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第38話 王女への褒美と新たな金策

 翌朝、俺はセシリアとリゼルと共に、朝食のテーブルを囲んでいた。


 昨日までの甘い時間は嘘のように、静かなダイニングにはカトラリーの軽やかな金属音が響き、セシリアはいつもの優雅な公爵令嬢に、リゼルはツンとした伯爵令嬢に戻っていた。


 朝食を終え、セシリアがナイフとフォークを静かに置いて、俺の顔を見つめる。


 その仕草一つにも、隙のない気品が宿っていた。


「それで、ゼノス様。昨夜仰っていた、わたくし達を招待したい場所というのは?」


「ああ、実は俺、劇場を経営していてね。先日ようやくオープンしたんだ。近いうちに一度ディナーに招待したい。どうかな?」


 俺が劇場のオーナーだと伝えると、二人は一瞬、驚きに目を見開いた。

 すぐにその表情は微笑みに変わり、微かな好奇心が浮かび上がる。


 彼女たちは快く了承してくれた。


 朝食後、俺はセシリアとリゼルをそれぞれ、実家へ帰る馬車に乗せて見送った。


 それから、学校に向かう。

 三日も休んだので気は重いが、行かないわけにはいかない。


 やることがある。



 ***


 中庭に足を踏み入れると、木々の間から差し込む日差しが眩しい。


 その光を浴びて輝く、見慣れた金色の髪が視界に飛び込んできた。

 エレノア王女だ。


 ――ちょうどいい。


 彼女は俺が与えた【支配の首輪】を身に着けている。


 俺はそのチョーカー型の魔道具と、自分の魔力をリンクさせた。

 そして、指先で弾くようなイメージで、微弱な魔力を送り込む。


「くっ……! だが、これしきの、痛み……うっ♡」


 離れた場所にいたエレノアが、びくりと肩を震わせ、その場でわずかに身をよじる。絹のような金色の髪が揺れ、光を反射してきらめいた。


 周囲の生徒たちが何事かと視線を向ける中、彼女は動揺を悟られまいと必死に耐えている。いつものように、俺からの「褒美」を喜んでくれているようだ。


 鮮やかな金色の髪。

 空の青を溶かし込んだような、決して屈しない意志の強さを宿した瞳。

 すっと通った鼻梁。完璧な曲線を描く唇。

 その全てが、まるで神が創り上げた彫刻のように気高く、美しい。


 俺は、そんな彼女にゆっくりと近づいていった。


 俺の姿を認めたエレノアは、獲物を狙う猛禽類のように鋭く俺を睨みつけてくる。


「そんなに怖がらないでくださいよ、姫様」


「誰が怖がっているだと。この私を誰だと思っている。貴様などに、臆するものか!」


 彼女の警戒心をあえて「怯え」とみなし、挑発する。

 すると、エレノアは律儀に反抗してきた。


 まったく、調教しがいのある、いい女だ。


「少し用事がありましてね。次の休日、俺の家に来てください。付き合って貰いたいことがあるので、必ず予定を開けておくように」


「ふん、あいにく私の予定は、王女として分刻みでびっしりと埋まっている。出来損ないの貴様と違って、私は忙しい身なのだ」


 その言葉を聞き、俺は彼女が身に着けているチョーカーに、もう一度――

 先ほどより、少しだけ強い魔力を流し込んだ。


「ぐっ、くはぁ……っ♡」


 エレノアの喉から、甘い悲鳴が漏れる。


 全身から力が抜け、その場に膝から崩れ落ちそうになるのを、彼女は必死に堪えていた。震える指先が、壁に伸ばされる。


「俺が予定を空けろと言ったら、貴様は黙って言うとおりにすればいいんだ。余計な手間をかけさせるな。……愚図が」


 エレノアは痛みの余韻で身もだえしながらも、その瞳だけは俺への反抗心を失っていなかった。怒りと屈辱に濡れたその眼差しが、俺を射抜く。


「ふんっ……! もう一度、言うぞ。だれが、貴様の言いなりになど、なるものか……!」


「そうか。まあ、来たくなければ来なくてもいい。――だが、俺の命令を無視するのであれば、貴様への『褒美』は、今日までとする」


 それだけを告げると、俺は彼女に背を向け、自分の教室へ歩き出した。


「なっ……!? 待て、貴様っ!」


 背後から焦ったような、切実な声が聞こえた。

 その声には、先ほどの虚勢はなかった。必死で俺を呼び止めようとする。


 だが、俺は振り返らない。


 来るか来ないかは、彼女次第だ。

 まあ、十中八九、来るだろうが。



 ***


 その日の学校が終わり、俺は屋敷に戻ると、すぐさま「ショー」の準備を開始した。劇場とは別の、新たな金策のアイデアを閃いたのだ。


 その企画を実行するための、下準備をしておく。


 中庭にあるアトリエで用意したのは、一枚の大きな布切れ。

 そこには、古びた羊皮紙のような薄茶色の布に、黒いインクで複雑な魔法陣がびっしりと描き込まれていた。


 俺が独自に改良を重ねて考案した、魔物召喚用の魔道具だ。


 俺の体質である【魔封印】は、体から離れた場所での精密な魔力操作を阻害する。そのため、アシュラフのように地面に直接、自在に魔法陣を構築することはできない。


 地面に魔力を流し込むことはできても、その先で複雑な魔法陣の形に編み上げる工程がどうしても上手くいかないのだ。


 この布は、その弱点を補うための代用品だった。


 俺はアトリエの床に布を広げ、【魔封印】の常時発動範囲を自分の体に触れるギリギリまで最小にする。そして、布に描かれた魔法陣に直接手のひらをつき、そこへ魔力を流し込んでいった。


「――来たれ、我が僕」


 魔法陣が淡い光を放ち、その中心から次々と歪んだ影が生まれる。

 どす黒い霧が渦巻き、腐った肉のような生臭い匂いと共に、不気味な存在が形を成していく。俺が呼び出したのは、ゴブリンだ。


 一体、二体、三体……。


 最終的に二十匹のゴブリンが、目の前に整列していた。

 その醜悪な姿に、俺は満足げに頷く。


 よし、成功だ。


 これで「湧き点」以外でも、魔物を召喚することが可能となった。


 召喚したゴブリンたちは、グリムロック家の広大な庭の片隅にある、魔物用の頑丈な檻の中へと入れておく。


 召喚した魔物は兵士の訓練や手駒にも使えるため、俺のような武闘派貴族の家には、この手の設備が備えられているのが常だった。


 その後、屋敷の書斎に入り、俺は二通の手紙を書き上げた。


 一通は、奴隷商の息子でビジネスパートナーでもあるバルタザール・ザイツへ。


 もう一通は、裏社会の実力者、非合法の闘技場【奈落のアビス・ピット】の支配人へ。


 新たなショーの幕開けは、近い。

 俺はペンを置き、不敵な笑みを浮かべた。


 その眼差しは、観客の大歓声が闘技場に鳴り響く未来を見据えていた。

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