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第82話 乙女の恥じらいと身代わりの魔術

 昨夜は久しぶりに、セシリアには犬の、そしてリゼルには猫の獣人を模した可愛らしいコスプレをさせて、存分に可愛がってあげた。

 もちろん、眠る時には二人とも、ちゃんとした寝間着に着替えている。

 夜の間に使われた、あのコスプレ衣装は、部屋の床に、無造作に落ちていた。


 そして、翌朝。


 俺を起こしに来た専属メイドのリーリアとミナが、散らかった衣装を、かいがいしく回収していた。


「ご、ごめんなさい! 散らかしたままで……」

「あっ、ちょ、それは! 自分で片づけるわ!」


 ちょうどそのタイミングで目を覚ました二人が、その光景を目にして、顔を真っ赤に染めた。

 湯気が立ちそうなほど熱くなった頬に、視線は宙を泳いでいる。


 二人とも高位貴族の令嬢なのだから、普段から使用人に身の回りの世話をされることには慣れているはずだ。

 だが、昨夜の痕跡が生々しく残る“特殊な衣装”を、他の女性に見られるのは――さすがに抵抗があるらしい。


「二人とも、衣装の片づけくらい、メイドに任せておけばいい」


 俺は、そんな二人の慌てふためく、可愛らしい恥じらいを、ベッドの上から、存分に堪能していた。


「ゼノス様の仰る通りですわ。お客様のお手を煩わせるわけにはいきませんもの」


 どうやら、専属メイドのリーリアもまた、二人の羞恥に満ちた反応を、もっと見ていたいらしい。


 ――実に、気が利く。


「ご主人様! 私もまた、あのウサギさんの格好がしたいです!」


 専属メイドのミナは、どうやらこの場の“絶妙に気まずく、そして甘い空気”を、いまいち理解していないようだった。

 だがまあ、可愛いからよしとしよう。


「ああ。また今度、着て見せてくれ」


 俺も、ミナのあの愛くるしいぬいぐるみのような姿が、もう一度見たかったので、そうリクエストしておいた。



 ***


 セシリアとリゼルは、朝食を終えた後、それぞれの実家へ馬車で帰っていった。

 今日は休日とはいえ、彼女たちも貴族令嬢としての務めや、習い事に追われる日々を送っている。


 いくら俺でも、彼女たちをいつまでも屋敷に引き留めておくわけにはいかない。

 それに、俺には俺で、今日どうしても片づけておきたいことがあった。


 ――魔法の研究と、その実践だ。


 セシリアやリゼルのように「光の道」を歩む者たちには、なるべくなら見せたくない。関わらせたくはない。伏せておきたい類の、闇の研究である。


 俺の魔力は、闇属性だ。


 そして、俺が得意とする魔術もまた、有用ではあるが――

 世間一般では、あまり褒められる性質のものではない。


 例えば、魔物召喚。


 使い道も多く、非常に役に立つ魔術ではあるが、そのイメージは決して良いものではないだろう。


 そして、俺がこれから行おうとしている魔術は――

 それ以上に、世間には決して大っぴらにできない、禁忌の領域に属するものだ。


 それは、【身代わりの魔術】。


 魔法というよりも、もはや呪術と呼ぶ方が、イメージしやすいかもしれない。


 ここしばらく、俺が研究を重ねてきたのは――

 自分が負ったあらゆるダメージを、「任意のタイミング」で、あらかじめ用意しておいた他者へ、そっくりそのまま移し替えるという、悪魔の魔術だ。


 まずは、魔物召喚によって、二十匹のゴブリンを呼び出す。


 腐った肉の匂いが、部屋に充満する。

 こいつらは、俺の命令に絶対服従する、使い捨ての下僕だ。


 さらに、俺はゴブリン一体一体に、この日のために新たに作り上げた魔道具――【身代わりの首輪】を装着させていく。

 これは、エレノアたちに着けさせている【支配の首輪】の技術を応用したものだ。


 そして、ダメージを首輪を通じてゴブリンたちに送信するための、指輪型の魔道具は――この俺が装着する。

 漆黒の石がはめ込まれた、冷たい感触の指輪。


 これで、俺が負った肉体的、あるいは精神的なダメージのすべてを、この哀れなゴブリンたちに肩代わりさせることができるはずだ。

 

 俺は、王立魔法学園の授業を、意外と真面目に受けている。

 そのおかげで、この世界の、魔法に関する基礎理論の理解は、順調に進んでいた。


 それに加え、ゲームのラスボスとして元から備わっていた、規格外の膨大な魔力。

 そして、それを己の意のままに操る天賦の才。


 それらすべてを組み合わせれば――

 この世界の常識を根底から覆すような、新たな魔道具の開発も可能になる。


「……なにせ、お姫様と会談するたびに、毎回、死にかけているからな」


 俺は、数日後に控えたアースガルド王国の『天使』――リリアーナ姫との会談に向けて、 決して死なないための、万全の備えをこうして整えたのだった。


 召喚したゴブリンたちを、庭にある魔物用の檻へと収容する。

 その小さな目が、檻の中から、じっと俺を見つめていた。


 と、そこで、あることを思いついた。


 闇魔法の研究をしていたので、思考も闇に染まっていたのだろう。

 俺はリーリアを呼び出した。


「御用でしょうか、ご主人様」

「ああ、ちょっとな、そこの檻に入ってみろ」


 俺は、ゴブリンの檻を指差してそう命じた。


 リーリアはその命令に一瞬、息を呑む。

 だが、大人しく俺の命令に従った。


 彼女は、震える足で、モンスターのひしめく檻に入る。


 リーリアは間近に迫るゴブリンたちの迫力、悪臭と不気味な息遣いに腰を抜かして座り込む。


 そんな彼女に、ゴブリンたちはまとわりつきだした。


 召喚したモンスターは、俺の命令に絶対服従だ。

 彼女に危害を加えることは決してない。


 しかし、獣の本能は健在。


 奴らはリーリアの白い肌に、汚らわしい手を伸ばす。

 巨乳メイドに群がるモンスター。


 なかなかに興奮する絵だ。


「た、助けてくださいませ。ご主人様……」


 リーリアの声は恐怖に震え、涙がその瞳に浮かんでいた。


 俺はゴブリンに、彼女から離れるように命じた。


「もういいぞ。出てこい」


 リーリアは、震える体を引きずるようにして檻から出て俺の元に来る。


「ご、ご主人様。お戯れも、ほどほどになさいませ」


 リーリアは珍しく、強い口調で俺を叱責した。

 その声は、怒りと、まだ残る恐怖でわずかに上ずっていた。


「すまなかったな」


 謝罪してから、彼女を抱き上げる。

 彼女の体は、ひんやりと冷え切っていた。


「これから、風呂に入るぞ」

「もうっ、知りません!」


 彼女を風呂に入れ、その体を温めてやる。


「さて、次は寝室に行くか」

「はい、ゼノス様」


 リーリアはすっかり機嫌を直していた。



 ***


 俺は、隣で眠るリーリアの髪を優しく撫でながら、自分の魔力特性に思いをはせる。


 闇属性の魔力を持つ者は、悪事に手を染める者が多い。

 だからこそ、闇属性というだけで警戒され、時には忌み嫌われる。


 膨大な闇属性の魔力を持つ『ゼノス』が、この世界のラスボスになったのも、ある意味、必然だったのかもしれない。


「闇に飲まれてしまわぬよう、気をつけねばな……」


 俺は、そんな『かっこいい独り言』をつぶやいてから、静かに眠りについた。

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