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第50話 生け捕りと勧誘と処刑

 俺とカイルの連携で、劇場のエントランスで暴れていた熊と狼の獣人の動きを完全に封じた。ひんやりとした夜風が吹き抜ける中、獣人たちの荒い息遣いが、鈍い唸り声となって響く。


 俺は首筋を伝う冷たい汗を感じながら、次の動きを頭の中で組み立てていた。


「さてと。他の連中の様子を見てくるから、お前はこいつらを見張ってろ」


「なっ……! この私に、命令するなッ!」


 背後から聞こえるカイルの抗議を無視し、俺は地下施設へ転移した。


 一瞬で視界が暗転し、湿った土の匂いが鼻をくすぐる。

 足元には冷たい石の感触。


 

 ***


 地下では、すでに勝負は決まっていた。


 予想通り、薄暗い通路の先、かすかな魔石の光に照らされた空間では、黒猫の獣人が四人のエルフに取り押さえられている。


 エルフは、淡い緑色の髪が特徴的な姫のリフィア、銀色の甲冑を身につけた忠実な近衛のシルフィア。そして、柔らかな光を放つ杖を持つ癒し手のフローラと、その場に溶け込むような気配の偵察兵ルナールだ。


 彼女たちには普段から、地下劇場で歌と踊りを披露する姉妹、ファーマとリーラの護衛を任せている。


 敵の侵入を事前に知らせていたため、エルフたちは気配を消す魔法で身を隠し、侵入してきた黒猫の獣人を、死角となる四方から痺れ薬を塗った矢で一斉に射抜いたのだ。


 パシュン、パシュンと乾いた音が重なり、黒猫の獣人は床に崩れ落ちた。

 黒い毛並みの獣人が痙攣している。


「ご苦労だった。さて、お前たちはここで待機だ。あらかた敵は倒したが、まだ油断は禁物だからな」


 ファーマとリーラは、まだここにいた方が安全だろう。

 怯えたような表情でこちらを見上げる姉妹に、エルフの四人にも引き続きこの場で護衛についてもらう。


 俺は、痺れて動けない猫の獣人クーコをひょいと肩に担ぐと、部屋を出て、熊と狼の獣人がいる地上へ向かった。


 俺が担いでいる猫の獣人は、見たところまだ若く、きゃしゃな体つきに可愛らしい顔立ちをしている。


 暗殺組織のエージェントといっても、みんなが熊のように厳ついわけではないようだ。諜報や潜入など、様々な役割があるからな。



 ***


 地上に上がると、冷たい夜の空気が肌を刺した。

 月明かりが劇場広場を淡く照らし出し、白い息が漏れる。


 そこにはアシュラフが、鷹の獣人を頭を鷲掴みにして捕らえて立っていた。

 鷹の獣人は必死に暴れているが、アシュラフは微動だにしない。


 その執事姿の男は、まるで岩のようだ。


「まあ、そう暴れるな。すぐに楽にしてやる」


 俺はそう言うと、鷹の獣人の胸元にある醜い奴隷紋に指先をそっと触れた。


 ドス黒く皮膚に焼き付いた紋様は、俺の指が触れた瞬間、まるで陽光に溶ける雪のように、フッと掻き消えた。


 紋様が消えた皮膚は、僅かに赤みを帯びていた。


「ぬっ、ぬおっ! こ、これはッ!!」


 鷹の獣人ホークスが、驚愕の声を上げる。


 長年彼を縛り付けていた絶対的な隷属の証、奴隷契約が、一瞬にして消え去ったのだ。その瞳には、信じられないものを見たかのような動揺が広がり、安堵と困惑が入り混じっていた。


「これは、俺が開発した特別な解除術式でね。魔法契約の複雑な構成を瞬時に解析して、その結びつきを分解したんだよ。まあ、固く結ばれた紐を、するすると解いていくようなものだ」


