表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/71

第37話 犬の婚約者と猫の伯爵令嬢

 俺は、客人のセシリアとリゼルと共に夕食を済ませ、ゆっくりと風呂に入った後、寝室でくつろいでいた。


 広々としたベッドに腰掛ける俺の隣では、同じく腰を下ろした婚約者のセシリアが、幸福に満ちた笑みを浮かべていた。


「ふふっ。この衣装、本当に可愛らしいですわね。ゼノス様は、素晴らしい発想をお持ちです」


 彼女が身につけているのは、俺が「こんなこともあろうか」と思い――彼女のために特別に用意した、犬をモチーフにした部屋着だ。


 月の光を吸い込むような、オフホワイトのふわふわとした生地。

 ぴょこんと立った耳と、動くたびにふりふりと揺れる尻尾がついた、愛らしいデザインだ。その滑らかな手触りは、きっと誰もが触れてみたくなるだろう。


 セシリアは、その衣装を心から気に入ってくれたらしい。


 くるくるとその場で回り、尻尾が揺れるのを楽しんでいる。

 まるで、しっぽを振る子犬のような、無邪気な仕草だ。


 その姿に、俺は自然と頬が緩むのを感じた。


 そういえば、ゲームシナリオのセシリアは――

 リアム王子が掲げる「奴隷制度の廃止」や「亜人種への差別撤廃」といった理想に強く共感し、彼と親交を深めていった。


 特に「獣人」との共生には強い関心を持っていたはずだ。



 用意したコスプレ衣装をこれほど喜んでくれて、俺もつい調子に乗ってしまった。


「ははは。実は俺も、獣人との共生を目指していてね。いずれは、彼らと対等に――手を取り合える世界を築きたい、と考えているんだ」


 口から出まかせの、調子のいいことを口走る。


「まあ! ゼノス様、なんて素晴らしいお考えなのでしょう! もし私にできることがあるのなら、ぜひ協力させてくださいませ!」


 セシリアは、深い蒼色の瞳をキラキラと輝かせ、俺の手をぎゅっと握りしめた。

 その指先から伝わる熱が、俺の掌にじんわりと広がる。


 ……しまった。


 俺は将来、「現状の制度を維持」することを求める軍事同盟のトップとして暗躍するはずだった。獣人やエルフと殺し合う関係を継続したい勢力だ。


 なのに、完全に真逆の目標を口にしてしまったのだ。


 一瞬、そう思ったが、すぐに「まあ、いいや」と開き直る。

 俺の目的はあくまで「勝利」すること。


 セシリアがこれほど喜んでくれるなら、獣人差別の廃止を政策の一つに加えてやってもいいだろう。現に、エルフ族とはすでに同盟を締結したばかりだ。



 ***


 俺はセシリアの衣装の、モフモフとした犬の耳を指で撫でながら、今後の勢力拡大についてぐるぐると考えを巡らせる。しかし、複雑な要因が絡み合い、最終的な結論は出なかった。


 まあ、なんとかなるだろう。


 俺がそうやって気持ちをリセットしていると――

 部屋のドアがコンコン、と控えめにノックされた。


 その音は、静かな部屋にやけに響く。


「リゼルか? 良いぞ、入ってこい」


 入室を許可したが、なかなか扉は開かない。


 しばらくして、意を決したように扉がゆっくりと開いた。

 そこに立っていたのは、猫のコスプレをしたリゼルだった。


 夜の闇を思わせる、艶やかな黒い生地の部屋着。

 頭にはピンと立った猫耳、そして腰からは長い尻尾が伸びている。


 彼女は、恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながら、入り口でもじもじとしていた。

 俯いた顔に、長い前髪が影を落としている。


 彼女がセシリアよりも遅れてきたのは、いつもの「身体検査」が長引いたためだろう。……いや、セシリアにコスプレ姿を見られるのが恥ずかしくて、入室を躊躇っていたのか?


 いずれにせよ、彼女が可愛いことに変わりはない。


「あ、あの……な、なによ、この衣装……。あんたが、どうしても着ろっていうから、仕方なく、着てあげただけなんだからね……っ」


 セシリアがこの部屋にいるせいか、リゼルはツンデレの「ツン」モード全開だ。

 俺と二人きりの時はいつもノリノリなのに、今日は随分と大人しい。


 そんなリゼルを見て、セシリアが「ぱあっ」と目を輝かせた。


「まあ! リゼル様、とっても可愛らしいですわ!」


 どうやら、犬好きのセシリアは、猫も大好物だったらしい。

 その瞳には、獲物を見つけたような、純粋な好奇心が宿っていた。


 俺はベッドから立ち上がると、固まっているリゼルをひょいと横抱きにした。


 その体は、想像以上に軽かった。

 そしてそのままベッドへと運び、俺の隣にそっと座らせる。


 彼女の左右を、俺とセシリアが固める形になった。


「本当にかわいいですわ、リゼル様」


 セシリアが、うっとりとした表情で、リゼルの猫耳を優しくもふもふと撫で始める。その指先が、柔らかな毛並みをゆっくりと辿る。


「俺の自慢のペットだからな」


 俺がそう言うと、リゼルはカッと目を見開いて激怒した。


「だっ、誰があんたのペットですってー!!」


 その抗議の声を、俺は彼女の柔らかい頬にキスをして封じる。

 フワリと甘い香りが鼻腔をくすぐった。


 すると、彼女の怒りは一瞬で霧散した。


「ふ、フニャン……ッ!」


 リゼルは、猫のような可愛らしい鳴き声を上げ、嬉しそうに顔をさらに赤らめる。

 その小さな体が、震えているのが分かった。


「まあ、可愛い」


 セシリアも、そんなリゼルの反対側の頬に、ちゅっとキスをした。


 俺とセシリアは、まるで貴重な宝物でも扱うかのように、二人でリゼルを愛でた。


 彼女の甘くか細い嬌声と共に――

 グリムロック邸の夜は、ゆっくりと更けていくのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