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第73話 爆裂の一撃と聖女の癒し

 真上から迫る、巨大な顎。


 硬質な骨と鋭利な牙が、黒い影となって視界を覆い尽くす。地獄の門番・ケルベロスの、全てを砕く噛みつき攻撃。俺は身体能力を最大限に強化、冷静に後ろへと下がり、その致命的な一撃を、わずか数センチの差で躱した。


 周囲には、未だ雷鳴と吹雪の嵐が吹き荒れている。


 凍てつく風がリングの床を叩きつけ、氷の粒が視界を白く染める。だが、俺の【魔封印】は、その全てを俺に届く前に霧散させる。


 ここは、地獄の最中にある、たった一つの無風地帯だ。


 俺は、ケルベロスの攻撃を躱すと同時に、そのがら空きになった巨大な鼻先を、渾身の力で剣を振るい切り付ける。


 ザシュッ!


 肉が裂ける生々しい感触。


 赤黒い血飛沫が、熱い飛沫となって俺の頬を濡らした。

 急所を斬られ、怒り狂ったケルベロスの真ん中の顔は、もはやヴァルカンの指示などお構いなしに、至近距離で、俺に巨大な炎のブレスを放ってきた。


 喉奥から響く、不気味な咆哮。

 黒煙に包まれた口から、灼熱の炎が渦を巻いて噴き出す。


 俺は、それを、左手で受け止めるふりをする。


 周囲に、その膨大な炎が吹き荒れる。

 俺の身体の周りには、目に見えぬ膜のように広がる魔封印。炎の魔力は、触れると同時に、まるで熱い砂が消えるかのように霧散していく。


 観客からは、地獄の業火に包まれている俺が、必死に魔法を相殺しているように見えただろう。魔封印の範囲を徐々に狭くしていき、接戦を演出する。


 どよめきが、闘技場全体に満ちていく。


 ケルベロスが炎を吐き終えると、無事にその攻撃を凌いだ俺に、観客から『うぉおおおお!!!!!』という驚きと、賞賛の歓声が送られた。


(――さてと、今度は、こちらの番だ)


 炎が消えた、その一瞬の隙。

 俺は、至近距離からブレスを吐いていたケルベロスの顔面へと、自分から距離を詰め肉薄する。


 左手には、ありったけの魔力が込めてある。その手に宿る魔力の塊は、まるで漆黒の太陽のように、微かに熱と光を放っていた。

 それを、先ほど俺が切りつけた、ケルベロスの鼻先の傷口へ、深々と突き入れる。肉を押し潰し、その深くにまで達する感触。


 今回は、時限式ではない。

 時間をかければ、巨大な敵に振り回される無様をさらしてしまう。


 注入するのは、即発動型の、純粋な破壊の力――

 爆裂魔法。


 ドゴォォォォォン!!


 闘技場全体を、鈍く、重く揺るがす轟音。


 耳の奥まで響く、破滅的な爆発。

 三つあった頭の、その真ん中の一つが、内側からの爆発によって、血と肉と骨の破片を撒き散らしながら、跡形もなく吹き飛んだ。


 俺は、爆発が起こるコンマ数秒前に、ごくわずかな転移魔法で、後ろへと跳躍していた。


 爆心地からの直撃は、かろうじて避ける。

 だが、それでも、至近距離での爆発の余波は凄まじい。まるで木の葉のように、身体が宙を舞う。全身の骨が軋み、臓腑が揺れる。


 実力を隠しながら戦うのも、楽ではない。


 受け身も取れずに、後方へと転がっていく。

 爆発から数秒後、リングには血と肉片の雨が降りしきっている。


『こ、これは、す、すごい! なんという荒業だ! 漆黒の魔剣士ゼノス! 巨大なケルベロスの魔法攻撃を、その身一つで受け止め、カウンターで、必殺の爆裂魔法をお見舞いしたぞぉぉーっ!!』


 実況の絶叫が、遠い耳鳴りのように聞こえる。

 転がる俺の視界の端に、敵の豹の獣人ネルフェルを仕留めた、エレノアとクーコが映った。


 爆風に吹き飛ばされている俺の身体は、どっどっどっ、とリングを転がり――

 ドサッ、と。巨大な黒豹と化したクーコの、柔らかい体に受け止められた。


 温かく、柔らかな毛並み。

 ナイスキャッチだ、クーコ。


「……随分と、無茶をしたな、貴殿は――」


 エレノアが呆れたような、それでいて、どこか心配そうな複雑な表情で、俺を見下ろす。俺は、そんな彼女の手を、有無を言わさず掴み、自分の胸に、ぐっと押し当てた。彼女の指先が、微かに冷たい。


「……回復魔法を、直接、俺の体内に流し込むイメージで、頼む」

「……また、あの男と同じことを。まあいい、すぐに回復するぞ」


 エレノアの指先から、温かく清らかな光の魔力が、じんわりと、脈動するように俺の傷ついた体を内側から修復していく。


 爆発で軋んだ骨が元に戻り、揺れた臓腑が落ち着いていく。


 ──ああ、まるで全身を聖水に浸しているみたいだ。


 頭を一つ失ったケルベロスは、その怒りと激しい痛みで、天に向かって狂ったように咆哮を上げていた。


 顔の失われた首元からは、赤黒い血が噴水のように吹き出している。


「……まだ、戦えるか?」


 エレノアの緊張した声が、俺の耳に届く。


「ああ。問題ない」


 後方にいた敵の重戦士ヴァルカンが、負傷した俺と治療中のエレノアを、この機に攻撃しようと、こちらへ近づいてくる。


 だが、その前に、巨大な黒豹クーコが唸り声を上げて、その進路に立ちふさがり、敵の接近をけん制していた。


 やがて、俺の体は、エレノアの回復魔法によって完全に復活した。


 状況は、一変した。

 こちらは、エレノア、クーコ、そして俺の三人が、ほぼ万全の状態で揃っている。

 対する向こうは、司令塔の重戦士一人と、頭を一つ失い、弱体化したケルベロスだけ。


「さて。第二ラウンドと、行くとしようか」


 俺のその言葉を合図に、この決勝戦の最後の戦いが再開されようとしていた。

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