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第80話 次なる一手と天使からの手紙

 魔界の姫君ルシフィールと、その忠実なるメイド、ミュリル。

 二人を新たな専用奴隷として完全に支配下に置いた俺は、転移魔法を使い、グリムロック家の自室へと帰還した。


 部屋は、静まり返った夜の闇に包まれていた。

 窓の外からは、月明かりが差し込み、部屋の家具の影を長く伸ばしている。


 しばらくすると、ノックの音が部屋に響いた。

 扉を開けると、俺の帰りを待っていたのだろう、専用メイドのリーリアが、深々と頭を下げて出迎えてくれる。その瞳には、安堵と共に、かすかな疲労の色が浮かんでいた。


 俺が魔界に転移したのは昼過ぎで、帰ってきたのは夜の始まりか――

 ミナと、二人の獣人、クーコとルミアは、ちょうど眠りにつく時間だ。


「……ご無事で、何よりでございます、ご主人様」


 その声には、隠しきれない安堵の色が滲んでいた。

 リーリアの細い指が、わずかに震えている。


「まだ起きていたのか? 心配をかけたな」


 彼女の用意してくれた夜食を食べて、風呂に入る。


 その後、彼女と共にベッドに入り、その滑らかな体を優しく抱き寄せた。彼女の体温が、ゆっくりと俺の体に伝わってくる。可愛い巨乳メイドご褒美をあげたかったが、魔界で体力をかなり消耗してしまっている。


 今夜の彼女との愛の営みは、軽いキスだけにしておこう。


「睡眠不足は、美容の天敵だからな……今夜は、これで我慢しろ」

「いえ。ご主人様と共に、こうして眠れるだけで、私は、この上なく幸せでございますわ」


 まったく、可愛いことを言ってくれる。

 その言葉に、思わず理性のタガが外れそうになったが、なんとか一回だけで我慢して、俺は眠りについた。



 ***


 翌朝。


 俺は、学校へと向かう馬車の中で、今後の具体的な方針について、考えを巡らせていた。窓の外を流れる朝の景色は、まぶしい光に満ちている。馬車の揺れと、車輪が石畳を転がる音が、これから始まる物語の序章のように感じられた。


 まずは、現状を整理しよう。


 第一に、魔人族。

 魔界の姫君とは、思わぬ形で接触し、その身柄を支配下に置くことができた。魔界の情勢が、これから一体どうなるのかは、全くの未知数だ。だが、この強力なカードを手に入れたことは、俺にとって、間違いなく大きなプラスとなるだろう。


 第二に、獣人族。

 彼らとも、いずれは渡りをつけ、同盟関係を築きたい。だが、どう接触するのが最善か、まだ決めかねている。ルミア姫を、どのような形で故郷に帰すのが最も効果的だろうか……。


 そして、第三に、ドワーフ族。

 そろそろ、俺専用の、新しい武器を新調したい。俺の固有能力【魔封印】は、強力無比だが、その性質上、非常に使い勝手が悪い。それに、自分の本当の力を隠したまま戦わなければならない場面で、高性能な武具の存在は、非常に便利だ。


 とりあえずは、こんな所か。


 獣人族との接触が、現状難しいのであれば、まずは、比較的難易度の低い、ドワーフとの接触から始めるべきだろうか。


 ドワーフ族は、エルフの森『シルヴァン』の、さらに西に連なる山岳地帯、『アイゼン』と呼ばれる場所で暮らしている。


 そして、そのアイゼンを管轄しているのが、この国の有力貴族、クロウリー公爵家だ。クロウリー家は、ドワーフたちに高度な自治を認める代わりに、彼らが作り出す高品質の武具を、非常に安い価格で独占的に買い取っている。


