表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/22

第5話 新たな契約と、魔人との共謀

 決闘から一夜明け、グリムロック邸は奇妙な静けさに包まれていた。


 朝の光が差し込む大広間には、人の気配がほとんどない。

 父は屋敷の使用人の大半と、戦闘用奴隷のストックまで残らず引き連れて、辺境伯領へ向かったらしい。


 その広大な屋敷が、がらんどうになったことを肌で感じる。


「魔力のないお前には不要なものだろう」

 それが、俺に残された使用人が少なかった理由だ。


 わずかに残された数名の使用人が、広すぎる屋敷で埃を払う音だけが虚しく響く。

 父は俺の魔力がゼロだと、本気で信じ込んでいる。


 だが、俺に魔力がないわけじゃない。


 「魔封印」の影響で体外に排出される魔力が霧散するだけで、魔力自体はちゃんとある。前世のゲーム知識によれば、オリジナルのゼノスは膨大な魔力を誇っていたはずだ。その設定自体は、俺にも反映されている。


 しかし、この秘密は父に伏せてある。


 だから、この仕打ちも大人しく受け入れた。

 無能な次男というレッテルを貼られているうちは、警戒されることもない。


 ――これはこれで悪くない。

 現状は俺にとって、むしろ好都合だ。



 屋敷は、がらんどうになってしまった。


 まるで、俺の心象風景をそのまま表しているかのようだ。

 しんとした廊下を歩くたびに、靴音がやけに大きく響く。


 そんな中、耳ざとい奴隷商人がさっそく屋敷を訪ねてきた。玄関の重い扉が開き、薄暗いエントランスホールに、ねっとりとした甘い香水の匂いが漂う。


「これはこれは、ゼノス様。お噂はかねがね」


 現れたのは、ラザラス・ザイツ。


 顔色の悪い土気色の肌に、黒く不健康な血色を帯びた唇。脂ぎった黒髪をオールバックにした痩身の男は、常に薄ら笑いを浮かべている。


 その淀んだ深緑色の瞳は、獲物を見るような鋭い光を宿していた。ぎらつくような視線は、俺の全身を舐め回す。


 この男は、昔から我が家と付き合いのある商人だ。


 グリムロック家のような武門にとって、奴隷、特に魔力奴隷は重要な戦力。その供給を担ってきたのが、このラザラスだ。



「まさか、若様がご嫡男様を……お見それいたしました」


 慇懃無礼な口調で、ラザラスは俺の決闘の勝利をねめつけるように賞賛する。


 その言葉の裏には、「魔力ゼロのくせに、一体どんなイカサマを使った?」という探るような感情が透けて見える。


 やはり、この男は油断ならない。

 その底の知れない視線が、俺の神経を逆撫でする。


「屋敷の維持に必要な使用人を寄こせ。おかしな者は寄こすなよ」


 俺は素っ気なく告げた。


 口元は薄く笑ったままで、ラザラスはにやつきながら、契約済みの使用人奴隷たちを連れてくる。彼らの疲弊した表情からは、長旅の跡が見て取れた。


 流石は長年この家と付き合ってきた奴隷商人だけあって、寄こす奴隷はどれも優秀だった。厨房係、庭師、護衛、そして数名のメイド。


 整然と並んだ彼らの姿は、沈んだ屋敷に新しい風を吹き込むようだった。


 父が連れて行った戦闘用奴隷とは違い、彼らは純粋に家事や護衛を行うための者たちだ。魔力は持たないか、ごく微量な平民がほとんどだった。


 俺は適当な人数を選び、代金を支払う。


 紙幣の束を見たラザラスはにこやかにそれを受け取り、深々と頭を下げた。

 だが、その瞳の奥には、依然として底知れない闇が広がっている。


 まるで、こちらを値踏みしているかのような視線――

 正直、不快だったが、俺は気にせずにふんぞり返って奴を見返した。


 相手に飲まれまいと、大物ぶって見せたのだ。




 奴隷商人ラザラスが去り、新しく購入した執事やメイドが加わったことで、屋敷はいくぶんか活気を取り戻した。


 使用人たちの慌ただしい足音や、小声での指示が、かつての静寂を破る。しかし、この屋敷の奴隷は、厳密には彼らだけではない。


 他に一人、俺にとって「特別な奴隷」となった者がいる。

 決闘前夜、俺と愛し合い、深く繋がったリーリアだ。


 彼女との奴隷契約は、かなり特殊だった。


 あの日、俺が彼女の胸元に触れた瞬間、肌に刻まれていたはずの奴隷紋が、まるで煙のようにふっと消滅したのを確かに感じた。


 これは、俺の「魔封印」の能力が、他者の魔力を無効化するだけでなく、既存の魔法契約すらも解除できることを示唆していた。


