第75話 勝利の凱旋と白獅子の姫君
大会で優勝した俺たち――チーム『ロイヤル・ファントム』は、非合法の闘技場【奈落の底】の歴史にその名を刻み、莫大な賞金と、極上の優勝賞品を手に入れた。
勝利の熱狂は、耳鳴りのようにまだ残っている。
スタジアムを埋め尽くした観客たちの地鳴りのような歓声が、今も腹の底に響いていた。
俺たちの快挙は、やがて伝説になる――
そんな確信があった。
***
優勝賞品は、獣人族の姫、ルミア・セクレッド。
雪のように真っ白な毛並みを持つ、若きライオンの獣人。
その姿は、神話に謳われる聖獣のごとく、神聖な美しさを放っている。年のころは、我がチームのクーコと同じくらいだろうか。
人間形態の彼女は、陽光を反射して輝く純白の髪と、溶かした黄金を流し込んだような、力強い金色の瞳を持つ――凛とした気品あふれる少女だった。
そのスレンダーな体躯には、どこか野生の、しなやかな力強さが宿っている。
頭頂部にはピンと立った白い耳が覗き、ドレスの裾からは、ふさふさとした白い尻尾が伸びていた。
その、至宝とも呼ぶべき姫君が――
今、俺のものになったのだ。
闘技場の支配者・ゾルタンは、まさか自分の最強チーム【鋼鉄の獣王】が敗れるなど、夢にも思っていなかったのだろう。なにしろ彼が用意したのは、伝説級の魔獣――地獄の門番・ケルベロスを擁する無敗のチームだ。
「負けるはずがない」と、そう信じていた。
だからこそ、彼は今年の【アビス・コロシアム】を最大限に盛り上げるため、
このルミア姫を、目玉となる優勝賞品に設定した。
どうせ負けないのだから、至宝を他者に渡すことなど、ありえない――
そう踏んでいたのだ。
だが、俺たちが勝った。
しかも、あのケルベロスを、観客の度肝を抜くようなやり方で、完膚なきまでに打倒して。ゾルタンにしてみれば、最強の魔獣ケルベロスと、せっかく手に入れた獣人族の姫という、二つの至宝を同時に失うことになったわけだ。
まさに、踏んだり蹴ったり、だろう。
闘技場の盛り上がりは、過去最高を記録したらしい。
収益も、それに見合う額が入ってくるのは確実だ。
だが、この世には――金では決して買えないものもある。ゾルタンは、一夜にして、金では二度と手に入らない宝を二つも失ったのだ。強欲な支配者にとって、それは到底耐えがたい、屈辱的な損失だったに違いない。
ケルベロスは、もう二度と蘇らない。
だが、ルミア姫はまだ、奪い返すことができる。
あの男の性格を考えれば、俺を殺し、姫を取り戻すことを考えただろう。
それは、自らの魔獣を葬った忌々しい相手への、最高の報復にもなる。きっと今頃、奴の腹の中は、俺を殺したくて殺したくてたまらない、煮えたぎるような憎悪で満ちているはずだ。
しかし、残念ながら。
今のゾルタンは、俺の下僕であるアシュラフの、さらにその支配下にある。
奴は、俺を殺すために、その指一本、動かすことすらできない。
***
優勝賞品の受け取りのため、ゾルタンが待つVIPルームへと、俺たちは足を踏み入れた。重厚な扉が、静かに背後で閉まる。分厚い絨毯に足音が吸い込まれ、勝利の喧騒が遠い過去の出来事のように感じられた。
冷たい空気。
そして、鉄と血の匂い。
それが、この部屋の支配者の存在を示している。
「よう、ゾルタン。お前のおかげで、俺たちも、ずいぶんと名を上げることができたぜ。感謝する」
上機嫌な俺の声が、ひんやりとした静寂の中に響いた。
ソファに沈むゾルタンは、怒りに満ちた形相で俺を睨みつけている。
その目は血走り、握りしめた拳は小刻みに震えていた。憎悪が、部屋の空気をじわじわと重く染めていく。
その隣には、優勝賞品であるルミア姫が、静かに立っていた。
「ぐっ……! おのれ、小僧が……! 頭に乗りおって……ッ!!」
「ああ、それと。奴隷契約の書き換えは必要ない。どうせそんなもの、俺がその気になれば、いつでも無効化できるからな」
俺がそう言うと、ルミア姫が、その金色の瞳で、じっと俺のことを見つめてきた。彼女の顔は、どこか熱っぽい。
その表情には、見覚えがあった。
そう、我がチームのクーコが俺の仲間になった時と、ちょうど同じような眼差しだ。どうやら、この獣人族の姫君もまた、俺の戦いぶりに、すっかり惚れてしまったらしい。
獣人というのは、どうも、惚れっぽい種族のようだ。
「――こっちに来い、ルミア」
「……はい」
手枷を付けられたままのルミアが、俺のその呼びかけに素直に応じて、こちらへと歩いてくる。
カシャン、カシャンと、鎖の音が、静かな部屋に響いた。
俺は、そんな彼女の華奢な体を、優しく、しかし力強く、お姫様抱っこで抱きかかえる。白いドレスの胸元に、黒く、醜く刻まれた奴隷紋。俺は、その冷たい肌の上を、そっと指先でなぞる。
俺の【魔封印】の力によって、その紋様は淡い光を放ち、まるで砂のように崩れて消え去った。
そして、その直後。
彼女の清らかな下腹部に、俺の『専用奴隷』の証が浮かび上がる。新たな熱と共に、淡く光りながら刻まれた。
これで――
白獅子の姫君ルミアは、名実ともに俺のものとなった。
俺は彼女を抱きかかえたまま、VIPルームのバルコニーへと歩を進める。
ガラス窓一枚を隔てた先に広がるのは、熱狂の渦に包まれたスタジアム。
いい眺めだ。
まさに、勝者にふさわしい舞台。
そして俺は――
その姿を、高々と見せつけた。
腕に抱かれた獣人の姫。
若きチャンピオンが、勝利の証を掲げるその光景に、観客たちは沸き立った。この日最大の、割れんばかりの歓声が、空気を震わせ、地鳴りのように響き渡る。
それは、俺の――
完全なる勝利の瞬間だった。




