第81話 天使の招待状と騎士への計略
机の上に置かれた、一通の純白の封筒。
厚みのある上質な紙は、朝の光を吸い込んでわずかに輝き、封蝋には、アースガルド王家の紋章が誇らしげに刻まれていた。その差出人の名を見て、俺はわずかに眉をひそめた。
リリアーナ・アースガルド。
この国の第一王子リアムの妹にして、『アースガルド王国の天使』とまで称される、清純可憐な姫君からだった。
俺の持つ、前世のゲーム知識によれば、彼女のキャラクターは、こんなところだ。
王家特有の、陽光を編んだかのような、兄のリアムと同じ金色の髪を持つが、姉のエレノアに比べて、その髪はやや短く、活発な印象を与える。
大きな空色の瞳は、尽きることのない好奇心と、年齢に見合わぬ深い知性に満ち溢れ、時折、悪戯っぽい輝きを宿すこともある。
小柄ながらも、その立ち振る舞いには、紛れもない王女としての聡明さがにじみ出ていた。
性格は、純粋で天真爛漫に見えるが、その実、非常に理知的で、怜悧な頭脳を持つ。正義感が強く、不正や不公平を許さない。読書と研究を好み、歴史や政治、経済など、幅広い分野に深い知識を持っている。
リリアーナは、まだ幼く、この王立魔法学園には通っていない。
ゲームの中でも、正直、あまり出番はなかった。
彼女にまつわるイベントといえば、王国内の有力貴族との政略結婚くらいのものだ。基本シナリオでは、その婚約が決まった直後に、リリアーナは誘拐されてしまい、それ以降は、行方知れずとなる。
おそらく、両国の和平を快く思わない戦争継続派の過激な貴族によって、誘拐されたのだろう――
ゲーム内では、そう推測されていた。
プレイヤーがその誘拐を阻止し、王国派の貴族に無事に嫁がせることができれば、その貴族から提供される兵力が増加する。
シナリオ上では、それだけの――
言ってしまえば、駒の一つに過ぎないキャラクターだ。
そんな彼女が、いったいこの俺に、何の用なのだろうか?
手紙に記されていた会談場所は、王宮内――
彼女の私室だった。
この誘いに、乗るか、反るかで言えば、もちろん、乗るつもりでいる。
だが問題は、この会談で、俺が何を得るのか、だ。
手紙の内容を読み終えると、教師がやってきて授業が始まった。
俺はまじめに勉強しながらも、リリアーナ王女の誘いにどう応えるのかを考える。
例えば、例の『リアムとセシリアの浮気現場の映像』を見せて、このリリアーナ姫を、直接脅すか?
真っ先に、その選択肢が頭に浮かんだ。
だが、待て。
彼女の年齢を考えると、その脅しが通じるかどうかは、かなり怪しい。
まだ幼い彼女には、あの映像の持つ本当の意味も、政治的な価値も、理解できないかもしれない。
そうなったら、最悪だ。
この映像が王家にとって、どれほど不味いものか――
それを俺が懇切丁寧に、一から説明して、彼女に理解させなければならなくなる。
それは威厳ある、この世界のラスボスたる俺の姿からは、かけ離れた地獄絵図だ。 想像しただけで、額に冷や汗がにじんだ。
(申し出を受けるのは良いとして、さて、どうしたものか)
会談をするからには、何らかの有意義なものにしたい。
そこで、俺は閃いた。
彼女本人を脅すのではなく、彼女の護衛騎士の方を、脅すのはどうだろうか。
リリアーナ王女の護衛騎士、セレナ・クリスタルライト。
アースガルド王国に、古くから続く、代々王家に仕えてきた、クリスタルライト公爵家の、若きご令嬢だ。
彼女ほどの、分別のある騎士であれば、あの映像の持つ、本当の意味と危険性を、一瞬で理解し、こちらの交渉に、スムーズに応じることができるだろう。
よし。
お姫様の、おままごとのような交渉には、当たり障りなく、適当に相手をしてやる。そして、その後で、何か適当な理由を付けて、護衛騎士のセレナと、二人きりで密談の場に持ち込み、あの映像を見せて、彼女を、俺の支配下に置く。
(うん、これでいこう)
俺は、退屈な授業を、それでもしっかりと聞きながら、今後の方針を、完璧にまとめ上げた。
その日の放課後、俺は、リリアーナ王女からの会談の申し出を、承諾する旨の手紙を、返信として送った。
***
それから、いつものように獣人を出しに使い、婚約者のセシリアと、クラスメイトのリゼルを伴って、グリムロック邸へと帰宅する。
彼女たちに、新しく仲間になった、ルミアを見せてやる、という約束をしていたのだ。俺は、子ライオンに獣化しているルミアを、「新しく拾った、珍しい犬だ」と紹介した。
「きゃーっ! なんて、可愛らしいですの!」
セシリアが、その純白の毛並みを、うっとりと撫でている。
彼女の頬は、愛おしさに緩み、瞳はキラキラと輝き、思わずというようにその小さな体を抱きしめた。
「ふんっ。まあ、可愛いんじゃないの?」
リゼルが、腕を組み、口元に薄っすらと笑みを浮かべる。
「でも、この子は、クーコと違って、大きくなると、世話が大変そうね。躾けは、ちゃんとしなさいよ」
もっともらしいことを言う。
もし、ルミアが普通の大型犬なら、彼女のその懸念は、道理にかなっている。
だが、この子は獣人だ。
その心配は、いらない。
二人には、あえて、ルミアがライオンの獣人であることは伏せておいた。この子は、あまりにも希少な種だからな。白い毛並みの獣人族の姫。彼女が俺の元にいることは、裏社会の奴ならだれもが知っている。
狙っている奴も多いだろう。
念には、念を入れておくべきだ。
二人とも、ルミアのその愛くるしさに、満足してくれたようだ。
よし。
次は、俺が、君たち二人を、満足させてやるとしよう。
俺は、久しぶりに、彼女たちに、あの犬と猫の獣人のコスプレをしてもらった。
「ふんっ! またこの衣装を着なきゃいけないの? あんたの趣味に付き合うのも大変だわ」
「リゼルさま、口ではそうおっしゃっていますけれど、尻尾がフリフリと揺れていますわよ」
「えっ! うそっ!」
リゼルはセシリアの指摘に、慌てて尻尾を手で押さえる。
もちろん嘘だ。
彼女のしっぽは揺れてはいなかった。
セシリアは悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべ、愛おしげにリゼルの頬に口づけする。
俺はそんな二人を、まとめて抱きしめた。
夜の帳が降りた屋敷の一室。
暖炉の炎がパチパチと音を立て、部屋全体を柔らかな光で包み込んでいる。俺は、その暖かな光の中で、彼女たちを存分に、心ゆくまで、可愛がってやった。
彼女たちの柔らかな髪を指で梳き、耳元で甘い言葉を囁く。
まるで、彼女たちの全てが、俺だけのものであるかのように。




