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第66話 狂乱の賭けと浄化の口づけ

 熊の獣人バッシュが振り下ろす巨大なハンマーが、俺に迫る。

 鋼鉄の塊が空気を切り裂き、うねるような風切り音が耳を劈く(つんざく)。闘技場の床を叩き割るような、凄まじい一撃だ。


 俺はそれを紙一重で回避した。

 硬い床が爆ぜる轟音と、舞い上がる砂埃。


 すると、大振りの攻撃を外したバッシュは、なんと巨大なハンマーを自ら手放した。ごとり、と重い音を立てて床に転がる得物。そして、カウンターで剣を切りつけようとする俺の懐に、無防備に飛び込んでくる。


 獣人は生まれ持った高い回復性能で、多少の傷はすぐに治る。

 剣で切りつけられることなど構わず、捨て身で俺に抱き着き、その動きを封じるつもりなのだろう。


 俺の思考が読めるかのように、野蛮な笑みがバッシュの口元に浮かんだ。


「このまま、ひねり潰してやるぜぇ!」


 熊の剛腕が、俺の体を万力のように締め付ける。

 ごきり、と骨が軋む錯覚に陥るほどの圧迫感。


 身動きが完全に封じられてしまった。

 俺の剣も奴の脇腹を貫いているが、お構いなしだ。


 転移魔法を使えば、この拘束から一瞬で脱出できる。

 だが、大勢の観客が見守るこの場で、俺の切り札であるその手の内を明かす気はない。


 ならば、他の手段でこの窮地を切り抜けよう。

 焦燥よりも、この状況を乗り切るための冷静な思考が頭を支配した。


 俺は、密着してくる熊の獣人の体に、自らの魔力を直接流し込んだ。

 仕込んだのは、例の時限式爆裂魔法だ。


 魔力の奔流が、バッシュの体内へと流れ込む感触――

 爆発は三秒後。


 俺は、そのタイミングに完璧に合わせて、ごく短距離の転移魔法を発動させる。

 転移する場所は、爆発の中心点からわずか二メートル後方。轟音と衝撃波が闘技場を揺るがすのと、ほぼ同時に、俺は地面に派手に転がった。


 威力は、敵を戦闘不能にするギリギリまで抑えめにした。

 爆発のタイミングで転移したから、俺自身にほとんどダメージはない。


 さて、あの熊はどうだろうか?


 焦げ付く肉の匂いが鼻腔を衝く。

 黒焦げになった巨体は、ピクリとも動かない。生きているか死んでいるかは分からないが、少なくとも、もう起き上がってくる気配はなかった。


『おーっと! なんという攻撃だ! 漆黒の魔剣士ゼノス、自らも大ダメージを受けることを覚悟の上で、零距離からの爆裂魔法を放ったぁ! しかし、その代償は大きかったか! 魔剣士ゼノス、地面に倒れたままだが大丈夫なのかぁっ!?』


 実況の興奮しきった解説が聞こえてくる。


 ……よし。


 俺の転移には、誰も気づいていない。

 完璧なタイミングだっだようだ。


 俺はしばらく負傷したフリをして、リングの上で寝転がっていることにした。


 その間にも、他の戦いは進んでいる。

 エレノアは狼の獣人ガロウを、その卓越した剣技で完全に押し込んでいた。刃が交錯するたび、甲高い金属音が響き渡る。そして、クーコもまた、巨大化した狐の獣人を地面に押さえつけ、マウントポジションを取っている。


