第91話 さわやかスマイル
アースガルド王国の『天使』、リリアーナ姫が、何者かによって誘拐されたらしい。そして、その犯人として――あろうことか、この俺の名前が挙がった。
俺がオーナーを務める劇場には今、騎士団を引き連れたリアム王子が、物々しい雰囲気で押し掛けてきている。
夜の闇の中、街灯と魔法ランプの明かりに照らされた騎士たちが、うごめくように不気味な威圧感を放っていた。
「お待ちください、リアム殿下。 そもそも私は、今夜ここでリリアーナ姫と会談を行う予定があり、ただお待ちしていたところなのですよ。 私が姫君を攫う理由など、どこにもないでしょう?」
俺は、自らの潔白を冷静に訴えた。
すると、リアム王子に随伴していた青髪の知的キャラ――
エリオット・ヴァーリアスが、待ってましたとばかりに口を挟んできた。
「だからこそ、だ! 自分に疑いの目が向かないと高をくくり、姫様をかどわかしたのだろう! だが残念だったな、グリムロック! 姫様の護衛たちが、お前たちグリムロック家の手の者に攫われたと、はっきり証言しているのだ!」
「て、訳だ、ゼノス・グリムロック。観念するんだな! これ以上、捜索の邪魔をするっていうなら、容赦しねーぜ!!」
リアム王子のもう一人の側近――
緑髪の大男、アルドリック・ストーンウォールが、その巨大な拳をもう片方の手のひらにバンッ! と打ち付けて、俺を威嚇する。
(……お前は、ただ戦いたいだけだろうが)
俺は心の中で、大きくため息をついた。
さらに、そこへ新たな勢力が加わった。
「失礼。私の妹たちも、この劇場の地下に幽閉されているという、確かな情報を入手しました。 どうか、中を調べさせていただきたい」
ザハラ王国のアジーム王子も、リアム王子率いる騎士団と共にこの場にいたらしい。エリオットとアルドリックに続いて、彼もまた、俺の前に静かに――しかし有無を言わせぬ威圧感をまとって立ちはだかった。
くそっ、コイツまでいるとは。
確かに、彼の妹君たちは、この劇場で働いている。
幽閉など、もちろんしていない。
だが、ここにいることは、確かだ。
俺は今――
リリアーナ姫と、砂漠の王国の王女姉妹。
その両方の誘拐疑惑を、同時にかけられているというわけか。
こうなってくると、もはや、これは単なる偶然ではない。
何者かによって、巧妙に仕組まれた罠だと見るべきだろう。
ここは慎重に対応する必要がある。
俺は、姫君が誘拐されたというその経緯を、まず詳しく聞いてみることにした。
「私に複数の嫌疑がかかっていることは理解しました。 ただ、この劇場を捜索する前に――まずは、リリアーナ姫が誘拐されたという状況を、詳しく教えていただけませんか?」
この提案で、相手の要求を拒否せずに、経緯の説明を促して“間”を作る。
それによって、敵のリズムを狂わせ、強制捜査の勢いを殺す。
同時に、相手からより詳しい情報を引き出すこともできる。
リアム王子は、護衛たちから聞いた証言を話し始めた。
それによると――
何者かが、姫の乗る馬車に“睡眠”の状態異常を強制的に引き起こす特殊な魔道具を投げつけたらしい。
魔道具から白い煙が立ち込め、護衛たちは抗いがたい睡魔に襲われ、次々と行動不能になっていった。
その朦朧とした意識の中で、護衛たちは確かに聞いたのだという。
誘拐犯たちが――
「このまま、このお姫様を【砂漠の星】に連れ帰れば、依頼主のゼノス・グリムロックから、報酬をたんまり貰えるぜ!!」
と、高笑いしながら話し合っていたのを。
それで、俺が犯人だということになったらしい。
まず、犯人にツッコミを入れたい。
雑すぎるだろ!!
……まあ、それでも順当に俺に疑いがかかるのは、仕方ないか。
リアム王子としても、調べないわけにはいかないし――
ん? 誘拐と言えば……
そこで、俺は思い出した。
彼女に関する、この世界の元となった“あのゲームのイベント”を。
王国内の有力貴族との婚約が決まった、その直後に、リリアーナは何者かに誘拐され、それ以降は行方知れずとなる。
そして、その犯人は、両国の和平を快く思わない戦争継続派の過激な貴族なのだろうと、ゲーム内では推測されていた。
リリアーナ姫の婚約は、まだ公式には発表されていない。
だが、水面下で、その話が進行していたのだろう。
そうなると、その発表の直前に、この誘拐事件が起こった。
――といったところか。
詳細は分からない。
だが、先日の爆殺事件のインパクトで、すっかり忘れていたが――
彼女が近いうちに誘拐される可能性は、極めて高かったのだ。そして、その事件が起これば、真っ先に俺たち“戦争継続派”が疑われるであろうことも……。
気になるのは、誘拐犯たちがあまりにもあからさまに、俺を陥れようと――
この劇場と俺の名前を、わざわざ口にしていたという点だ。
この罠を仕掛けた張本人が誰かは知らんが……やってくれる。
こうなると、俺の打つべき手は、ただ一つ。
「――分かりました。そういうことでしたら、この劇場内の捜索を許可いたしましょう。ただし……」
俺は、そこで言葉を切った。
「この劇場の地下施設に関しては、多くの女性従業員が生活しております。そのため、捜索はエレノア殿下とセレナ嬢、お二人だけで行っていただきます」
これだけの騒ぎだ。
俺たちがこうして話し合っている劇場のエントランスには、いつの間にか――
セシリア、リゼル、エレノア、そして護衛騎士のセレナが、心配そうな面持ちで駆けつけていた。
ついでに、エルフ族のカイルもまだこの場にいて、様子を見ている。
きっと、野次馬根性を発揮したのだろう。
リアム王子は、話の途中で現れた我が婚約者・セシリアのことを、さわやかスマイルで、じっとりと見つめていて――
途中から、俺の話を半分も聞いていなかったようだ。
こちらの提案に対する返答が、わずかに遅れる。
司令塔が呆けていたせいで、彼が返事をするより早く――
エリオットが、待ってましたとばかりに、俺に噛みついてきた。
「やはり怪しいぞ、貴様! そのような妙な条件を付けるとは、地下に何かを隠しているな! そうか、分かったぞ! この劇場の地下に、リリアーナさまと行方不明になっているザハラ王家の姉妹がいるのだな!」
リリアーナはいないが――正体を隠したファーマとリーラ、いや、ファティマ姫とレイラ姫の姉妹は確かにいる。
奴の推理は、私怨混じりの言いがかりではあったが……。
半分は当たっている。耳が痛い。
「なんと! この劇場の地下に、本当に我が愛しの妹たちが! そうであれば、もはや力ずくでも押し通るッ!!」
シスコンと名高いアジーム王子が、エリオットの言葉に見事に乗っかってしまった。
「邪魔するってんなら、戦って俺の侵入を阻止してみな! グリムロックッ!!」
ただ戦いたいだけの脳筋、アルドリックも完全にやる気になっている。
ああ……。
人がせっかく冷静に交渉していたというのに。
馬鹿三人組がノリと勢いで、それをあっけなく台無しにしようとする。
俺は、ほんの一瞬だけ――
本気で途方に暮れてしまった。




