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第35話  四人の生贄と一夜の契り

「いけません、姫様ッ!!」


 俺の背後で、カイルの悲痛な叫びが木霊した。

 硬い石畳に響くその声は、まるで折れた枝のように乾いている。


 リフィア姫のあまりにも大胆な提案に、彼は血相を変え、俺たちの間に割って入ろうと駆け寄る。だが、その前に姫の凛とした声が、彼の動きを縫い止めた。


「止めないで、カイル。これほどの大恩を受けて、何一つお返しできないとあっては、エルフヘイムの名折れです。私のこの身一つでは、少ないくらいなのですから」


 その言葉には、いかなる説得も受け付けない、王族としての固い決意が宿っていた。


 カイルは「しかし!」と食い下がるが、その表情に刻まれた焦燥とは裏腹に、リフィアの意思は揺るがない。彼女の翡翠の瞳には、一切の迷いがなかった。


 すると、今まで黙って成り行きを見守っていたシルフィアが、すっと一歩前に進み出た。彼女の淡い若草色の髪が、わずかな風に揺れる。


「でしたら姫様、このシルフィアも、ゼノス殿と夜を共にさせていただきます」


 ――ほう。


 極度の人見知りだと認識していたが、一度心を許した相手とは、普通に接するタイプらしい。だが、仲良くなったとはいえ、このようなことにまで自ら名乗りを上げるなんて、正直驚きだ。


 俺が意外に思っていると、それに続くように、さらに二人のエルフが「私も」「では、私もお側に」と静かに立候補した。


 どうやら俺にも、俗に言うモテ期とやらが到来したらしい。

 立候補した二人も、姫やシルフィアに劣らぬ、なかなかの美女だった。



 ***


 一人は、エルフの薬師、フローラ。

 長く編み込まれた蜂蜜色の髪と、穏やかな茶色の瞳。彼女の身からは常に、摘みたての薬草のような心地よい香りが漂っている。


 その香りは、彼女の放つ癒しの魔法のように、周囲の心を穏やかにする。



 もう一人は、エルフの偵察兵、ルナール。

 月光を思わせる冷たい銀色の瞳と、短く切りそろえられた藍色の髪が特徴的だ。スリムな体型は、俊敏な動きに適した軽装に包まれている。


 彼女から発せられるのは、張り詰めた弓の弦のような、研ぎ澄まされた空気。常に冷静で、感情を表に出さないタイプに見えるが、その視線は鋭く、俺の一挙一動を静かに観察している。


 つまり、姫、近衛、薬師、偵察兵。

 この四人と、俺は今宵一晩を過ごすことになるわけか。うむ――


 悪くない。実に悪くない。


 ふはははっ!!


 互いの価値観、そして力の在り方を理解し合うには、これ以上の機会はないだろう。


「まて、待つんだ! この男の要求に応じて、我らは同盟を結んでやったのだ! これ以上、生贄まで出す必要はない!」


 カイルが、今にも泣き出しそうな顔で叫ぶ。


「それに、この男が寝室で、どのような乱暴を働くかも分からんのだぞ! 危険すぎる!」



 「生贄」ねえ。

 なかなか酷いことを言ってくれる。


 まあ、人間とエルフは長年殺し合いを続けてきた仲だ。

 その警戒心も分からなくはない。


 だが、その言葉は、俺の気分を少しだけ高揚させた。


 カイルの必死の制止にも、リフィアたち四人の決意は変わらなかった。

 一度口にした以上、取り消す気はないらしい。


 エルフとは、かくも義理堅い種族なのか。


 追い詰められたカイルが、最後の妥協案を提示してきた。


「で、では、生贄は一人だけだ! おい、貴様! 姫様以外の三人の中から、好きな女を一人だけ選べ!」


 その必死の要求を、俺はにべもなく突っぱねた。


「馬鹿を言うな。この美しい乙女たちの中から、誰か一人だけを選ぶなどという、そんな残酷な真似ができるものか」


 俺は四人の美女を見渡し、そして宣言した。

 その声は、この場の空気を切り裂くように、力強く響いた。


「――四人とも、まとめて相手をしてやる。心配するな」


「「「「えっ?」」」」


 四人のエルフの瞳が、一斉に驚きで見開かれる。

 その場の時間が止まったかのようだ。



 ***


 寝室の準備ができたと、ミナとリーリアが呼びに来た。


「さあ、いくぞ。夜は短い」


 俺が四人を促すと、カイルが「待て!」と再び立ちはだかった。


 まったく、しつこい男は嫌われるぞ。


「そうだ、カイル。お前も来い」


「はあっ!? き、貴様、何を言っているんだ!?」


「俺が彼女たちに乱暴狼藉を働かないか、心配なんだろう? なら、お前のその目で直接監視させてやる。部屋に入れてやるから、ついてこい」


「なっ! しょ、正気か、貴様ッ!?」


 カイルが、信じられないものを見る目で俺を睨む。

 その青い瞳に、強い不信と困惑の色が浮かぶ。


「俺を信用してくれるのであれば、来る必要はないが?」


 俺がニヤリと笑って挑発すると、彼は悔しげに歯を食いしばった。


「……人間など、信用できるものかッ!」


「だったら、来いよ」


 結局、カイルは俺の無茶苦茶な提案を受け入れ、とぼとぼと俺たちの後をついて、寝室まで入ってきた。



 ***


 リーリアとミナが用意してくれた寝室は、劇場の二階にあるVIPルーム。

 王侯貴族が使うような、無駄に豪奢で広々とした部屋だった。


 煌びやかなシャンデリアの光が、磨き上げられた床に反射して揺らめいている。

 リフィアたちが恥ずかしがったので、ベッドの周りにはカーテンを用意させ、簡単な仕切りを付けた。


 だが、もちろん、声や気配は外にいるカイルにも丸聞こえだ。



 何かと報われない男、森の戦士カイル。


 これは、そんな彼への、俺からのささやかなプレゼントだ。

 ――存分に、楽しんでくれたまえ。


 俺は、美しい四人のエルフと、甘く長い夜を過ごした。


 最初は、カーテンの向こうで固唾を飲んでいるであろうカイルの気配を気にしていた彼女たちも、俺の巧みなリードに、次第に身も心も蕩かされていった。


 ベッドから漏れる甘い囁き声と、時折響く吐息が、カーテンの外で立ち尽くすカイルの耳に届いているだろう。


 やがて、彼女たちは彼の存在などすっかり忘れ、俺との愛を語り合うことに夢中になっていた。



 ***


 朝日が差し込む部屋で、四人のエルフたちは、安らかな寝息を立てて俺の腕の中にいた。

 温かい陽光が、彼女たちの透き通るような白い肌を優しく照らしている。


 そして、その白い肌には、それぞれ微かな光を放つ紋様が、まるで星の光のように、あるいは薄いタトゥーのように、ゆっくりと浮かび上がってきた。


 それは、主の魔力によってのみ刻まれる、絶対服従の証。そう、彼女たちは、この一夜の契りを経て、晴れて俺の「専用奴隷」となっていたのだった。


 部屋の隅で、魂が抜け殻のようになったカイルが、白目を剥いて壁に寄りかかっているのが見えた。


 その瞳には光が宿っておらず、まるで張り子の人形のようだ。


「……うっ、……うぅ」


 彼の口からは、かすかな嗚咽が漏れ続けている。

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