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第30話 砂漠の星と二つの魔道具

 昨日は、本当に大忙しだった。

 怒涛の一日だったと言っていい。


 まず闇オークション『影の響宴』に参加し、最終日に出品された踊り子と歌姫の姉妹を八十万金貨という正気を疑う金額で競り落としてしまった。


 その途方もない金額を思い出すだけで、今でも胃のあたりがキリキリと痛む。


 予想外の散財に打ちひしがれながら、金策のために「おっぱい貯金箱」を考案。その後、暗殺者の襲撃を受け、これを撃退した。驚いたことに、暗殺者たちはエルフで、話を聞けば姫が人質に取られているという。


 エルフ・シルフィアの懇願を受け、俺は単身(と下僕一人)でブランシュフォール辺境伯の屋敷に殴り込み、地下牢からエルフの姫リフィア・エルフヘイム様御一行の救出に成功した。


 気がつけば、窓の外はとっくに白んでいた。


 劇場の外に出ると、窓枠から差し込む朝の光が世界をほんのりと照らしている。

 冷たい空気が肺を満たし、昨日の出来事が夢ではなかったことを実感させる。


 そもそも、アルビオン・ディ・ブランシュフォール辺境伯が俺の命を狙ってきたのは、オークションで踊り子と歌姫の姉妹、『ファーマ』と『リーラ』を俺が競り落としたからだろう。


 競りで負けた腹いせに、逆恨みで殺しにかかってくるとは――

 いささか器が小さすぎる。


「悪役としては三流だな」

 

 俺はため息交じりにそう呟いた。


 ***


 

 ブランシュフォールの屋敷から救出したエルフは、姫を含めて十八人。


 俺の屋敷を襲撃してきたシルフィアたち五人を合わせると、合計二十三人ものエルフが、現在、俺が所有する劇場の地下施設に滞在している。


 まずは彼女たちの心身を休ませなければならないし、そもそも今日から劇場のプレオープンも始まる。


 ……学校はしばらく休むことにした。

 授業をサボることに多少の罪悪感はあるが、今はそれどころじゃない。


 劇場は雇った従業員に任せているので運営上の心配はない。


 地下にはいざという時のために食料や衣料品の備蓄も充実させてあるので、急に人口が増えても慌てることはない。


 だが、俺は司令塔として、しばらくこの地下施設に詰めていた方がいいだろう。


 司令官気分で少し気分が高揚している。


 俺は一度屋敷に転移し――

 世話係のリーリアとミナを連れて再び劇場の地下へ戻った。


 *** 



 そして、もう一度屋敷に転移する。

 今度は自室ではなく、屋敷の地下。


 石造りの冷たい廊下を進み、最も豪華で、最も警備が厳重な部屋の前に移動した。重厚な木の扉を、コンコン、と軽くノックする。


 ノックの音が地下の静寂に吸い込まれていく。


 この部屋は、オークションで落札したファーマとリーラにあてがってある。


 一国を動かせるほどの金額(金貨八十万枚)で購入したのだから、相応の待遇と警備を用意するのは当然だ。警備に関しては、彼女たちの身の安全のためでもある。


 彼女たちには内緒で、王女エレノアにつけているものと同系統の魔道具を装着させている。首筋にぴったりとフィットする、黒いレースのチョーカー。


 間近で見ても精巧な装飾品にしか見えないそれは、触れるとひやりと冷たい。


 その機能は三つ。

 発信機、盗聴器、そして装着者の魔力を著しく阻害する魔力制御だ。


 奴隷契約を結んでいない代わりに、この魔道具【調教の首輪】を装着させている。物騒な名前と機能は教えていないため、彼女たちは単なる装飾品だと思っているはずだ。


 盗聴機能のおかげで、二人の会話はある程度把握している。


 この姉妹は非常に用心深く、二人きりの時ですら込み入った話はほとんどしない。だが、どうやら俺の元から逃げ出す気はないらしい。自分たちがグリムロック辺境伯家の跡取り息子に購入されたことは理解しているようだ。


