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第59話 王子へのサービスと鉄と血の祭典

 リアム王子との、静かで、しかし剣呑な気を孕んだ舌戦は、見事、俺の勝利に終わった。自画自賛だが、勝ち名乗りを上げても問題ないほどの圧勝だった。


「お帰りになる前に、彼女たちに、ぜひチップを頂けませんか? この子たちは、俺のお気に入りでしてね」


 俺は、【変身の指輪】の効果で、その姿を全くの別人に変え、俺の後ろに控えさせていた踊り子衣装のセシリアとリゼルに、話を振った。


 薄暗い貴賓室の奥、二人の煌びやかな衣装に縫い付けられた小さな鏡飾りが、蝋燭の灯りを受けてちらりと輝く。


「チップ? まあ、いいだろう。こちらにきたまえ」


 王子は、鷹揚に頷くと、上質な生地の懐から、新札特有のパリッとした感触を持つ二枚の高額な紙幣を音もなく取り出して、二人を手招きした。


「ですが、殿下。この貴賓室でのチップの受け渡しには、少々、特別な作法がございまして。ぜひ、それにのっとって、渡して差し上げて下さい」


「作法、だと?」


 王子の眉間に微かな皺が刻まれる。

 その表情には、好奇と不審が半々に浮かんでいた。


「はい。彼女たちの、その衣服の紐を、こう、くいっと引っ張りまして。体に紙幣をあてがってから、その紐を、パチン、と放して与えるのです」


「なっ……! そ、そのような、はしたない渡し方を……!」


 王子の端正な顔が、みるみる赤く染まっていく。

 まるで茹で上がったかのように、耳まで紅潮している。


「まさか、できないのですか? この国の王子ともあろうお方が」


「ぬっ……! や、やってやろうではないか!」


 俺の分かりやすい挑発に、リアム王子は、悔しさに奥歯を噛みしめながらその整った顔を真っ赤に染めてむきになり、俺の提案した、悪趣味なチップの渡し方を実行することになった。


 まずは、リゼルの番だ。


 リアム王子は、緊張した面持ちで、彼女の衣装の紐を、おずおずと引っ張る。

 絹の紐が指先でたわむ感触が、なぜか俺にまで伝わるようだった。


 そして、その透き通るような白い肌にチップを添え、パチン、と音を立てて紐を放した。部屋に、乾いた音が響き渡る。


 続いて、セシリアの番だ。


「その子は、どことなく、セシリアに似ているでしょう? 特に、この燃えるような美しい赤い髪が」


「そ、そういえば……。言われてみれば、どことなく彼女に似ているような……」


 俺の言葉に、リアム王子は、さらに顔を赤らめながら、セシリアの衣装の紐を、ぎこちなく引っ張る。


 彼の視線が、一瞬だけセシリアの赤い髪に吸い寄せられたのがわかった。


「で、では……!」


 紐が放され、再び、パチン、という音が響いた。


 リアム王子は、最後までその赤い顔のまま、足早に劇場から出て、帰っていった。


 彼の背中は、どこか気まずげに見えた。

 存分に、楽しんでいただけたようで、何よりだ。



 ***


 俺は、リアム王子との会談の後、セシリアとリゼルを伴い、グリムロック邸へと帰宅した。


 そして、そのまま二人を寝室へと招き入れ、改めて、深く、甘い夜を過ごすことにした。


 柔らかなベッドのシーツが、三人の熱を吸い込み、微かに軋む音を立てる。


 俺は、セシリアの、炎のように美しい赤い髪と、雪のように真っ白で、きめ細やかな背中を眺めながら、この女を完全に自分のものにした、という、深い満足感に浸っていた。


 指先で滑らかな肌をなぞると、温かい体温が伝わってくる。


 あの、完璧超人であるリアム王子が、ストーカーまがいの執着を見せてまで、必死に追い求めている女。


 その事実が、俺の征服欲をさらに掻き立て、体の底から熱い力がみなぎってくるようだった。


 そんな俺の隣で、控えめに、しかし的確にサポートに徹していたリゼルが、俺の頬に、ちゅっとキスをする。その唇の感触は、柔らかく、まるで子猫のようだった。


 よし。


 セシリアを、心ゆくまで満足させた後は、この可愛い猫を、存分に可愛がってやるとしよう。


 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 


 リアム王子を、軽くあしらってやった、その数日後。


 俺は、エレノアと、子猫の姿になったクーコを伴い、馬車で闘技場へと向かっていた。ガタゴトと硬質な揺れが続く馬車の窓からは、活気あふれる市井の喧騒が流れ込んでくる。行商人の呼び声、子供たちの笑い声、遠くで響く鍛冶屋の槌音。それが心地よかった。


「結局、私以外の選手は、誰になったのだ? まさか、見つけられなかった、などということはあるまいな。もう、あの時のような負け試合は、まっぴらごめんだぞ」


 エレノアが、不満げにそう言った。

 彼女の視線が、どこか疑わしげに俺に向けられる。


「安心しろ。ちゃんと、とびっきりの戦力を用意してある」


「ならいいのだが……。それにしても、なんだ、その肩に乗っている猫は?」


 俺の肩の上で、子猫状態のクーコが、気持ちよさそうに喉を鳴らしている。

 小さな喉の振動が、俺の肩を通して伝わってくる。


「こいつが、我がチーム『ロイヤル・ファントム』の、期待の新戦力だ」

「……冗談は、貴様のその存在だけにしておけ」


 酷い言いようだ。


「まあ、そう慌てるな。三人目のメンバーとは、向こうで合流する手はずになっている」


 魔道具【変身の指輪】の効力は、まだエレノアには隠しておきたい。


「それよりも、エレノア。また、綺麗になったな」


 彼女は、戦うたびに、その美しさを増していくような気がする。


 透き通るような白い肌は、まるで磨き上げられた宝石のようだ。

 青い瞳の奥には、確固たる意志の光が宿り、燃えるような紅い髪は、光を受けて艶やかに輝いていた。


 俺は、エレノアの体をぐっと引き寄せ、その顎をくいっと持ち上げて、顔を近づけた。


「なっ、貴様ッ!!」


 驚いたエレノアは、俺を押し返そうとするが、それは無駄な抵抗に終わる。


 俺の【魔封印】の影響で、彼女は魔力による身体強化ができないのに対し、俺は、自在に強化できるのだ。純粋な力比べでは、もはや勝負にすらならない。


 彼女の腕が俺の胸に押し当てられるが、びくともしない。


 やがて、観念した彼女は、悔しそうに、しかし、どこか期待するように、その目をゆっくりと閉じて、俺のキスを待つ。


 長い睫毛が微かに震えている。


 俺は、そんな彼女の、つんと上を向いた鼻の頭に、軽いデコピンをくれてやった。ピシっ、と小気味よい音がした。


「……なにを、期待していたんだ? 我らが王女様は」


 彼女は、ぶぜんとした表情で、俺を睨みつけている。

 その視線は、獲物を射抜く猛禽のように鋭かった。


 ――よし。

 うまく話題をそらすことに成功したようだ。



 やがて、馬車が闘技場に到着した。


 地下に潜ると、すでに、地鳴りのような歓声が聞こえてくる。

 血と鉄、そして汗の匂いが混じり合った、闘技場独特の空気が鼻腔をくすぐる。大勢の観衆の熱気が、分厚い壁の向こうから肌に感じられ、否が応でも高揚感が高まった。


「さて、いくか」


 鉄と血の祭典、【アビス・コロシアム】が、今、始まろうとしていた。

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