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第92話 王女の一喝と犬猿の口論

 三人の馬鹿が鼻息を荒くしている。

 二百名もの騎士団を背景に、俺の劇場に強制捜査を行おうとしているのだ。


 夜の暗闇の中、ランプの光に照らされた無数の甲冑が、不気味な光を放っている。

 遠くで松明が燃える音と、甲冑が微かに擦れる音が、緊張感を一層高めていた。


 俺は、このあまりにも短絡的な三人に対し、ほんの一瞬、途方に暮れかける。


 だが、このまま思考を放棄するわけにもいかない。


 ここは、俺の縄張りだ。

 勝手な真似をされて、たまるものか。


 俺が実力行使で奴らの横暴を防ごうと、その身に魔力を込めて身構えた――

 まさにその時だった。


 凛とした、しかし有無を言わさぬ力強い声が、その場の空気を一瞬にして凍り付かせた。


「――止めないか、このバカ者どもがッ!!」


 エレノア王女だった。


「グリムロック家の所有する施設に、そのような理不尽な強制捜査などすれば――ただでさえ面倒な戦争継続派の貴族たちを喜ばせることになるだけ。そんなことも、分からんのか!」


 エレノアの雷のような一喝で、あれほど息巻いていた三バカが、まるで叱られた子犬のようにシュンとなる。

 脳筋の戦闘狂アルドリックも、このリアム王子の姉姫であるエレノアには頭が上がらないようだ。


 彼女の一喝で、その動きを止める。


 シスコンのアジーム王子は、行方不明の姉妹の手がかりがあると思い込み、完全に暴走していたが、ここは他国。

 自らの軽率な行動が、和平推進という大義にとって、致命的な失態となりかねないことに、ようやく気づいたらしい。


 彼女の指摘で、我に返ったようだ。


 そして、エリオット。


 こいつは、おそらく、その危険性に気づいていながら、俺に対する、ただの嫌がらせのために、わざと事を大きくしようと暴走していた節がある。

 だが、さすがの彼も、王女本人に、こうもはっきりと怒鳴りつけられては、止まらざるを得ない。


 彼女に逆らうことができずに、ぐぬぬ、と唸っていた。


 エリオットは、その行き場のない怒りを、すべて俺に向けるかのように、憎々しげにこちらを睨みつけてくる。そして、スタイリッシュなポーズを決めながら、眼鏡をくいっと指で持ち上げた。


「おのれ、グリムロック……。エレノア様を、このような、いかがわしい場所に連れ込んでいたとは……。やはり、貴様の息の根は、どのような手段を用いてでも、止めなければならんようだな」


 俺の劇場はいかがわしい場所ではない。

 言いがかりだ。


 相変わらず、エリオットの俺に対する殺意は、やけに高い。



 ***


 そんなエリオットに対して、意外な人物が攻撃を仕掛けた。

 この場の野次馬と化していた、エルフのカイルだ。


「おい、そこの眼鏡。お前は、どうやら、あの王女様にご執心のようだが――しかしな。悪いが、俺のような第三者から見れば、貴様は滑稽なだけだぞ」


「……なに? この私が、滑稽だと? 一体、どこが可笑しいというのだ!」


 エリオットとカイルが、子供のような口げんかを始めた。


 だが、リアム王子とエレノアは、そんな二人にはもはや気づいてもいないかのように、今後の捜査方針の確認に入っていた。


「では、姉上とセレナ嬢には、地下の捜索をお任せします。私と、エリオット、アルドリック、そしてアジーム殿下の四人で、地上の部屋をくまなく見て回ります」


「うむ。くれぐれも、これ以上問題を起こさんようにな。自分の側近の手綱くらい、ちゃんと握っておけよ、リアム」


 エレノアにそう厳しく言われ、リアム王子はひどくばつが悪そうな顔をしていた。

 彼は先ほどから、俺の婚約者であるセシリアのことを、エロい目でじろじろと見ており、部下の管理が完全におろそかになっていたのだ。


 ちなみに、そのリアム王子のねっとりとした視線から逃れるために、セシリアはいつの間にか俺の背後へと、さりげなく避難している。


「では、俺はこのエントランスで、セシリアとリゼルと共に、捜査の進展を見守りましょう。そちらが連れてこられた騎士団の方々は、申し訳ありませんが、このまま外で待機していてもらいます」


 二百名もの騎士団総出で、家宅捜索などされてはたまらない。

 だが、少人数で中を改めるくらいなら、まあ、いいだろう。


 話し合いの結果――

 両者が納得できる、現実的な落としどころに話は落ち着いた。


 俺は大人しく、セシリアとリゼルと共に、エントランスで待機する。


 この劇場内で、違法なことは、何一つしていない。

 それに、砂漠の王女姉妹とエルフたちには【変身の指輪】を装備させている。その効力に、彼らが感づくこともないだろう。


 安心して、待機することにした。

 ソファに座り、美少女二人を左右に侍らせる。


 彼女たちの体温と柔らかさ、微かに香る髪の匂いを、しばし堪能するとしよう。


 ちらりとリアム王子の方を見ると――

 彼は、セシリアを抱きしめる俺を、悔しそうに眺めていた。


 俺は見せつけるように、セシリアを強く抱き寄せる。

 彼の歯ぎしりの音が、聞こえてきそうだ。


 だが彼も、今は私情に流される時ではない。


 犯罪者に攫われ、行方不明となっているリリアーナ姫の捜索中なのだ。

 リアム王子は、側近のエリオットを呼びに行った。


 ***


「貴様は、自分の好きな女を、あの男に取られたと、一方的に憤っているようだが、それは思い違いもいいところだ。お前の好きな王女様は、そもそも、お前のものでも、何でもないだろう。誰と愛し合おうと、その女の勝手ではないか。だというのに、嫉妬に狂って、その相手の男に逆恨みをし続けるなど、言語道断。そんなに、その女のことが好きなのであれば、さっさと自分の想いを伝えて、力ずくで振り向かせてみせろ」


「……貴様、平民の分際で、この私に意見するとはな。私のことだけを言うなら、まだしも、こともあろうに、エレノア様を『その女』呼ばわりとは、万死に値するぞ。この私が、どれだけの想いで、エレノア様に、日々お仕えしているかも知らないで。お気楽な平民には、到底分かるまいが、我々貴族には、家のためを何よりも優先せねばならん、という、絶対的な義務があるのだ! 自分の個人的な感情だけで、自分勝手に動くなどという、無責任な真似が、できるものか!」


 エリオットとカイルは、まだ不毛な口げんかを続けていた。


 こいつらは、きっと相性がいいだろう――などと俺は思っていたのだが、二人の相性は、とんでもなく最悪と言っていいレベルで、悪かったようだ。


 互いのプライドと価値観が激しくぶつかり合う。

 まるで、鏡合わせのようでいて、決して交わらない二つの炎。


 同族嫌悪という奴だろう。


「みっともないんだよ、糞眼鏡が……貴様を見ていると、何故かイライラする」

「黙れ。関係ない奴が口出しするな。お前こそ、肝心なところで勇気を出せないヘタレなんじゃないのか?」


 二人の罵り合いは続く。


 リアム王子が「エリオット、行くぞ!」と呆れたように呼びに行くまで、

 二人は、お互いを口汚く罵倒し合っていたのだった。

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