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第58話 王子の嫉妬と過去の過ち

 劇場【砂漠の星】、柔らかなベルベットに包まれた貴賓室。

 きらびやかなシャンデリアの光が天井の装飾に反射し、魔法のランプが照らす地下室に、独特の薄暗い雰囲気を生み出している。


 その一角に、招かれざる客、リアム・アースガルド王子が現れた。

 彼の纏う上質な生地の制服は、この華やかな空間でもひときわ目を引く。


 俺の愛する婚約者、セシリアとの関係に、彼は正面から口を挟んできた。

 その声には抑えきれない苛立ちが混じり、僅かな焦りが滲む。


「あまり、一人の女性を、そのように縛り付けるものではないよ」


 彼は眉間に皺を寄せ、咎めるように言った。


「……と、仰いますと、どういうことですかな? リアム殿下」


 俺は穏やかに問い返したものの、内心では警戒を強める。

 薄暗い光が、彼の顔の陰影を深くしていた。


「言葉通りの意味だよ、ゼノス君。君は、婚約者であるセシリア嬢の行動を、厳しく制限しているだろう?」


 言っている意味が、さっぱり分からない。


 たしかに、俺はセシリアを「専用奴隷」にしている。

 だが、それは精神的な主従関係の話で、彼女の物理的な行動を制限した覚えはない。むしろ、以前より自由にさせているつもりだ。


「特にそのようなことはしておりませんが。殿下は、なぜそのように思われるのですか?」


 俺が問うと、リアムは深い溜息を一つ吐いた。


「……実は、私とセシリア嬢は、帝国との和平や、亜人族との融和について、これまで詳しく意見交換を重ねてきた。同じ理想を持つ、良き同志だったんだ。だが、最近になって、どういうわけか、セシリア嬢は私との意見交換に後ろ向きになった。いや、はっきり言おう。彼女は、露骨に私を避けるようになったのだ」


 リアムは心底不可解だ、という顔で続けた。


 彼の瞳には、かつての交流を懐かしむような、そして現状を受け入れがたいような複雑な感情が揺れている。その光景は、まるで舞台役者のようだった。


「……考えられる理由は、一つしかない。婚約者である君が、和平に前向きな彼女の言動を快く思わず、その自由を縛っている。それしか考えられない」


 なるほど。

 そういうことか。


 セシリアは、俺の専用奴隷となって心変わりしてからは、このゲームの主人公であるリアム王子からのアプローチをきっぱりと断っていたらしい。


 その行動が、彼のプライドを傷つけ、理解不能な事態として受け止められたのだろう。意中の女性が、急に距離を取り始めた。それが、この王子様は気に食わず、こうして俺のところに直接殴り込みに来た、と。


 自分がただ単純に振られただけだとは微塵も考えないあたり、さすがは生まれながらの勝ち組、ゲームの主人公キャラだ。


 貴賓室の柔らかな空気が、わずかに緊張感を帯びる。



 ***


 俺の両隣には、魔道具【変身の指輪】でその姿を変えているセシリアとリゼルがいる。普段の身なりとはまるで違う、肌を露わにした踊り子の衣装が、照明を受けて艶めかしく輝いていた。


 リアム王子は同じ学校に通う生徒だ。


 そんな彼の前で露出度の高い踊り子の格好をしているセシリアは、少し頬を染め気恥しそうに伏目がちになっている。


 一方、リゼルは薄い唇の端を吊り上げ、これから始まる痴情のもつれ話に興味津々といった顔で、キラキラとした瞳をリアムに向けていた。


 彼女の視線は、まるで舞台の幕開けを待つ観客のようだ。


 さて、どう説得したものか。


「どうやら、殿下と私の間には、大きな誤解があるようですね。先ほども申し上げた通り、俺は特段、彼女を縛ってなどいません。それに、もし仮に、仮に俺が彼女の行動の自由を奪っていたとしても、それは俺たちグリムロック家と、彼女の実家であるヴァーミリオン公爵家の問題です。あなたが、そこに口を挟むようなことではありません」


 俺の丁寧だが突き放すような物言いに、リアム王子は少しむっとしたようだ。

 その整った顔に、わずかな不快の色が浮かんだのが見て取れる。


「関係ないわけではないだろう。私とセシリア嬢は、友人として『かなり親密な関係』でね。その友人が、婚約者から理不尽に行動を制限されていると知れば、助けたくもなるだろう?」