 だがその後、俺と彼女の愛の営みの後で、彼女の腹部に、全く新しい紋様が刻まれる。熱を帯びた皮膚に浮かび上がったのは、見慣れぬ魔力紋だった。


 どうやら俺には、奴隷を自動的に増やす能力があるらしい。契約書も使わずに、無意識に彼女を「専用奴隷」にしてしまった。


 「自分のことを心から愛している女」という限定条件はつくが、自然と奴隷を増やすことができる。まるで「攻略済みのヒロイン」に印が付くように……。


 このゲームは、王子が複数の女性キャラと恋愛関係を発展させていく「ギャルゲー要素」があったので、驚きはあるものの、意外というわけではない。


 こういう能力が実装されていても不思議ではない。



 リーリアは、今も変わらず俺のメイドとして仕えている。


 以前よりも、その献身ぶりは増したように見えた。

 朝食の準備をする彼女の後ろ姿からは、迷いや不安は感じられない。彼女の瞳には、ただひたすらな忠誠と、深い愛情が宿っている。


 それは、暗闇の中でも輝く、小さな光のようだった。


 俺自身は、彼女を「手駒」として見てはいるが、同時に、唯一無条件で俺を支えてくれる存在として、特別な感情を抱いているのも事実だ。


 


「さて、まずは何からしようか?」


 自室の重厚な椅子に深く身を沈め、窓から差し込む午後の柔らかな日差しを浴びながら、俺は物思いにふける。


 手にしたカップから立ち上る紅茶の香りが、微かに鼻腔をくすぐる。


 俺の目標は、三年後に勃発する世界大戦で勝利を収めることだ。


 この世界のゲームのラスボスキャラ・ゼノス・グリムロックに転生した俺の使命は、反乱軍の旗頭として、この戦争を勝利に導くことにある。


 そのためには、自陣営を強化すると同時に、敵陣営を弱体化させていかなければならない。


 戦争を有利に運べるように、今のうちから伏線を張り巡らせていくのだ。


 ゲームの主人公であるリアム王子は、王家と対立する戦争継続派のグリムロックの子息(本来のゼノス)が高い魔力量を示したことに危機感を覚え、「ゼノス」を仮想敵と見据えて戦う準備を開始する。


 仲間を増やして、自分自身を強化して、危機に立ち向かおうとするのだ。


 それを踏まえて考えると、俺の魔力がゼロだとみんなが思い込んでいる現状は、決して悪くない。


 王子の視点から見れば、グリムロック家は嫡男を失い、次男は魔力ゼロの役立たず。脅威とは認識されにくいだろう。


 俺は王子から危機感を持たれずに、水面下で戦争準備ができる。



 ――ただ、懸念点もある。


 魔力がゼロと思われていると、味方からも舐められてしまうことになる。


 これはまずい。


 本来の「ゼノス」がゲームにおいて、反乱軍の旗頭となったのは、膨大な魔力を有していたからだ。


 魔力ゼロでは、グリムロック陣営に賛同する貴族たちを惹きつけ、仲間を増やすことができない。


 彼らは実力を重視する。


「そこはまあ、はったりで何とかするか」


 俺はカップを置くと、不敵に笑った。

 その笑みには、薄い自信と、わずかな焦りが混ざっていた。


 「魔封印」というチート能力がある。

 そして、ゲーム知識もある。


 何とかなるはずだ。



 方針は決まった。

 まずは、父の計画に従い――

 王家に対する反乱の同志たちとの橋渡し役を務めるとするか……。


「ヴァーミリオンとの関係を確かなものにしておく。準備を手伝え、アシュラフ」


 ヴァーミリオン公爵家。

 王国内でも屈指の権力と財力を持つ名門だ。そして、ゼノスの婚約者であるセシリアの家でもある。父の反乱計画において、ヴァーミリオン家の協力は不可欠だろう。


「かしこまりました。我が主、ゼノス様」


 転移の魔人は恭しくお辞儀をする。

 深々と頭を下げたその顔には、相変わらず感情が読み取れない。


 魔人だからだろうか。

 どうにも胡散臭いんだよな、こいつ……。


 俺の魔力無効化能力に気づいているのかいないのか、いまいち表情が読めない。その恭しい態度も、どこか演技じみているように感じる。


 底の知れない深淵を覗き込むような……。


 そうは思っていても、今の俺はリーリアとこいつ以外の手駒が全くない状態だ。


 使えるものは何でも使うしかない。

 アシュラフの転移能力は、連絡役としてはまさにうってつけだ。


 まずは、父が敷いたレールの上を歩くことになる。


 だが、いつまでも言いなりになる気はない。

 その先で、俺自身の道を切り開いてやる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