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第62話 支配者の戯れと王女の矜持

 トーナメント初戦を圧倒的な力で勝ち抜き、俺たちは控室へ戻った。興奮が冷めやらぬ中、エレノアが俺(漆黒の魔剣士ゼノス)に詰め寄る。


「それにしても、貴殿……あれだけの規模の魔法を、いとも容易く打ち消すとは。一体どうやったのだ、あれは?」


 彼女の空色の瞳は、純粋な好奇心と戦士としての探求心でキラキラと輝いている。だが、残念ながらこの問いには答えられない。魔封印の仕組みは、俺自身ですらよく分かっていないのだから。


 仕方なく、俺は誤魔化すことにした。


「ふっ……君と、もっと『仲良く』なれたなら、その秘密を教えてやってもいい」


 俺はエレノアの腰にそっと手を回し、ぐっと引き寄せてから耳元で囁いた。

 彼女の髪から、甘い花の香りが微かに漂う。


「なっ! き、貴様も、あの男と同じようなことを……!」


 エレノアは顔を真っ赤にして、憮然とした表情で俺を睨みつける。

 その視線は、まるで氷の刃のようだった。


 だが、そんな彼女の反応すら、俺には愛おしく感じられた。


「ちょっとしたジョークだ。そう怯えるな」


 俺は笑い、彼女を部屋に残して、チームオーナー用のVIPルームへ移動した。


 重く硬い戦闘服を脱ぎ捨て、いつもの上質な仕立ての貴族然とした服に着替える。顔の仮面と変身の指輪を外し、『漆黒の魔剣士』から『敗北のゼロ』ゼノス・グリムロックへと戻るためだ。


 鏡に映る自分は、先ほどまでの剣士とはまるで別人のようだった。


 そして、一呼吸置いてから、再びエレノアが待つ控室へと向かった。廊下には、控えめな燭台の光が等間隔に並び、静かな足音だけが響いていた。


 控室の扉に近づくと、中から人の言い争うような声が聞こえてくる。片方はエレノアの声だ。俺が静かに扉を開けて部屋に入ると、そこには異様な光景が広がっていた。



 ***


 この闘技場【奈落の底】の支配者、ゾルタン・レックスが、数人の屈強な護衛を引き連れ、なぜか半裸のエレノアを壁際に追い詰めて囲んでいる。


 おそらく、着替えの途中に乱入したのだろう。


 ゾルタンは噂に違わぬ威圧的な風貌の男だ。

 鋼のように鍛え上げられた筋肉質な体躯は、それだけで凶器となりうる。


 綺麗に剃り上げられた頭。そして、右腕には巨大なドラゴンと剣が交差するような、禍々しい刺青がびっしりと彫り込まれていた。


 子供が見れば、間違いなく泣き出すだろう。


 ゾルタンはエレノアの顎を掴み、無理やり顔を上げさせようとしていた。彼女は必死に抵抗し、その細い腕が震えているのが見える。闘技場のざわめきが遠く、ここだけ空気が重く澱んでいるように感じられた。


「うちの剣闘士に、何の用かな? ゾルタン殿」


 俺は場の異様な雰囲気に臆することなく、冷静に話しかける。

 声は、思ったよりも低く響いた。


 怒りというよりも、不快感が喉の奥からこみ上げてくる。


 ゾルタンは俺のことなど取るに足らないとでも言うように、ちらりと一瞥しただけで、再びエレノアにその下卑た視線を移して用件を述べた。


 俺のことは完全に、そして心の底から見下しているな、こいつ……。

 胸の奥で、じわじわと熱がこみ上げてくるのを感じた。


「いやなに。今夜、一晩、コイツを借りようと思ってな。前から良い女だと目を付けていたんだ。俺はよ、強く生意気な女を、力ずくで屈服させるのが、何より好きでね。この国の王女様のそっくりさんともなれば、より一層、興奮できるってもんだ。ああ、楽しみだ」


