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第60話 漆黒の魔剣士と鉄血の傭兵団

 非合法の闘技場『奈落の底』で年に一度開かれる【アビス・コロシアム】。

 その血塗られた祭典の開幕の日が来た。


 俺はチームに割り当てられた控室ではなく、オーナー専用の豪奢な貴賓室にいた。


 窓の外からは、既に闘技場のざわめきが微かに聞こえてくる。

 そこで私服から戦闘服に着替えた。漆黒を基調とした動きやすくも威厳あるデザインは、まるで影の一部のようだ。


 顔には素性を隠すための冷たい金属の仮面をつけ、【変身の指輪】を指にはめる。

 愛用の剣を腰に差し、肩には子猫姿のクーコを乗せた。


 準備を終え、エレノアが待つ控室へ向かう。


「待たせたな」


 控室の扉を開けて声をかけると、中で戦闘用の深紅の優雅なドレスをまとったエレノアが、獲物を射抜くような鋭い視線で俺を振り向いた。その視線は、俺の纏う雰囲気を、まるで値踏みするかのように上から下へと動く。


「……貴殿が、オーナーが言っていた、三人目の戦士か?」


 よし、俺の正体にはまったく気づいていない。


「ああ。戦闘では剣と、少しばかりの魔法を使う」


「ほう、魔法剣士か。腕は立つようだな。――して、お名前は?」



 しまった、リングネームのことなど全く考えていなかった。


 まあ、適当でいいか。


「俺のリングネームは、『漆黒の魔剣士・ゼノス』だ」


「……あの男と、同じ名か」


 エレノアは一瞬、ひどく複雑そうな表情を浮かべた。

 その眉間に刻まれた微かな皺が、彼女の内心を物語っているようだった。


「ああ。政治的には常に対立関係にある、気高き王女さまと、辺境伯家の息子が、このリングの上でだけはタッグを組んで共に戦う。……そういうコンセプトだと、オーナーから聞いている」


