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第67話 砂漠の王子と和平への誘い

 俺たちは、【アビス・コロシアム】の第二回戦を、見事、勝利で飾った。


 闘技場を揺るがす観客の地鳴りのような大歓声は、何度聞いても気持ちよかった。汗と熱気が混じり合った独特の匂いが、勝利の興奮をいっそう掻き立てる。


 俺は、いつものように、まだ興奮冷めやらぬエレノアを存分にからかいながら、グリムロック邸へと帰宅した。そして、屋敷に停めてある王族専用の豪華な馬車に彼女を乗せ、王城へと帰るその背中を、静かに見送った。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 


 その翌日。


 何事もなかったかのように学校へ行くと、コンシェルジュを通して俺宛てに、一通の手紙が届けられていた。


 差出人は、アジーム・ラシード・ザハラ。

 南の大国、砂漠の王国ザハラの王子だ。彼は、最近この王立魔法学園に転入してきた注目の留学生である。


 ゲームには登場しなかったキャラクターだが、一国の王子というその身分を考えれば、重要人物であることは間違いない。


 手紙の内容は、俺への面会希望だった。


「……何の用だ?」


 文面から窺える丁寧な言葉遣いとは裏腹に、何かしらの狙いがあるのだろう。

 その真意を探るべく、俺の思考はすぐに動き出した。


 まあ、その目的は大方想像がつく。


 俺たちの国アースガルドと、東のアドラステア帝国。

 この二大国が長年にわたって戦争状態にあるおかげで、南に位置するザハラ王国は莫大な利益を上げてきた。


 両国が陸路で安全に貿易を行うには、ザハラの広大な領土を通り、その交易路を使うしかないからだ。つまり、ザハラ王国としては、両国間の戦争はできることならこのまま継続してほしい、というのが本音のはず。


 ところが最近、この両国の間で和平への動きが活発化してきている。

 彼がこの国へ留学してきたのは、その和平の動きを内側から探るためだと俺は考えた。戦争継続を望む我が国の一部の貴族たち(いわゆる主戦派)の反発も強い。


 だが、ここにきて、その主戦派の筆頭であるこの俺、グリムロック家の嫡男が、和平の象徴であるはずのアドラステア帝国の姫エリザベート・アドラステアと、なぜか頻繁に意見交換を行っている。


 アジーム王子としては気が気ではないに違いない。

 俺に直接会って、その腹の内を探りたいのだろう。


 ――面白い。


 ゲームには存在しない予期せぬイベントの発生に、俺の胸は静かに高鳴った。

 こちらとしても、アジーム王子の考えを把握しておきたい。


 俺は、その面会を快く了承することにした。


 

 ***


 さらに、三日後。 

 俺は、アジーム王子が学園内に与えられた彼専用のサロンへと向かう。


 今日の会談の出席者は、俺の他にもう一人いた。

 驚いたことに、この国の第一王子リアムも同席するらしい。


 その二人の組み合わせに、俺、か。

 一体どんな会談になるのか。


 俺は、楽しみと警戒を胸に、サロンの扉を開けた。

 重厚な木製の扉が、静かに、しかし確かな音を立てて開く。


 サロンの中は、ザハラ王国から取り寄せたのだろう、異国情緒あふれる調度品で統一されていた。


 深紅や黄金の絹織物が壁を飾り、香木を焚いたような微かな匂いが漂う。

 窓からは、柔らかな陽光が差し込み、調度品の細かな装飾をきらめかせている。その中央で、アジーム王子が俺を静かに待っていた。


 鍛え抜かれた引き締まった肉体。灼熱の太陽の下で育まれたであろう健康的な褐色の肌。夜のように深い艶やかな黒い長髪。そして、その鋭い琥珀色の瞳は、まるで広大な砂漠の遥か遠くまでを見通すかのような、深い洞察力を宿している。


 俺の彼に対する第一印象は、冷静沈着で、物事の裏を読み取ることに長けた知略家だった。


 俺とリアム王子、そしてアジーム王子。

 三人が席に着き、一通りの挨拶を済ませると、すぐに本題が始まった。


「本日は、お越しいただき感謝いたします、ゼノス殿。実は、本日お二人をお招きしたのは、他でもない。先日、貴殿が購入なされたという、踊り子と歌姫の奴隷について、ぜひともお聞きしたいことがあったからです。何を隠そう、私も、貴殿の劇場には、一度、足を運んだことがあるのですよ」


 ……意外な質問だった。


 てっきり、和平問題について、単刀直入に切り込んでくると思っていたのだが。アジーム王子の最初の質問が彼女達とは、……ファーマとリーラのファンにでもなったのだろうか?


「ええ、構いませんよ。どうぞ、何なりと質問してください」


 隠すことは何もないので、質問には素直に答えてやることにした。


「では、単刀直入にお聞きします。あの姉妹を、八十万金貨という、破格の値段で購入されたとか?」


「ええ。その通りです」


「そして、今、劇場で舞台に立っている踊り子と歌姫は、その時に購入された奴隷とは、全くの別人である、という噂が流れておりますが……それは、本当ですか?」


「いえ。まさか。今、舞台に立っている者たちこそ、私が購入した奴隷本人ですよ」


 俺がそう答えると、アジーム王子は、ちらりと隣に座るリアム王子の方を見た。

 リアム王子は、その視線に応えるように、無言で、しかしはっきりと、首を小さく左右に振った。


「……そうですか。なるほど。お答えいただき、感謝いたします」


 どうやら、俺が本当のことを話しているかどうか、何らかの方法を使い、二人で確認し合っていたようだ。リアム王子が首を左右に振ったのは「俺がウソをついていない」というサインだろう。


 ひょっとしたら、この部屋のどこかに、嘘発見器のような魔道具でも仕掛けられているのかもしれない。


 まあ、それでも全く問題はない。

 俺は、嘘など一言もついていないのだからな。


 その奇妙なやり取りの後、アジーム王子は、ようやく話題を変える。

 話は経済に関することだった。


 その内容は、俺の予想を完全に覆すものだ。

 アジーム王子は、俺が考えていたような戦争継続派ではなかった。


 むしろ、その逆。

 驚くべきことに、彼は熱心な和平推進派だったのだ。


 彼の言い分はこうだ。


 戦争が終結すれば、たしかに交易路の独占はできなくなるだろう。

 だが、砂漠の国とこの両国との取引自体がなくなるわけではない。むしろ、和平が実現し、両国の経済規模そのものが大きくなれば、砂漠の国としてもその方がはるかに実入りがよくなることになり、長い目で見れば都合がいい。


 そして何より、彼には、人と人が無益に血を流し、争うのを止めたい、という根本的な動機があるようだった。彼の国にも戦争継続を望む勢力は多い。だが、王族は一貫して和平の実現を訴えているらしい。


「ゼノス殿も、エリザベート姫と頻繁に意見交換を行い、そのお考えが、少しずつ変わってきていると、我々は聞いております。もし、よろしければ、我らと、協力関係を結んではいただけないでしょうか?」


 アジーム王子のその真摯な要請に、俺は、ただ静かに答えた。


「……その件については、一度、持ち帰らせていただき、よく、考えておきます」


 無難な答えだ。

 ゲームに登場しないキャラからの、予想外の要請。


 ここは慎重に応対した方がよさそうだ。

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