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第40話 劇場の華と融和への決意

 翌日、俺は何食わぬ顔で学校へ向かった。


 窓から差し込む朝の光が廊下を明るく照らし、生徒たちの賑やかな声が響いている。今日もまた、平凡な一日が始まるかのように見えた。


 廊下を歩いていると、すぐにエレノア姫の金色の髪が視界に入った。

 太陽の光を浴びて輝くその髪は、まるで後光が差しているかのようだ。


 彼女はいつものように凛とした佇まいで友人たちと談笑している。

 しかし、俺の目は、その完璧な姿の裏に隠された微かな変化を見逃さなかった。


 わずかに強張った口元。

 時折、周囲の生徒たちの反応を気にし、まるで自分の秘密が露見していないか探るように、耳をそばだてている。


 昨日の闘技場での出来事が、生徒たちの間で噂になっていないか。

 その不安が、気品ある横顔に薄い影を落としていた。


 だが、心配はいらない。

 エレノアの姿は、俺が与えた【変身の指輪】で完全に別人に見せかけていたからだ。闘技場の熱狂の中で、あの剣闘士が本物の王女だとは誰も気づいていない。


 俺は、その事実を知っている優越感を密かに味わう。


 しかし、それをわざわざ教えてやる必要はない。


 彼女とは敵対関係にある。

 こちらの能力の詳細をむやみに知られたくはないし、不安なまま俺の手のひらの上で踊っていてもらう方が都合がいい。


 その方が、今後の展開をより面白くできるだろう。


 俺は、エレノアに気づかれないように意識を集中させ、首輪の魔道具にわずかに魔力を送った。指先から微かな熱が伝わる感覚。


 そして、何食わぬ顔で彼女の横を通り過ぎる。


「んひぃんっ♡」


 背後から、猫の子が鳴くような、甘く、そして僅かに震える嬌声が聞こえた。


 俺は振り返らず、口元に静かな笑みを浮かべてその場を離れた。



 ***


 放課後、俺はセシリアとリゼルを伴い、豪奢な馬車で劇場へと向かっていた。


 馬車の柔らかなクッションに深く身を沈めると、上質な革の匂いが鼻腔をくすぐる。窓の外には、夕暮れに染まる王都の街並みが流れていく。


 約束通り、二人をディナーに招待したのだ。


「劇場【砂漠の星】といえば、王都の貴族たちの間でもっぱらの評判ですわ。ゼノス様がオーナーでしたのね。ザハラの舞踊と食事、とても楽しみにしておりました」


 セシリアが、心からの喜びを湛えた笑顔で微笑んだ。

 その声は弾むように軽やかで、彼女の期待感が伝わってくる。


「ふ、ふんっ! あんたがどうしてもっていうから、仕方なくついていってあげるだけなんだからねっ!」


 リゼルは腕を組み、そっぽを向きながらいつもの調子で毒づく。


 だが、その声に微かな高揚感が混じっているのを俺は聞き逃さない。

 隠しきれない喜びが、彼女の態度から滲み出ていた。


 俺の劇場型レストランは、幸いにも大盛況で、今や王都の貴族社会で確固たる地位を築きつつある。二人が快く招待に応じてくれたのも、この名声が影響しているのは間違いないだろう。


「もう、リゼル様ったら。本当は嬉しいくせに、そんな憎まれ口をお聞きになって」


「きゃっ!? セ、セシリア様! あの、ここでは、その……」


 セシリアが、悪戯っぽく身を寄せ、隣に座るリゼルの体にぴとりと触れた。

 薄い絹のドレス越しにも、互いの体温が伝わるような距離だ。


 リゼルの顔は見る見るうちに赤く染まり、視線を泳がせる。


「いいではありませんか。馬車の中は、私的な空間ですもの」


「で、でも、その……」


 顔を真っ赤にして狼狽えるリゼルと、それを楽しむセシリア。

 二人の間には、微笑ましい空気が流れている。


 俺は、目の前で繰り広げられる美少女二人の仲睦まじい様子を、満足げに眺めていた。



 劇場に到着すると、賑やかな喧騒が俺たちを迎えた。


 俺はあらかじめ抑えておいたVIP席に二人をエスコートし、自慢のショーを楽しんだ。ステージからは、砂漠の星の異名を持つ劇場に相応しい、情熱的な音楽が響き渡る。ファーマとリーラの姉妹が織りなす歌と踊りは、いつ見ても見事なものだ。


 きらびやかな衣装が舞い、観客席からは熱狂的な拍手と歓声が波のように押し寄せる。二人の瞳は、ステージの輝きを映してきらめいていた。異国の幻想的な舞踊や、魂を震わせるような歌声にすっかり魅了されているのが見て取れる。