 俺は、その場で考えた実にそれっぽい適当な理由を言った。

 もっともらしく聞こえれば、それでいい。


「ふん。面白い発想だが、気に食わんな。私があのような下劣な男と共闘するなど、考えただけで虫唾が走る」


 随分と嫌われているが、それはまあ別にいい。嫌われるようなことを散々しているのだから――。

 エレノアはむっとしたような顔で、そっぽを向いたままだ。

 まるで子供のような膨れっ面だが、それがまた彼女の人間らしい一面だと、俺は密かに感じる。


「それで、だ。その肩に乗っている子猫、クーコとか言ったか。本当に、そいつも戦わせる気なのか?」


 彼女は当然の疑問を呈してきた。

 その視線はクーコに向けられている。


「もちろん、このままの姿で戦わせるわけではないさ。試合が始まってからの、お楽しみだ」


「……まあ、いいだろう。貴殿の腕を、見せてもらうとしよう」


 エレノアはまだ半信半疑といった顔だったが、それ以上は何も聞いてこなかった。

 余計な詮索をしても、こちらが答える気がないことは分かっているからだろう。


 試合が始まれば嫌でもわかる。



 ***


 やがて、俺たちの出番が来た。

 地鳴りのような大歓声が耳朶を打ち、全身を震わせる。


 頭上を走るスポットライトの熱が肌を刺す。

 その中で、俺たちは魔法石の光が照らすリングへゆっくりと向かう。闘技場の熱気が、肌を焼くようにまとわりつき、血と汗と土埃の匂いが混じり合う。


 リングの中央には、すでに俺たちの対戦相手が待ち構えていた。


 俺たち『ロイヤル・ファントム』の記念すべき第一回戦の相手は、全員が人間で構成された歴戦の傭兵チームだった。



【アビス・コロシアム】では、対戦相手がどのチームになるかは、試合が始まるその瞬間まで分からない。

 とはいえ、事前に出場する各チームの情報は徹底的に集めてある。

 必要な情報は頭に入っていた。


 具体的な作戦は相手を見てから、この場で固めることになる。


 チーム名は【鉄血の傭兵団】。

 彼らは王都の裏社会で名を馳せるベテランの傭兵集団だ。


 金のためなら、どんな汚れ仕事でも引き受けるという。

 事前に収集した情報によれば、彼らの戦術は長年の経験に裏打ちされた、極めて堅実な連携プレーが特徴。個々の戦闘能力も高く、決して油断のできる相手ではない。


 リーダーは漆黒の重装鎧に身を固めた戦士、ゴォルガス。

 その鎧は幾度もの戦いを経てきた証のように、無数の傷とくすんだ光を放っている。


 サブメンバーに、精悍な顔つきの弓使いのリガルドン。

 背負った弓は使い込まれ、弦が張られている。


 そして、後衛でサポートを行う冷静そうな魔術師のグレン・マルガーン。

 手には古びた杖を握り、瞳の奥には計算高い光が宿っている。


 戦士、弓使い、魔術師と、実にバランスの取れた厄介なチームだ。



「人間のチームか。よし、エレノア。こいつらは俺たち二人だけで戦って倒すぞ」


 俺は隣に立つエレノアに作戦を伝えた。

 その視線は、既に相手の動きを読み解くかのように獲物を捉えていた。


「……は? 三対二で、やるというのか?」


 エレノアが驚愕に目を見開く。

 その瞳には、一瞬の困惑が宿った。


 ぶっつけ本番の試合開始直前に、いきなり無茶なハンデ戦を提案されたのだから、当然の反応だ。


「どうした? 怖気づいたか?」


「ふん、まさか! あの程度の相手、この私一人でも、余裕で捻り潰してくれるわ!」


 俺が挑発すると、負けず嫌いの王女様は案の定、威勢よく乗ってきた。

 その声には、僅かながら興奮の色が混じっている。


 よし。

 俺たちは、二人で戦うことに決まった。



「……なめているのか、貴様ら。受け狙いの大道芸人の分際で」


 俺たちの会話を聞いていた敵チームのリーダー、ゴォルガスが、兜の隙間から殺意のこもった鋭い目でこちらを睨みながら問いかけてくる。


 その低い声には、明らかな侮辱と怒気が含まれていた。


 俺たちは人気チームだが、実力があるとは思われていない。

 お姫様のパチモンを、ゴブリンなどの魔物と戦わせて観客を沸かせているだけの「客寄せパンダ」、というのが彼らの認識のようだ。


 歴戦の戦士である彼らが、侮るのも無理はない。

 俺は試合開始前に、観客を盛り上げることにした。


「なに、君たちがあまりに弱そうに見えたものでね。三人目は、特に必要ないかな、と思っただけなんだが?」


 俺は少し声を張り上げて、相手をさらに挑発する。

 観客の視線が、一気に俺たちに集中するのを感じた。


『おおーっと! 漆黒の魔剣士ゼノス、なんという自信だ! あの【鉄血の傭兵団】を相手に、三人目は不要と、そう言い放ちましたぁ!』


 実況が俺のその挑発をすかさず拾って、観客をさらに盛り上げる。


 それを受けて、対戦相手の殺気が肌を刺すように一気に膨れ上がった。

 リングの空気が、まるで刃物のように研ぎ澄まされる。


「クーコ。お前は、リングの外に出ていろ」


「にゃん!」


 俺の指示に従い、肩に乗っていたクーコは大人しくリングの外までとことこ歩いていく。その小さな影が、リングの縁を越えた。



 ***


 いよいよ試合が始まる。


 闘技場の人気キャラ「王女エレノア」が出場する試合とあって、賭け金もうなぎ上りらしい。観客のボルテージは最高潮に達し、地鳴りのような歓声がスタジアム全体を揺らした。


 実況が客を盛り上げていく。


「さあ、お待たせいたしましたァッ! 歴史に名を刻むであろう、記念すべき【アビス・コロシアム】第一回戦! 今、ここに、運命のゴングが鳴り響きますッ!」


 実況の声が、天を衝くように響き渡る。


「血と、汗と、魂のぶつかり合い! いざ、試合、開始ィィイッ!!」


 ゴォンッ!


 鐘の音と共に――

 鉄と血の祭典の、火蓋が切って落とされた。

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