 俺は、もっともらしい嘘を言った。


 俺の固有能力【魔封印】のことは、なるべく言わないでおく。

 奥の手のこの力の詳細を、安易に晒すつもりはない。


「おお……! 流石はゼノス様! 強固に刻印された魔力構成の解析と分解を、一瞬のうちに行われるとは! このアシュラフ、驚愕を禁じえません!」


 アシュラフは、いつもの胡散臭いお世辞を並べ立てる。


 しかし、その声に含まれる驚きは本物のようだった。

 どうやらこいつも、俺の能力の正体にはまだ気づいていないらしい。


 内心でニヤリと笑う。


 俺は次に、担いでいた猫の獣人を地面に下ろし、その胸元に指を這わせる。


 彼女は最初、怯えたように身を硬くしていたが、奴隷紋が消えていくにつれて、その感情は徐々に驚きへと変わっていった。紋様が消えるにつれ、彼女の表情から僅かに安堵の色が浮かぶ。


「これで、お前たちを縛る奴隷契約は解除された。もう、俺を襲う理由はないな?」


 彼女は、こくこくと何度も首を縦に振る。


 その様子から、彼女の中から敵意が完全に消え去っていることを確認した。

 恐怖が薄れ、新しい光が彼女の瞳に宿ったように見えた。


「アシュラフ、そいつのことを放してやれ」


「かしこまりました、ゼノス様」


 解放された鷹の獣人ホークスは、人間形態に戻っていた。


 その姿は、どこか哀愁の漂う、くたびれたおっさんだ。

 よれたジャケットでも着せて、探偵とかやらせたら妙に似合いそうな風貌である。彼も、こちらに対する敵意はもうないようだ。


 

「さて、残るは二人だが……」


 この暗殺チームのリーダー、オオカミの獣人ガゼルは、痺れが解け始めているのか、未だに鋭い敵意を俺に向けている。


 その鋭い眼光は、まるで獲物を狙う獣のようだ。荒い息を吐きながら、微かに身体を震わせている。


 熊の獣人ベアードは、俺の魔法で深い眠りについており、今は人間の姿に戻っていた。大きな体を丸めて、穏やかに寝息を立てている。


 対照的な二人の姿がそこにあった。


 俺は、この二人を縄で固く縛り上げると、「お話」をすることにした。


 まず、ベアードにかかっている睡眠の状態異常を解除した。

 彼の瞼がピクリと動き、ゆっくりと開かれる。


 焦点の合わない目が、やがて俺を捉えた。


「さて。お前たちも見た通り、俺は、お前たちを縛る奴隷契約を、解除してやることができる」


 俺の言葉に、ガゼルが唾を吐き捨てるように言った。

 その声には、深い憎悪が滲んでいた。


「……だから、なんだ?」


「俺の配下になるのであれば、お前たちの命を助け、奴隷の身分からも解放してやる。どうだ、悪い話ではないだろう?」


「断る。殺せ」


 ガゼルは、即答だった。

 その声には一切の迷いがない。


 揺るぎない覚悟がそこにはあった。


「いい話だと思うんだがな」

「人間の下に付くなど、ありえん。それにな」


 彼は、憎悪に満ちた目で俺を睨みつけた。

 その瞳の奥には、深い闇が宿っている。そこには、過去の悲惨な記憶が刻まれているかのようだった。


「俺は、貴様ら人間に、深い恨みがあるんだ。この忌々しい奴隷契約さえなくなれば、手当たり次第に人間を殺しまくってやるつもりだったんでな。感謝こそすれ、貴様に尻尾を振る気など、毛頭ない」


「……そうか」


 俺は静かにそう呟いた。

 彼の瞳に、嘘や偽りはなかった。


 その言葉は、彼の魂からの叫びだった。

 これ以上の説得は無意味だと、直感的に理解した。


 ならば、仕方がない。


 俺は、ガゼルとの交渉を諦めた。

 そして、静かに腰に差していた剣を抜き放つ。


 研ぎ澄まされた刃が、月明かりを冷たく反射する。

 空気が一瞬で凍り付いたような気がした。


 ザシュッ、と。


 肉を断つ、生々しい音。


 オオカミの獣人の首が、血飛沫を上げて宙を舞った。

 ゴロリと地面に転がる首は、それでも憎悪に満ちた目をこちらに向けているように見えた。生温かい血が、俺の頬を伝う。


 俺は、その胴体から噴き出す鮮血を浴びながら、冷たい声で呟いた。


「――これで、満足か?」


 説得の余地なき敵は、ただ、排除するのみだ。

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