きなしだ。それで、朝になって、こうして旦那に報告するために戻ってきた。……なあ、旦那。もう、寝てもいいか?」


 ホークスは大きなあくびをしながら、その眠そうな目でそう言った。


「ああ。ご苦労だった。今日は、一日、休みを取って構わない。大手柄だ」


 犯人たちも、まさか、自分たちの行動が、遥か上空から一羽の鷹によって、ずっと見張られていたとは夢にも思わなかっただろう。


 犯人たちのアジトは、完全に突き止めた。


「……ふむ。ちょっと、様子を見に行ってみるか」


 俺は、捕らわれの姫君の、そのお顔を拝みに行くことにした。

 リリアーナ姫の護衛騎士セレナにこの情報を渡し、彼女に誘拐犯から姫を救出してもらうのが、一番スマートな解決方法だろう。


 だが、その前に――

 姫が本当にそこに捕らわれているかは、確認しておいた方がいい。


 それに……。


 この俺を爆殺しようとしてくれた、あの可愛らしい“天使”が――今頃、薄汚い教会の中で泣きべそをかいていたり、あるいは恐怖のあまり、お漏らしでもしているかもしれない。


 もしそうなら、宿敵の無様な姿を、この目で拝めるだろう。


 そんな、少しばかり意地の悪い考えが、俺の頭をよぎった。

 口元が自然と歪んでいくのが、自分でも分かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