 エレノアは侮辱的な言葉に、鋭い目でゾルタンを睨みつける。

 その視線には、怒りと共に、微かな恐怖の色が混じっているようにも見えた。彼女の肌は青ざめ、唇は小さく震えていた。


「ほう。いい目だ。そういう目は嫌いじゃねえ。お仕置きするのが、ますます楽しみになるってもんだ」


 勝手なことを言ってやがる。

 エレノアは俺のものだ。お前などにくれてやるつもりはない。握りしめた拳に、僅かに力がこもる。


「悪いが、そいつは貸し出し商品じゃないんでね。夜の相手なら、他を当たってくれ」


 俺は奴の護衛たちなど存在しないかのように、エレノアとゾルタンの間にゆっくりと割って入った。


 その瞬間、ゾルタンの全身から殺気にも似た圧が溢れ出し、俺を捉える。

 まるで重い岩がのしかかるような感覚だ。


「なあ、お坊っちゃんよぉ。いいことを教えてやる。お前さんは上位貴族様か知らねえが、世の中、みんながお前の言うことを、ハイハイ聞くとは限らねえんだぜ? 悪いことは言わん。その女を、今夜一晩、大人しく貸しやがれ。そうすりゃあ、今の俺に対する無礼は、綺麗さっぱり水に流してやるからよ」


 ゾルタンは裏社会を腕一本でのし上がってきた男。

 この闘技場の頂点にいる。


 こいつの脅しは、そこらのチンピラのものとは訳が違う。


 ――滅茶苦茶、怖い。

 肌が粟立つような悪寒が走る。


 だが俺は涼しい顔で、要求をあっさりと突っぱねた。


「断る、と言っているだろう? 二度、言わせるなよ。……三下が」


 断るだけではない。

 挑発までお見舞いしてやった。


 俺の言葉に、ゾルタンの顔が怒りで歪んだ。


 ゾルタンやその護衛たちの顔が、みるみるうちに怒りで赤黒く染まっていく。周囲の空気が、まるで凍り付いたように張り詰めた。護衛の一人が、腰の剣に手をかけたのが見える。


「……今の言葉、後悔するなよ、クソガキ」


 ゾルタンはそれだけを言い残すと、護衛を引き連れて足音も荒々しく部屋から出ていった。扉が閉まる音が、妙に大きく響いた。ようやく、重苦しい空気が薄れていくのを感じた。


 嵐が去った後、下着姿のままのエレノアが、おずおずと俺に話しかけてくる。


「おい、グリムロック……その……」


 彼女の瞳は、まだ少し怯えを含んでいた。


 俺はそんな彼女の華奢な体を、ぎゅっと抱きしめて、元気づける。


 ピンチを助けてやったんだ。

 ちょっとくらい触ってもいいだろう。彼女の体温が、抱きしめた腕からじんわりと伝わってきた。微かに、その身体が震えているのが分かった。


「なっ!?」


「心細かったか? でも、もう大丈夫だ。お前は俺の女だからな。俺が必ず守ってやる。だから、何も心配するな」


「は、放せ! この破廉恥な男が! それに、誰が貴様の女だ!」


 エレノアは顔を真っ赤にしながら、俺の胸を突き飛ばす。

 その力は、見た目以上に強かった。


「ほう。随分と、元気が出たようだな」


「ふ、ふんっ! あ、あんな奴ら、これっぽっちも怖くなどなかったぞ! 余計なお世話だ!」


 強がってはいるが、その声が、まだ少し震えている。


 俺はそんな彼女のあられもない姿をしばらくじっくりと観賞してから、「とりあえず、早く服を着替えたらどうだ」と言った。そこでようやく自分の格好に気づいたエレノアが、悲鳴を上げて俺を部屋から叩き出す。


 やれやれ。


 俺は控室の扉に背中を預けると、懐から携帯用の小型通信機を取り出し、劇場に設置してある魔道具にメッセージを送る。


 金属のひんやりとした感触が、手のひらに伝わった。


 あいつらがこのまま黙って引き下がるとは思えない。何かを仕掛けてくるだろう。ならば、こちらもそれ相応の手を打っておかなければならない。


 戦いのゴングは、もうとっくに鳴っているのだ。

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