第89話 花々の饗宴と儚い恋
エレノアは、一度王宮へと帰り、今夜の会談のためのドレスに着替えた後、劇場で俺と合流することとなった。
彼女が屋敷を去るのを見送った後、俺は、すぐさま自らの準備に取り掛かる。
中庭で、二十匹ほどのゴブリンを召喚。
一体一体に念のため、あの【身代わりの首輪】を付けていく。
これから、あの『爆殺天使』リリアーナ様と会談するのだ。
彼女をホームで迎え撃つ形になるが、どんな手を繰り出してくるか予想もつかない。どれだけ、保険をかけておいても、かけすぎるということはあるまい。
***
魔物用の頑丈な檻に、準備を終えたゴブリンたちを収納していると、俺の専属奴隷、メイドのリーリアが来客を伝えにやってきた。
その顔は、この目の前の魔物の入った檻のせいか、少し緊張しているように見えた。檻の周囲はひんやりと冷たく、床に広がる影が、不安な気持ちを増幅させている。以前、戯れで彼女をこの檻に、ほんの少しだけ入れたことがある。
どうやら、そのことを、まだ引きずっているらしい。
俺は、そんな彼女を、優しく抱きしめた。
「案ずるな。もう、しない」
グリムロック邸の中庭に差し込む、傾きかけた日の光が、彼女の安堵に緩んだ美しい顔を優しく照らす。
俺はリーリアを伴って、応接間へと向かった。
***
応接間で、俺のことを待っていたのは、セシリアとリゼルの二人だった。
俺が、王宮での爆破事件に巻き込まれ、三日間も学校を休んでいたので、かなり心配していた様子だった。二人には、手紙で無事であることは伝えていたのだが、それでも、やはり気が気ではなかったらしい。
その、俺を想う二人の気持ちを、素直に、そして嬉しく思った。
「これから、リリアーナ姫との会談があるんだが、もしよければ、その前に、一緒に食事をしないか?」
俺は、この愛しい二人を、レストランに連れていくことにした。劇場には戦力がそろっているし、警備も万全だ。爆発物を設置する隙などない。会談中の二人の安全は確保できるだろう。
セシリアとリゼルは、その申し出を快く了承してくれた。
折角なので、リーリアと、リゼルの専用奴隷であるカイ、それに、カイの可愛い妹のミナも連れていき、俺の劇場で豪華な食事をふるまうことにする。
俺はレストランに人数の追加を連絡してから、皆で馬車に乗り込んだ。
馬車は二台。
俺とセシリアとリゼルを乗せた馬車が前を走り、その後ろにリーリアとミナとカイを乗せた馬車が、静かに続いた。
***
レストランに着くと、俺とセシリアとリゼルは、二階にある俺専用の特別なVIPルームで、エレノアの到着を待った。
リーリアとミナとカイは、地下にある従業員用の大きな食堂で、食事を用意させている。
屋敷の寝室であれば全く問題はないのだが、寝室の外では身分を意識せざるを得ない。身分の違う者同士が、同じ部屋で、同じテーブルで食事をする、というわけにはいかないからだ。
やがて、約束の時間通りに、エレノアが到着した。
俺専用の豪華なVIPルームは、金色の髪を持つエレノアと、燃えるような赤い髪のセシリア、そして、華やかなピンクの髪のリゼルと、まるで、色鮮やかな、美しい花々で、彩られたかのようだった。
豪華な食事が次々とテーブルに用意され、俺たちは階下のステージで繰り広げられる美しいショーを観ながら、それを楽しむ。
「それにしましても、エレノア様が、このような会談にまで、わざわざ同席されるとは。やはり、可愛い妹姫様のことが、心配なのですか?」
「そうね。凄惨な爆破事件があった、すぐ後ですもの。姉として心配するのは、当然のことですわ」
セシリアとリゼルが、エレノアに、当たり障りのない質問をする。
「二人とも、それは、あくまで建前だ。本当のところ、このエレノアは、俺に心底惚れ込んでいてな。何かと理由を付けては、こうして、俺のそばに来たがるんだ。全く、困った奴だよ。ははっ」
俺が、いつものように冗談めかして言うと、エレノアは、その美しい顔を真っ赤にしながら、俺を強く睨みつける。
「……誰が、貴様などに――自惚れるにも、ほどがあるぞ。この戯け(たわけ)!」
俺たちの、そんな様子を見たセシリアとリゼルは、どうやら、大まかなことを察したようだった。
「まあ……。エレノア様まで、ゼノス様の毒牙にかかってしまわれるなんて……」
「あんた、本当に、節操がなさすぎよ」
二人は、少し引いている。
「仕方ないだろう。俺は、これでも、かなりカッコいいからな。いつの間にか、惚れられていたんだよ」
「勝手なことを言うな! 貴様などに、好意など、微塵も寄せてはおらんぞ!」
俺がそう言うと、エレノアは全力でそれを否定する。
だが、セシリアとリゼルは、どこか、「まあ、ゼノス様なら、仕方ないわね」という顔をしていた。
「ゼノス様が、魅力的なお方であることは、わたくしも否定はしませんが……」
「ですが、エレノア様とは、いずれ、儚い関係になってしまいますわね……」
二人は、ふと、そんな、真剣な懸念を口にした。
そうだ。
エレノアは、この国の王女。
その将来には、必ず、他国の王族か国内の有力貴族との、政略結婚が待っているセシリアやリゼルとは違い、彼女と俺が最終的に結ばれることは、おそらく、ない。
ちなみに――
リゼルと、あのルカ・ドルトンとの婚約は、とうの昔に正式に破棄されている。
彼女は将来、俺の側室に入ることが、すでに決まっているのだ。
あの、哀れなルカは、学園で大暴れして以来、今も実家で謹慎中らしい。
俺は、こう見えても、高位貴族の跡取りだ。
婚約を破棄した直後の、訳ありの伯爵令嬢であれば、多少強引に自分のものにすることもできる。
だが、相手が王女ともなれば、さすがに、それは無理な話だ。
そのことに、気づいているのだろう。
エレノアが、ふと、少しだけ寂しげな表情をしているのが、俺には分かった。
その、わずかに、しんみりとした空気を破るように。
部屋の扉が、ノックされた。
リリアーナ王女の護衛騎士、セレナ・クリスタルライトが登場したのだ。
部屋に銀髪の美しい少女が現れたことで、この部屋の彩は、さらに、その華やかさを増した。
(お姫様との会談までには、まだ少し時間があるはずだが……?)
彼女の到着が予定よりも早いことを、俺は訝しんだ。