 もちろん、シェフが腕によりをかけた料理も大好評だった。香ばしい肉の匂い、芳醇なワインの香り。五感を刺激する全てが、この劇場を特別な場所にしていた。


 この調子で劇場経営が順調にいけば、二年、いや、遅くとも一年半で、オークションで失った八十万金貨という莫大な初期投資を回収できるだろう。


 ここでの稼ぎは、新たな野望への足がかりとなる。

 俺の未来は、着実に広がっている。



 ***

 

 食事の後、俺は劇場の地下施設へと二人を誘った。

 薄暗い通路を抜けると、舞台衣装がずらりと並ぶ控え室が現れる。


 色とりどりの布地が、かすかな照明の下で妖しく輝いていた。甘い香水と、汗の混じった独特の匂いが、劇場の裏側を物語っている。ショーで使われている踊り子の衣装を指差し、尋ねてみる。


「少し、着てみないか?」


 俺は水を向けてみる。


 二人も、あの情熱的なステージに触発されていたのだろう。

 その瞳には、子供のような純粋な好奇心が満ちていた。


 興味があったようで、「ぜひ着てみたいです」と目を輝かせた。彼女たちの期待に満ちた表情を見るのは、悪くない気分だ。


 二人が着替えている間、俺はこの劇場で警備員として働いてくれているエルフたちの様子を見に行くことにした。


 地下の通路を進むと、静かな、だがどこか怒気を帯びた声が聞こえてくる。


「ふん。新しく女を二人も侍らせてくるとはな。見境なしの、盛りの付いたサルめが」


 俺の姿を見るなり、エルフ族のカイルが相変わらず棘のある言葉を投げつけてきた。彼の表情には隠しきれない敵意が宿っている。


 その視線は、まるで獲物を睨む獣のようだ。


 俺は彼の小言を綺麗に無視して、彼の幼馴染であるリフィア姫を優しく抱き寄せた。彼女の柔らかな髪が頬をかすめる。


 そして、カイルに見せつけるように、その唇に深くキスをしてやる。

 柔らかな唇の感触と、リフィアの戸惑った息遣いが伝わる。


「ぐっ、うぐぐ……っ!」


 カイルは、悔しさと怒りで顔を真っ赤に歪ませ、わなわなと震えている。

 その目は憎悪に燃え上がり、俺を射殺さんばかりだった。


「ははは。俺に偉そうな口をきいた罰だ。少しは反省することだな」


「あの、ゼノス様……。なぜ、私とのキスが、カイルへの罰になるのですか?」


 俺の腕の中で、リフィア姫が不思議そうに小首をかしげた。

 どうやら彼女は、カイルの気持ちに全く気づいていないようだ。


 この天然っぷりも、彼女の魅力の一つだろう。

 俺は続けて、シルフィア、フローラ、ルナールの三人とも公平にキスを交わした。それぞれの唇の感触、異なる香りが俺の感覚を刺激し、俺は満足げに笑った。


 そうこうしているうちに、着替えを終えたセシリアとリゼルが部屋へとやってきた。彼女たちの姿を見た瞬間、俺は息をのんだ。


 控え室の照明が、彼女たちの衣装をさらに際立たせる。


 セシリアの燃えるような赤い髪も、リゼルの華やかなピンクの髪も、ザハラの情熱的な踊り子の衣装に驚くほどよく映えている。


 露出度の高い、煽情的な衣装が、彼女たちの均整の取れた身体の魅力を、さらに極限まで引き上げていた。


 滑らかな肌が艶めかしく光り、すらりとした手足が衣装から伸びる。それはまさに、劇場の華と呼ぶにふさわしい、息をのむような光景だった。



 俺は、そんな絶世の美女二人とエルフたちを引き合わせた。

 リフィアたちが俺の魔道具で姿を変えていることも含めて、すべてを説明する。


 最初は驚いていた二人だったが、すぐに俺の方針を受け入れてくれたようだ。

 彼女たちの順応性の高さに、俺は密かに頷いた。


 色々と迷いはあったが、やはり「異種族との融和路線」は、俺の基本政策にしようと思う。俺は改めてそう決意した。



 ***

 

 俺はセシリアとリゼルの二人にも、【変身の指輪】を一つずつ手渡した。

 掌に乗せられた指輪は、ひんやりと冷たい金属の感触があった。


「これから、少し仕事の話をする。二人にも、同行してもらおう」


 彼女たちが指輪を装着し、姿を変えるのを確認する。

 光が二人を包み込み、次の瞬間、そこに立っていたのは全くの別人の姿だった。


 顔立ちが変わっている。

 彼女たちの美しさと同等の美少女がそこにいた。


 これから、俺のビジネスパートナーであるバルタザール・ザイツとの打ち合わせだ。劇場の収支報告と、今後の経営方針について、軽く話し合うことになっている。


 俺の野望は、まだ始まったばかり――

 この劇場は、そのための大きな一歩に過ぎない。

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