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第33話 交渉の切り札と魔物の召喚

 エルフの長の住まう家の広間には、静かな緊張感が満ちていた。


 厳かな木の柱が立ち並び、天井からは柔らかな木漏れ日が差し込んでいる。

 その中で、俺はグリムロック辺境伯の嫡男と名乗り、老練な指導者、エリュシオン・エルフヘイムと向き合っていた。


 広間に漂う木の香りが、俺の冷静さを保たせているようだった。



 ***


 回りくどい駆け引きは不要だ。


 俺は椅子に座ったまま背筋を伸ばし、彼の深い翠玉の瞳を真っ直ぐに見据えた。

 その眼差しは、森の奥深くを覗き込むような、底知れない静けさを湛えていた。


「単刀直入に申し上げます。私は、エルフ族との友好を心から望んでいます。――私と、同盟を組んでいただきたい」


 俺の言葉に、エリュシオンの表情は変わらなかった。


 だが、その瞳の奥に、一瞬だけ鋭い光が宿るのを俺は見逃さない。それは、交渉のテーブルについた獲物を値踏みするような、冷たい輝きだった。


「同盟、とな。……ゼノス殿、貴殿が我らの姫と民を救ってくれたことには深く感謝している。だが、同盟となれば話は別だ。それは、我ら一族の存亡に関わる、あまりにも重い決断だ」


 彼は手にした杖を、コツリと床に突いた。


 その静かな音が、広間に重く響く。


「おいそれと首を縦には振れぬ案件だ。仮に、王国からグリムロック家にエルフ討伐の勅命が下ればどうする? そもそも、貴殿の父君、現当主のガイウス・グリムロックは、エルフとの同盟など望んでおいでなのか?」


 想定内の、あまりにもっともな疑問だ。

 姫を助けたからといって、何百年も続く人間とエルフの間に横たわる、長すぎる闘いの歴史と、深すぎる憎しみの溝が埋まるはずがない。


 俺は正直に答える。


「父、ガイウス・グリムロックは、エルフとの同盟など望まないでしょう。今回の申し出は、完全に俺個人の独断です」


 俺がそう認めると、エリュシオンは深く、長い息を吐いた。


「であろうな。であるならば、なおのこと、貴殿と同盟など、こちらに何の得もない。一方的に我らの力を貸してくれと言われても、手を貸すことはできん」


 彼はそこで一度言葉を切る。


 その沈黙が、重く広間に満ちた。


「我が娘を助けてくれたことには、重ねて礼を言う。何か礼の品が欲しければ、我が一族の宝物庫から、望むものを進呈しよう。だが、同盟を結ぶことはできん」


 メリットがないから同盟は断る。

 だが、娘(シルフィア姫)の身柄が俺に握られている。


 だから、人質を円滑に返還してもらえるように、貴重品との交換で事を収めようというわけだ。実権のない俺のような貴族の子供と、一族の未来を賭けた同盟など組むはずがない。実に理性的で、クレバーな判断だ。


(……けどなあ。金や物じゃない。やはり、『エルフ族』という戦力が欲しいんだよな)


 彼らの弓術、魔術、そして森での戦闘能力。

 それらが魅力的なのは勿論のこと、歴史上「人間の敵でしかない勢力」を味方にできるのは、計り知れないほどの価値を持つ。


 それは本来、亜人との融和を訴えるリアム王子でなければ成し得ないことだが、ゲーム知識のある俺は彼を出し抜くことができる。


 俺は不敵な笑みを浮かべた。


「おっしゃることはごもっとも。ですが、私と同盟を組むメリットは十分にございます。――これから、それを皆様にご覧に入れましょう」


 俺がパチンと指を鳴らすと、影から音もなく一人の執事が姿を現した。


「お呼びでしょうか、ゼノス様」


 アシュラフの突然の出現に、広間にいたエルフたちが息を飲む。

 俺が強力な魔人を配下にしている事実は、すでに伝わっているはずだ。


 だが、今回の交渉で俺が用意した本当の切り札は、こいつではない。


「これから、この森にある魔物の『湧き点』へと向かいます。そこで、私の力をご覧に入れたい。この者が転移の魔法で皆様をご案内しますので、見分される方を選んでいただきたい」


