第86話 天使の囁きと王女への躾け
リリアーナ姫の護衛騎士、セレナ・クリスタルライト。
彼女の理知的で的確な弁護のおかげで、俺にかけられた、あまりにも馬鹿げた冤罪は、なんとか晴らすことができた。
あの絶望的な爆発の中で、なぜ俺が無傷だったのか――
その理由については、「一族に代々伝わる秘伝の回復魔道具を、常に身に着けていたから」ということで、なんとか切り抜けた。
その際、リリアーナ姫が、誰にも聞こえないような、本当に小さな声でこう呟いていたのを、俺の耳は確かに聞き逃さなかった。
「……それで、死ななかったのですね。――まったく、あの者は肝心なところで、いつも抜けているのですから……」
(……やっぱり、コイツが真犯人で間違いない。それに、この口ぶりからして、協力者もいるな)
それも、当然だろう。
いくら王女とはいえ、まだ幼い彼女一人の力で、王宮内でこれほどの大掛かりな爆殺未遂事件を起こせるはずがない。
だからこそ、誰も彼女に疑いの目を向けない。
そして、王家と対立している俺に疑いがかかるというのも、心情的には自然な流れだ。
(セレナのフォローがなければ危なかった)
爆発騒ぎがあったため、予定されていた俺と姫との会談は中止。
俺はようやく、あの焦げ臭い部屋から出ることができたのだった。
「おいおい、グリムロック! なんだ、その無様な恰好は! みっともない上に、はしたない! それに、ひどい匂いだ! 臭くて、かなわんぞ!」
俺が部屋から出てくるなり、エリオットがここぞとばかりに俺を攻撃してきた。
だが、そのあまりにも配慮のない言葉を、主君であるリアム王子が流石にたしなめる。
「待て、エリオット。たしかにひどい匂いだが、彼は好きでこうなったわけではない。リリアーナを狙った卑劣な爆破テロに巻き込まれた、哀れな被害者なのだぞ。そのように悪く言うのは、よさないか」
そう言って、リアムは俺に風呂と新しい着替えを用意してくれた。
なんだかんだ言って恋敵であるはずの俺に、こうして塩を送ってくれるあたり――根は良い奴なのだろう。
やはり、光属性の魔力の持ち主だけはある。
俺はその言葉に甘えて、王宮で風呂と着替えの提供を受けた。
それから馬車に乗り、グリムロック邸へと帰宅する。
帰り道で追撃があるかもしれないと、道中ずっと気を張っていたが、結局、最後まで攻撃されることはなかった。
あの一撃必殺の爆殺で、勝負を決めるつもりだったのだろう。
王宮では今も、犯人の大捜索が行われているらしいが、まだ捕まってはいないとのことだった。
(探しても見つからんだろうな)
まさか、被害者であるはずの『王国の天使』リリアーナが、真犯人であるなどと、誰も考えておらず、捜査対象から外されている。
大量の火薬や爆発系の魔道具を王宮に運び入れた者の追跡はするだろうが――
おそらく、爆発物の運搬は中身を教えず、ただ運ぶだけの下請け業者にやらせていた可能性が高い。
この事件の全容を知りたければ、もはやリリアーナ姫本人を直接尋問するしかないだろう。
(まあ、彼女が犯人だというのは、今のところ俺の推測に過ぎない。いくら怪しいセリフを吐いていたからと言って、それだけで百パーセント犯人だと断定するわけにも、いかないか……)
***
爆破事件から、三日後。
このグリムロック邸に、エレノアが“見舞い”と称して訪ねてきた。
見舞いというのはあくまで建前で――
本心では、愛しい俺に会いたくて仕方がなかったのだろう。
可愛い奴だ。
俺は、事件以来ずっと学校を休んでいる。
身体は何ともなかったが、あの爆破事件に巻き込まれた翌日に、何事もなかったかのように平然と登校するのも、いささか不自然だと思い、数日間の休養を取ることにした。
そこに、王女様がわざわざ見舞いに来てくれた、というわけだ。
自分の可愛い妹が呼び出した会談の席で、あの爆破事件が起こり、俺がその被害に巻き込まれたのだ。
彼女としても、姉として――
何らかの責任を感じていたのかもしれない。
「なんだ。本当に元気そうではないか。心配して、損をしたぞ」
屋敷で出迎えるなり、いきなりそう言われたが――
まあ、これは彼女なりの照れ隠しだと受け取っておいてやった。
その声には、確かに安堵が滲んでいた。
もし俺の怪我が酷ければ、その場で回復魔法をかけるつもりで来てくれたらしい。
そんな健気な彼女に、俺はある“誘い”をかけた。
「せっかく、ここまで来てくれたんだ。少し、余興に付き合え」
俺はそう言って、有無を言わさずエレノアの手を取り、寝室へと連れていく。
扉が閉まり、外の光が遮られ、部屋は薄暗くなった。
俺は専用メイドのリーリアに命じて、エレノア用の特別な衣装を二通り用意させていた。
「さあ。どちらか、好きな方を選んで、着るがいい」
そう、命じる。
「き、きさまっ! この私に、このような、ふざけた衣装を着せようというのか!」
俺が彼女のために用意したのは――
可愛らしい、豚の獣人のコスプレ衣装だった。
一つは全身をすっぽりと覆う、ぬいぐるみタイプの愛らしい衣装。
そして、もう一つは体のラインがはっきりと分かる、露出の多いセクシータイプの衣装。
「……や、やむを得ん……!」
エレノアが、苦渋の決断の末に、選んだのは――
意外にも、セクシーな方だった。
「ほう。エッチな格好で、俺を誘惑しようというのか。なんとも、はしたない姫君だ」
エレノアは露出度の高いピンク色のセクシーな衣装に、豚の耳と、くるんと丸まった尻尾、それに加えオプションで可愛らしい豚の鼻まで付けている。
「き、貴様が、これを着ろと言ったのではないかッ!!」
彼女が、この俺に向かって、そう口答えしてきた――
その瞬間だった。
ばしぃいいんッ!!
部屋に乾いた、そして小気味の良い平手打ちの音が響き渡った。
「うぎぃっ♡」
エレノアが豚のような、奇妙に可愛らしい悲鳴を上げる。
着替えを手伝っていた俺の専属メイドのリーリアが、エレノアの豊かな尻を思い切り、張り倒したのだ。
「ゼノス様に向かって、口答えは許しません」
リーリアの美しい瞳は怒りで鋭く光り、口調は普段の穏やかさとはかけ離れて冷ややかだった。
彼女は、セシリアやリゼルに対してはそうでもないのだが、どういうわけか、このエレノアにだけは、明確な嫉妬の感情を抱いているようだ。
俺のお気に入り、という点では、三人の女性に何ら差はないと思うのだが――
ひょっとしたら、同じ「巨乳キャラ」として、何か一方的な対抗心を燃やしているのかもしれない。
その辺りの、複雑怪奇な乙女心は、残念ながら俺には到底理解不能の領域である。
俺は、そんな宇宙の神秘に思いを馳せながら、目の前で繰り広げられる王女様の、あまりにも痴態なその姿を、ただ静かに眺めていた。