 リアムの声が、一段と熱を帯びる。

 その声音には、俺への対抗意識がはっきりと感じられた。


「『親密な関係』、ですか。リアム殿下、あまり人の婚約者と、親しく付き合うものではありませんよ?」


 この物語に読者がいれば、「お前が言うな」と一斉に、総ツッコミを入れられるであろうセリフを、俺は堂々と吐いてやった。


 何せ俺は、つい先日、彼の婚約者であるエリザベート姫と、きわめて親密な密会を重ねたばかりなのだから。俺の心臓は、皮肉を込めた言葉とは裏腹に、冷静に鼓動を刻んでいた。


「親しくするな、と言われてもね。人と人とが、互いに惹かれ合うのは、ごく自然な摂理というものだ。それは、誰にも止められないし、仕方がないことなんじゃないのかな?」


 リアムはそう言って開き直った。

 彼の瞳の奥に、確固たる自信と、俺への優越感が垣間見える。


(ほう。それはそれは、ありがとうございます。殿下)


 今、彼の婚約者であるエリザベートと俺との関係に、彼自身から立派なお墨付きを頂いた。これは、後々使える材料になるだろう。


 俺の口元に、薄く笑みが浮かんだ。


「なるほど。仰ることは、一理ありますな。けれど、人の心というものは、常に変化していくものでもあります。あなたに付きまとわれて、今のセシリアが、ひどく迷惑している、とは考えないのですか?」


 俺のその言葉に、王子のこめかみが、ぴくりと痙攣した。


 わずかながら、彼の平静が乱れた証拠だ。

 まるで、彼の完成された理想の世界に、ヒビが入ったような反応だ。


「……随分な物言いだな、ゼノス君。だが、心配は無用だよ。私と彼女は、とても深く、お互いを理解し合い、そして、つながり合ったのだから。……この意味、君なら、分かるかな?」


 リアム王子が、挑発的な目で俺を見る。


 その視線には、確信と勝利の匂いが混じっている。

 ついに切り札を切ってきたか。


 俺とセシリアが婚約者であると知りながら、彼女と肉体関係を持った、と。

 そう、匂わせてきた。


 これは、普通の男が言われれば激昂するしかない、かなり思い切った攻撃だ。


 だが、俺は、一切動じない。

 むしろ、内心では静かに笑っていた。


「ええ。もちろん、分かりますとも」


 俺がその浮気の現場をセッティングした張本人なのだからな。

 彼の言葉の裏にある意味を、俺は誰よりも理解していた。


「ただ、残念ながら。俺は、女の過去の過ちを、いつまでも責めるような、そんな小さい男ではないんですよ。肝心なのは、過去がどうだったか、ではない。今の彼女の心が、誰に向いているか。ただ、それだけです」


 俺の視線が、一瞬だけセシリアに向く。


 彼女は、俺の言葉に、わずかに身を震わせていた。セシリアの心が、もしあの時、俺ではなくリアムに向かっていたのなら、俺は潔く彼女のことを諦めるつもりでいた。


 だが、彼女は、俺を選んだ。

 深い蒼色の瞳が、真っ直ぐに俺を捉えたあの日を、俺は忘れない。


 だったら、もう何も問題はない。


 俺は、まっすぐに、リアム王子の瞳を見つめ返した。

 その視線には、微塵の迷いも、揺らぎもない。


 俺の言葉に、嘘や強がりが一切ないことを、彼も悟ったのだろう。


「……くっ」


 リアム王子は、大きく表情を変えることはなかったが、その瞳が、わずかに狼狽に揺れたのを、俺は見逃さなかった。


 彼の内側で、何か確固たるものが、音を立てて崩れたような気がした。


「……君のその自信が、一体どこから来るのかは分からないが。せいぜい、足元をすくわれないように、気を付けたまえよ」


 彼はそれだけ捨て台詞を吐くと、この話は終わりだ、とばかりに席を立った。


 彼の背中には、敗北の影がわずかに付き纏っているように見えた。

 この勝負、どうやら俺の勝ちらしい。


 だが、話は終わっても、お楽しみは、まだ残っている。


 俺の両脇には、照明の光を受けて輝く、きらびやかな踊り子の衣装をまとった、世にも美しい女性が、二人も控えているのだから。


 甘い香水の匂いが、ほのかに漂ってくる。

 この匂いは、今日の勝利の香りにも思えた。


「お待ちください、殿下。せっかく、私の劇場までお越しいただいたのです。最後に、ぜひ楽しんでいってもらわねば」


 俺は、帰ろうとする王子を、笑顔で引き留めた。

 貴賓室に響く、軽快な音楽の調べが、この場の空気をさらに彩る。


 美少女二人に、王子様からチップを提供してもらおう。

 その光景を想像すると、俺の口元に、自然と笑みがこぼれた。

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