 もはや、勝敗は決したも同然。


 だが、その時だ。


 自分たちの不利を悟った狐の獣人は、最後の力を振り絞り、禁断の魔法を使った。


「――皆、等しく、狂いなさいッ!!」


 狐の体から、不気味な赤い魔力の波が、リング全体に広がっていく。

 まるで血が滲むように、視界を染める禍々しい赤色。周囲の生物を強制的に狂戦士バーサーカーへと変える、自滅覚悟の広範囲魔法だ。


 もちろん、俺は【魔封印】のおかげで何ともない。

 赤い魔力の膜も、俺の肌を撫でる前に勝手に霧散する。


 状態異常魔法など、俺には無力だ。


 しかし、エレノアとクーコ、そして敵である狼の獣人ガロウが、その赤い魔力を浴びてしまった。三体の瞳がどす黒い赤に染まる。理性を失い、ただ目の前の動くもの全てを破壊しようと、敵味方の区別なく暴れまわり始めた。


 狐の獣人の、一か八かの賭けだ。

 最後にリングの上に立っているのが、味方であるガロウであれば、それで自分たちの勝利となる、というわけか。


 獣化したオオカミと、巨大な黒豹と化したクーコが、互いに牙を剥き、激しくぶつかり合う。唸り声と獣の咆哮が入り混じり、リングに熱気が渦巻く。


 そして、狂戦士と化したエレノアは――

 一番近くにいた俺に襲い掛かってきた。


 まずいな。


 寝転んでいた俺は、慌てて彼女の攻撃を転がって躱し、剣を交える。

 彼女の剣筋は荒々しく、迷いがない。普段の優雅さが消え失せ、本能のままに振るわれる刃に、一瞬だけ胸が痛む。


 その間にも、クーコとガロウの戦いは続いていた。

 激しい息遣いと、牙と爪がぶつかり合う鈍い音が、遠くから聞こえてくる。


 その戦いは、純粋な地力で勝るクーコが、ガロウの喉笛を噛み切り、狂乱に終止符を打った。ずるり、と嫌な音が響き、ガロウの巨体が力なく崩れ落ちる。


 これで、俺たちのチームの勝利は確定した。

 しかし、エレノアとクーコは、狂化したままだ。


 俺はまずクーコに命じてみた。


「クーコ、落ち着け」


 その一言で、クーコにかかっていた狂化の魔法が、嘘のように解けて彼女は正気に戻った。彼女の瞳から、濁った赤色がすうっと引いていく。


 俺の『専用奴隷』であるクーコは、俺の命令によって、敵の魔法の影響を自力で打ち消したようだ。彼女の忠誠心が、魔法すら凌駕する。


 残るはエレノアだ。


 俺は、理性を失いやみくもに剣を振り回す彼女のほんの一瞬の隙をついて、その距離を一気に詰めた。


 そして、その体を強く、強く、抱きしめる。

 彼女の体温が、熱いほど伝わってくる。暴れる彼女の腕が俺の背に回り、その力が少しずつ弱まっていくのを感じた。


 そこで、【魔封印】の有効範囲を、俺の体を覆うギリギリから、彼女の全身を包み込むまで一気に広げた。


 エレノアの体からまとわりついていた赤い魔力が、まるで朝霧のように、ゆらゆらと宙に溶けていく。【魔封印】が、彼女を蝕む邪悪な力を無効化し、消し去っていくのを確信する。


 正気に戻り、俺の腕の中で何が起こったか分からずに呆然としているエレノアに、俺はそっとキスをした。


 柔らかい唇の感触と、かすかに彼女から香る甘い匂い。


 これは、観客へのサービスであり、同時に、混乱するエレノアを落ち着かせ、何が起こったかを納得させるための、俺なりの『演出』だ。


『おおおおおーっと! なんということだぁ! 狂化の魔法にかかっていた王女エレノアの呪いを、漆黒の魔剣士が、なんと、愛のキスで無力化したぞぉぉっ!!』


 実況が観客を盛り上げるために、ドラマチックな解説を行う。

 俺の意図を、正確に汲んでくれたようだ。


 それに呼応するように、観客席から今日一番の、割れんばかりの喝采が俺たちに送られる。地鳴りのような歓声が闘技場全体を揺らし、スポットライトが俺たちを照らしている。


 こうして、俺たちは――

 波乱の第二回戦を、見事、勝利で飾ったのだった。

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