 ただ、俺の真意は読み切れていないようだ。「自分たちを何に、どう使うつもりなのか分からないので、まずは様子を見るしかない」というのが、彼女たちの結論らしい。


(――狙いも何も、君たちを落札したのは想定外の事故だ)


 何か壮大な野望や、後ろ暗い目的があると思われているようだが、そのうちこの壮大な誤解も解けるだろう。


 俺のノックに、中から「……どうぞ」と澄んだ声が返ってきた。


 

 ***


 部屋の中に入ると、まるで摘みたてのジャスミンのように、甘く爽やかな香りがふわりと鼻をくすぐった。


 二人の美しい姉妹が、ソファから立ち上がり、警戒するように俺を見つめていた。姉は黒曜石のような艶やかな黒髪を持つ気品あふれる踊り子、妹は月光を思わせる銀の髪を持つ儚げな美しさの歌姫だ。


 姉のファーマが妹のリーラをかばうように、俺の前に一歩踏み出した。

 その動きには迷いがなく、妹を守るという強い意志が感じられる。


「どのような御用でしょうか?」


 その声には、媚びも怯えもない。


 ただ静かな意志の強さが宿っている。

 琥珀色の瞳の奥に、わずかな緊張と、それを上回る好奇心の色が揺れているのが見て取れた。


「移動する。最初に話した通り、君たちには俺の劇場で、ダンスと歌を披露してもらうことになる」


「……それだけ、ですか? 私たちとは奴隷契約も結んでいませんのに。あれだけの金額で購入されて、一体どういうおつもりですの?」


 その質問は、できればやめてほしかった。


 八十万金貨という、「反乱のための軍資金」に開いた大穴が、また広がるような感覚だ。劇場に「華」が欲しかっただけで、それ以上のことは本当に何も考えていなかったんだ。


「なに、ちょっとした気まぐれだよ」


 俺はそう言って、懐から二つの指輪を取り出し、彼女たちに手渡した。


 これは、俺が以前に作った魔道具【変身の指輪】だ。

 装着者の姿に対する、他者からの「認識」を阻害する効果がある。


 要するに、正体を隠すための魔道具だ。


 この二人はどういうわけか注目を集めている。

 現に、逆恨みした辺境伯から暗殺者まで送り込まれてきた。


 安全のためにも、顔を変えて活動してもらう必要がある。


「その指輪と、今つけているチョーカーを決して外さないこと。それが、君たち二人を奴隷にしないための条件だ」


 俺がそう告げると、姉のファーマは一瞬だけ逡巡したが、やがて静かに頷いた。その表情には、警戒心に加えて、ほんの少しの安堵が浮かんでいるように見えた。


「……わかりました」


 二人は素直に指輪をその指にはめてくれた。


 すると、彼女たちの姿がふわりと揺らめき、まるで水面に映った光が揺れるように、別人のものへと変わる。


 元の二人と同じ髪の色とレベルの美貌を保ったままだが、誰もこの二人をオークションで話題になった『ファーマ』と『リーラ』本人だとは認識できなくなる。


 そういう魔法だ。

 これで、二人が直接狙われるリスクはかなり減るだろう。


「よし。では、俺の手を握って、目を瞑っていてくれるかな」


 二人がこくりと頷き、目を閉じたのを確認し、俺は転移の魔法を発動させた。


 

 ***


 一瞬、全身の血液が逆流するような、胃が浮き上がるような浮遊感。

 次の瞬間、俺たちは劇場の地下にある、広々とした一室に到着していた。


 空気が変わった。


 さっきまで屋敷の地下に漂っていた静寂とは違う、微かな賑わいと、調理場の匂いが混じった活気を感じる。


「もう、目を開けていいよ」


 彼女たちには今日から、この劇場型レストラン【砂漠の星】で踊り子と歌姫として活躍してもらう。他の演者や従業員との打ち合わせもこれから必要だ。


 地下には、彼女たちのための豪華なプライベートルームも用意してある。

 不自由はさせない。


 だから、存分にその才能を発揮して、稼いでくれ。


 ――頼むよ、マジで。

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