 つまり、人間の管理下にあるドワーフの方が、野生の獣人たちよりも、友好的に接触しやすいはずだ。


 ――よし。


 彼らに、俺専用の武器の製造を依頼する。

 これを、当面の最優先事項としよう。


 俺が、そう結論を出したところで、馬車は、王立魔法学園の校門前に、ゆっくりと停車した。校門をくぐり抜ける生徒たちの喧騒が、窓を通して聞こえてくる。


 馬車を下り、教室へと向かった。



 ***


 学園の昇降口前――

 教室へ向かう途中のことだった。


 背後から、妙に馴れ馴れしい声が飛んできた。


「よお、グリムロック! いい朝だな! どうだ、久々に決闘でもするか!」


 そんな馬鹿げた挨拶をしてきたのは、王子リアムの側近――緑髪の大男、アルドリック・ストーンウォールだ。

 その声は、朝の澄んだ空気にそぐわないほど、やけに元気に響いていた。


 先日の派手な決闘以来、なぜか妙に気安く絡んでくるようになったこいつに対し、 俺はあくまでクールで、優等生然とした立ち居振る舞いを崩さず、応じる。


「決闘は、丁重に辞退させていただきます。お二人とも、実に爽やかな朝ですね」


 アルドリックの隣には、青髪の知的キャラ、エリオット・ヴァーリアスもいたので、ついでに、こいつにも挨拶してやった。


 するとエリオットは、もともと不機嫌そうだった顔を、さらに険しく歪めた。

眉間の皺が、ひときわ深く刻まれる。


「……黙れ、グリムロック。殺すぞ、貴様」


 まったく、こっちは相変わらずだ。

 もはや“知的キャラ”の面影など、どこにも残っていない。


 そんな殺意むき出しのエリオットを前に、俺はふと奇妙な既視感を覚えた。


(なんだ、この感じ……? ああ、そうか)


 こいつは、俺の劇場で働いているあのエルフ――

 やたらと憎しみをぶつけてくるカイルに、そっくりなんだ。


 どちらも、自分が想いを寄せる女性が、俺に奪われたと思い込んでいる――なんとも哀れな男たちだ。

 

 俺への妬みは、もはや執念に近い。


 エリオットとカイル。

 この二人は、きっと気が合うに違いない。


 今度、ぜひ紹介してやろう。



「まあ、そう怖い顔をするなよ。お詫びに、今度、エレノアのパンツでも、こっそりプレゼントしてやるからさ」

 

 俺は、エリオットと友好を深めようと、気さくな感じでプレゼントの提案をした。

 これで、仲良くなれるだろう。


「貴様……ッ! その、薄汚い口を、今すぐ閉じろ……! どのような手段を用いてでも、必ず、貴様を殺してやる……!」


 エリオットは、おかんむりだ。

 その顔は怒りで紅潮し、青い瞳には殺気が宿っている。


 握り締めた拳が、小刻みに震えているのが見えた。


(あれ? おかしいな。これで、仲良くなれると思ったのだが?)


 俺のビジネスパートナーである、あの変態――バルタザールなら、泣いて喜ぶほどの希少品。だが、どうやらエリオットは、お気に召さなかったらしい。。


 やれやれ。

 こっちがわざわざ下手に出て、歩み寄ろうとしてやっているのに、無下にされるとは。人と仲良くなるってのは、つくづく難しいものだな。


 そんなことを考えながら教室に着くと、学園のコンシェルジュを通じて、俺の机に一通の封筒が届けられていた。


 純白の封筒――

 それは、妙に目を引く存在感を放っていた。


 差出人は、リリアーナ・アースガルド。

 この国の第一王子、リアム・アースガルドの一つ下の妹姫だ。


 その美しさと清らかさは、誰もが褒めそやす。

 『アースガルド王国の天使』と称されるほどで、穢れなど微塵も知らぬ、清純可憐な姫君だった。


 そんな彼女が、辺境伯の跡取りである俺に、いったい何の用だというのか。


 俺は、静かに封蝋を切った。

 封筒から漂う、かすかな甘い花の香りが、鼻腔をくすぐる。

 その匂いは、まるで彼女自身の清らかなイメージを、香りとして具現化したかのようだった。

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