第84話 身代わりの代償
俺は、焦げついた匂いと、肌を焼くような熱気の中で、静かに椅子に座っていた。
部屋を満たす粉塵が、視界を白く霞ませている。
ここは、王宮。
そして、つい先ほどまで――
アースガルド王国の“天使”、リリアーナ姫の可愛らしい私室だった場所だ。
俺はこの部屋に呼び出され、主である姫の着替えを待っている最中に、何の容赦も遠慮もない、大規模な爆発に巻き込まれた。
何者かが、リリアーナ姫――
あるいはこの俺の殺害を企てた、ということだろう。
だが、この状況からして、狙われたのは十中八九、俺の方だ。
時限式の爆弾によって、部屋ごと、綺麗さっぱり吹き飛ばされた。
頑丈な石材と、強度補強の魔法で幾重にも固められた王宮の骨組みこそ、かろうじて残ったが――それ以外の内装や調度品は、ほとんどが爆風で消し飛んでいる。
壁には無数のひびが走り、天井からは小さな破片が、まだぱらぱらと降り続けていた。
この爆発は、魔法だけによるものではない。
もし魔法のみであれば、俺の【魔封印】によって、その力は完全に霧散していたはずだ。事実、俺が座っている椅子と、その背後の壁だけは、ほとんど損傷を受けていない。
だが、今回の爆発には――
火薬による、純粋な物理的破壊が含まれていた。
それだけではない。
火薬の中には、無数の細かな鉄片まで、ご丁寧に混ぜ込まれていたらしい。
それらは、まるで銃弾のように壁を穿ち、部屋のあちこちに無数の小さな穴を残している。
残念ながら、この『物理的な攻撃』は、俺の【魔封印】では防げない。
当然、俺の身体も例外ではなかった。
あの瞬間、間違いなく――
俺の体は蜂の巣になっていたはずだ。
即死級のダメージを受ければ、オートで発動するように調整しておいて正解だった。 おぼろげだが、何度か『死んで生き返る』を繰り返したような感覚が残っている。
『こんなこともあろうか』と用意しておいた、黒魔術――
【身代わり術式】。
それが機能していなければ、俺は今頃、ここで死んでいた。
俺の身代わりとなり、致命的なダメージをそっくり肩代わりして死んだゴブリンは――なんと、十七匹。
一匹では到底背負いきれないほどの、凄まじいダメージだったということだ。
生命力の高いゴブリンが、一瞬で、それだけ死んでいる。
(……一体、誰が、こんなことを)
思い当たる節が、ないわけではない。
というよりも――犯人の目星は、すでについている。
青髪の知的キャラ。
リアム王子の忠実なる側近、エリオット・ヴァーリアス。
彼は、つい数日前、俺に向かってこう言い放った。
『どのような手段を用いてでも、必ず、貴様を殺してやる……!』
――あれは、明確な犯行予告だったのだ。
まさか、王宮内で、王女の部屋ごと爆破するなどという、ここまでの大それたことを実行するとは思っていなかった。
だが、あの糞メガネは――
『どのような手段を用いてでも』と、はっきりと、その意思を示している。
その言葉には、固い決意と、底知れぬ殺意が込められていた。
それに、エリオットであれば、俺が今日この部屋に来ることなど、事前にいとも容易く知ることができただろう。
彼は王子の側近であり、同時に、エレノアと同じ生徒会のメンバーでもある。
リアム王子か、あるいはエレノア王女との何気ない世間話の中で――俺とリリアーナ姫との会談の情報を手に入れる機会は、いくらでもあったはずだ。
その情報を得たエリオットは、リリアーナ姫をも巻き込むことを厭わず、俺を爆殺する計画を立て、それを実行した。
……おそらくは、そんなところだろう。
***
犯人は、分かった。
だが、現時点でエリオットが犯人だと示す物的証拠は、何一つ存在しない。
(さて、どうしたものか)
とりあえず、今は――
下手に動かない方が賢明だろう。
俺は、王家から敵視されている“戦争継続派”グリムロック家の跡取りだ。
不審な動きをすれば、相手に付け入る隙を与えてしまう。
もし、この部屋から忽然と姿を消せば、俺が爆破事件の犯人だと、あらぬ疑いをかけられかねない。
そういった面倒な事態を避けるためにも、この現場から動かない方がいい。
うっかり部屋の外へ出て、誰かと鉢合わせでもすれば――
俺がこの部屋に爆発物を仕掛け、遠隔操作で爆破したと、思われてしまうかもしれない。
だが、そうなると――
俺がこの絶望的な状況を、いかにして“無事”に切り抜けたのか、その説明が必要になる。
(まあ、『それは一族に伝わる秘術ですので、秘密です』とでも言うしかないな)
俺が開発した黒魔術は、知られれば禁忌指定されかねない。
これは絶対の秘密だ。
現状を確認する。
肉体に負ったダメージはすべてゴブリンに移し替えたため、俺自身は無傷。
だが、着ていた服は爆風で焦げ付き、無数の鉄片によって、見るも無残な穴が開いている。上着の袖はぼろぼろに裂け、焦げた匂いが鼻につく。
気に入っていた服だったのに――
台無しだ。
この爆殺攻撃を凌いだ言い訳としては、『肉体の損傷を即座に、完全に回復する特殊な魔道具を、常に身に着けておりましたので、何とか助かりました』
……くらいが、妥当なところだろう。
どのような魔道具かと聞かれても、『一族に伝わる秘術の結晶ですので、その詳細はお教えできません』で押し通せる。
***
俺がそんなことを考えていると、部屋の周囲が、にわかに騒然としてきた。
遠くで爆発音を聞きつけた王宮の警備兵たちが、慌てて駆けつけてきたのだ。
彼らの足音と、金属鎧が擦れ合う音が、廊下に響いている。
その喧騒の中に、こんな声が混じった。
「危険です! お下がりください、リリアーナさま!」
どうやら、自分の部屋を爆破された張本人――
お姫様が、慌てて様子を見に来てくれたらしい。
「おい、部屋の中に誰かいるぞ!」
「なに、犯人か!?」
「そんなわけがあるか! 逃げる前に爆弾を爆破させる馬鹿はいないだろ!」
「それも、そうか」
「では、巻き込まれた被害者か? だが、それにしては……」
俺は、焦げ付いた椅子に、実に堂々と、ふんぞり返るように座っていた。
被害者にしては、あまりにも、態度がふてぶてしい。
だが、今さら地面に寝そべって、死んだフリをする気もなかった。
――何故なら、俺は『威厳ある悪役』なのだから。
俺が悠然と椅子に腰かけていると、屈強な兵士たちの隙間から、一人の、可愛らしくも美しい少女が、部屋の中をそっと覗き込んだ。
きっと、あの子がリリアーナ姫だろう。
彼女は俺の姿を認めると、不思議そうに、小さく首をかしげた。
その瞳は、まるで珍しい昆虫でも見つけたかのように、純粋な好奇心に満ちていた。
そして、こう呟いたのだ。
「……どうして、まだ、生きてますの?」
――なるほど。
(犯人は、お前かッ!)
俺は、心の中でそう叫んだ。
天使の皮を被った、無邪気なお姫様に向かって。




