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第31話 姫の願いと森の掟

 俺はファーマとリーラの二人を、劇場の支配人たちに紹介した。

 彼女たちは、先日オークションで落札した踊り子と歌姫だ。


 【変身の指輪】を付けている彼女たちの姿は、元々の美しさを保ちつつも、完全に別人に見える。


 実際に彼女たちの姿を見たのはオークションの参加者だけ――

 この変身は、もし彼女たちを狙う者がいても、その目を欺くためのもの。


 劇場の客にとっては、彼女たちの素性などどうでもいい。ただ美しい姉妹の歌と踊りを堪能できれば、それで満足なのだから。


 一通りの引き継ぎを終えると、俺は劇場の地下にある自室で仮眠をとることにした。


 睡眠不足は判断を鈍らせる。


 司令官として、体調は万全にしなければならない。

 眠れるときに眠っておくのが戦場の鉄則だ。



 ***


 結局、五時間ほど泥のように眠ったところで、リーリアとミナに叩き起こされた。


 時刻は正午。


 差し入れの昼食を胃にかきこみ、頭がはっきりしてきたところで、俺はエルフたちの様子を見に行くことにした。


 彼女たちは地下の客室で、仲間たちと体を休めているはずだ。



 部屋の扉を開けると、ほのかに薬草の香りがした。


 エルフたちが持ち込んだものだろうか。

 部屋の奥では、治療を終えたエルフたちが静かに休んでいた。


 俺が足を踏み入れると、エルフの姫であるリフィアが、すっと立ち上がり深々と頭を下げた。


「ゼノス殿! この度は、我らを助けていただいたこと、改めて心よりお礼を申し上げます」


 そのプラチナブロンドの髪が、照明の光を受けてきらめく。

 優雅で気品のある所作。


 彼女が特別な存在であることを、一目で感じさせた。


「なに、当然のことをしたまでですよ。それに、私自身、前々からエルフ族の皆様とは、ぜひ友好な関係を構築したいと考えておりましたので」


 俺は爽やかな笑みを浮かべ、適当な調子のいいことを言う。

 腹の底では、同盟関係を構築したいという打算でいっぱいだが、そんな下心は顔には出さない。


 リフィア姫は、その翠玉すいぎょくのような瞳をぱっと輝かせた。


「まあ……。人間の中にも、そのように考えて下さる方がいらっしゃるとは。驚きました」


 よし、いい反応だ。


 俺が知るゲームの中の彼女は、種族間の融和を掲げるリアム王子の理想に強く共感するキャラクターだった。


 この世界でも、彼女の根幹にある性質は変わらないらしい。

 俺の言葉は、彼女の心に真っ直ぐ響いているようだ。


「今回救出いたしました皆様の治療が終わり次第、皆さんをエルフの森まで、責任をもってお送りしましょう」


 そう告げると、リフィア姫は感激に声を弾ませた。


「まあ! 重ね重ね、なんとお礼を申し上げればいいのか……」


 治療の経過から見て、出発は明日になるだろう。

 つまり、もう一晩滞在してもらうことになる。


 だが、その前に済ませておくべきことがある。


「ですが、その前に一つお願いが。皆様をお送りするにあたって、まずはエルフの森の長と正式にご挨拶をしておきたいのです。よろしければ、紹介状のようなものを書いていただけませんか?」


「もちろんですわ。でしたら、私のこの髪飾りを……」


 リフィア姫が、プラチナブロンドの髪に挿された美しい飾りに手を伸ばした、その時だった。


「お待ちください、姫様!」


 今まで黙って控えていたシルフィアが、静寂を破るように割って入ってきた。


「ゼノス殿、まさかお一人で我らの長に会いに行くおつもりですか。それはあまりにも無謀です。どうか、この私をお供させてください」


 シルフィアは、射抜くような真剣な眼差しで俺に訴えかけてくる。


 ……ふむ。それもそうだな。

 人間とエルフは長年戦争をしている。


 一人では危険すぎる。


 それに――

 囚われたエルフを助け、親切に送り届ける。

 それだけでは俺はただの「良い人」で終わってしまう。


 それでは、俺の最終目的である「エルフ族との同盟締結」は達成できない可能性が高い。


 彼女たちを送り届けたその場で挨拶をしてもいいが、それではエルフの長にとって、俺という存在の重要性が薄れてしまう。


 できれば、彼女たちの身柄を俺が保護している、この優位な状況で一度トップと顔を合わせておきたかったのだ。


 だが、そんな腹黒い下心を持って一人で乗り込んでも、話し合いにすらならないかもしれない。エルフは人間を信用していない。


 最悪、問答無用で戦闘になる可能性だってある。


 こちらの意図とこれまでの経緯を説明してくれる通訳として、シルフィアの同行は必要不可欠だろう。


「……わかりました。では、シルフィア殿。ご同行をお願いします」


 俺が頷くと、彼女は「お任せくださいっ!」と力強く応えた。


 こうして、俺はシルフィアを伴い、エルフの森『シルヴァン』へと向かうことになった。



 ***


 もちろん、事前準備は怠らない。


 俺はすでにアシュラフを先行させている。

 あいつの魔力反応を目印にすれば、行ったことのないエルフの森にも転移が可能になる。


「では、行きます。私の手をしっかりと握っていてください」

「は、はい!」


 人見知りを発動させたのか、少し顔を赤くしたシルフィアの手を握り、俺は転移の魔法を発動させた。


 空間が歪み、視界がぐにゃりとねじれる。


 一瞬の浮遊感。

 腹の底がぞわりと震えるような感覚。


 そして次の瞬間、俺たちは湿った土と深い緑の匂いに包まれていた。

 転移した先は、鬱蒼と茂る森の中だった。


 木々の隙間から差し込む光が、幻想的な光の筋となり、地面に落ちる。

 足元には、苔むした岩と、黒々とした土。


 鳥のさえずりや、風が木々を揺らす音が、静かに響く。



 ――あれ?


 おかしいな。

 目印のはずのアシュラフの姿が、どこにも見当たらない。


 いつもなら、転移した瞬間に「お見事でございます」などと胡散臭い笑顔で出迎えてくるはずなんだが。


 代わりに、俺たちの目の前には、数名のエルフが立っていた。


 全員が、森に溶け込むような緑色の狩装束を身につけている。

 彼らの耳は、葉のように細く尖っていた。


「なっ! なんだ貴様は!?」

 一番手前のエルフが、鋭い声で叫ぶ。


「どこから現れた! 突然目の前に!!」

 緊迫した空気が、周囲の音をかき消す。


「に、人間か? ……いや、待て、隣にいるのは……えっ? シルフィアじゃないか!」


 どうやら俺は、森の外へと向かおうとしていた五人組のエルフの、目の前に転移してしまったようだ。


 彼らは一瞬で状況を判断すると――

 背負っていた弓を手に取り、素早く矢をつがえる。


 カチリ、と硬質な音が森に響く。


 五本の鋭い矢じりが、寸分の狂いもなく、俺の心臓へと向けられていた。

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