 俺の提案に、エルフたちの間に緊張が走る。

 やがて、エリュシオンが重々しく口を開いた。


「……よかろう。その『力』とやら、この目で見定めさせてもらおう」


 希望者を募ると、エリュシオン本人に加え、先ほどのカイルを含む四人の戦士、合計五人が申し出た。長の身でありながら、自ら危険な場所へ赴き、真偽を確かめようとするその行動に、俺は感心した。


 彼らはアシュラフが展開した転移の魔法陣に乗り、一足先に光の中へと消えていく。


 俺はアシュラフが残した魔力の気配を頼りに、同じ場所へと転移した。



 ***


 転移した先は、森の中でもひときわ空気が澱んだ場所だった。


 湿った腐葉土の匂いが鼻を突き、地面からは冷たい湿気が這い上がってくる。

 木々の背丈は低く、葉は病んだように黒ずんでいる。


 光が届かず常に薄暗いこの場所は、存在そのものが世界の病巣のようだった。


「して、ゼノス殿。我らに見せたいものとは、一体?」


 エリュシオンが、警戒の色を滲ませながら俺に問う。


「俺の、能力ですよ」


 俺はそう言うと、地面に片膝をついた。


 その黒い土は、触れるとじっとりと湿っていた。俺は右の手のひらをべったりと付け、自らの膨大な魔力を、大地へと直接流し込んでいく。


 ドクン、ドクン、ドクン。


 まるで巨大な心臓が鼓動を打つかのように、足元の地面が力強く脈動する。


 俺の魔力が大地と共鳴し、その歪んだ脈拍が森の奥深くまで伝わっていくのが分かった。体中に電流が走るような、ゾクゾクする感覚だ。


 その瞬間、森中のいたるところから、邪悪な気配が次々と生まれ出る。


 地面が盛り上がり、ひび割れた土から腐臭を放つアンデッドが、血まみれの指で這い出してくる。

 木々の影が蠢き、ぬめりとした表皮を持つ異形の獣たちが姿を現す。

 ゴブリンのぎらついた黄色い目、オークの分厚い皮膚のざらつき、巨大な蟲の甲殻がきしむ音……。

 空には、漆黒の翼を持つガーゴイルの群れが、不吉な影を落としながら飛び交う。


 瞬く間に、俺たちの周囲は、地を埋め尽くすおびただしい数の魔物で覆われた。


 それは、闇と穢れが具現化したような、地獄の絵図そのものだ。


 歴戦の勇士であるはずのエルフたちは、完全に言葉を失い、弓を構えることすら忘れていた。


 これこそが、ゲームの「ラスボス」――

 ゼノス・グリムロックが最も得意とした能力【魔物召喚】。


「ご安心を。こいつらは皆、俺の下僕です」


 俺は立ち上がり、服についた土を払いながら、勝利を確信した笑みを浮かべた。


「ただ、所詮は魔物ですので、あまり頭は良くない。下手に刺激すると、私の命令を無視して襲いかかってくる危険もあります。皆様、どうかそこを動かないでいただきたい」


 軽い脅しを交え、俺は召喚した魔物の軍勢に向かって、高らかに命じた。


「聞け、我が僕たちよ! これより進軍を開始する! 目指すは南西、ブランシュフォール辺境伯領! 目に付く『兵士』を襲い、『領主の城』を蹂躙せよ!」


『『『グォオオオオオオオ!!!』』』


 俺の命令に、森が揺れた。


 何百、何千という魔物の雄叫びが一つになり、地響きを伴って森全体を震わせる。


 それは、耳を劈く(つんざく)ような轟音であり、同時に俺の力を証明する勝利の凱歌だった。そして、その大群が、まるで黒い津波のように、木々をなぎ倒し、大地を踏み鳴らし、空を覆い尽くしながら――


 ブランシュフォール領目指して一斉に移動を開始した。


 俺は、唖然としてその光景を見送るエルフの長に向き直り、最高の「どや顔」でこう言ってやった。


「これが、『俺の力』です、エリュシオン殿」

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