第27話 沈黙のエルフ
屋敷の庭に駆け付けた警備兵たちに、侵入者五名を捕らえたことを手短に伝えると、彼らは即座に事後処理に取りかかった。
俺は残りの処理を任せ、意識を失った侵入者たちと共にその場から転移した。
転移したのは、俺が経営する劇場の地下だ。
ひんやりとした空気が肌を撫でる。
劇場は有事の際の拠点としても使えるよう、非常に頑丈に作られている。
特に地下は、分厚い魔力障壁と物理障壁で何重にも守られていて、多少の戦闘ではびくともしない。
今はまだ開店前で、この広い施設には信頼できる警備の者しかいない。
尋問するには、屋敷よりもここの方が都合がいい。
俺は意識を失った五人のうち、リーダーらしき一人だけを回復薬で目覚めさせ、向かいの椅子に座らせた。
木製の椅子がきしむ音が、静かな地下に響く。
「さて。単刀直入に聞こう。君たちはどうして俺の家に侵入したんだ?」
椅子に座り、穏やかに問いかける。
***
彼女の名前はシルフィア。
意識が朦朧とする中で聞き出した情報だ。
若草のような鮮やかな緑色のポニーテールは、微かな光を反射して煌めいている。
射抜くような鋭い青い瞳が、俺を真っ直ぐに捉えていた。
小柄ながらも全身は鍛え抜かれ、無駄なく引き締まっているのが、深緑色の革鎧の上からでも見て取れる。
その姿からは、ただならぬ歴戦の気配が漂っていた。
そして何より、彼女の耳は人間よりも細長く、先端が尖っていた。
──エルフ。
神話の時代から森に住まうとされ、長命で強大な魔力を持つ種族。
侵入者たちが人間としては規格外の魔力を持っていたのは、彼女たちが純血のエルフだったからか。
それに美しさも兼ね備えている。
「……」
俺の問いかけに、シルフィアは黙り込んでいる。
硬く閉ざされた口元からは、一切の感情が読み取れない。
最初に名前だけは教えてくれたが、それ以外は完全にだんまりだ。
彼女の胸元には、薄紫色の紋様が、血が滲んだかのように肌に焼き付いていた。
魔力で刻まれた奴隷の証――。
その戒めは俺の【魔封印】によってすでに効力を失っている。
彼女の肌から奴隷紋を消し去ってやった。
衰弱状態から回復させて、奴隷から解放してやったのだ。
こちらがこれだけ友好的に話を聞こうとしているのに、なぜ口を開かないのか。
まだ俺を信用しきれていない。
ということか――
もう少し俺の考えを伝えて、彼女の警戒を解く必要がありそうだ。
これほど強力な魔力を持つエルフたちが「魔力奴隷」にされていたのは、おそらく『古代の奴隷契約書』でも使われたのだろう。
そうでなければ、これほどの使い手を縛り付けることなど不可能だ。
***
「俺は君たちを処罰する気も、危害を加える気もない。君が素直に事情を話してくれるなら、別室で休ませている君の仲間の治療もこちらで請け負おう」
シルフィアはわずかに顎を引いたが、視線は俺から外さない。
その瞳は依然として鋭い光を宿したままだ。
まるで鋼の壁のように、俺の言葉を跳ね返しているかのようだ。
「君は無理やり奴隷にされていたんだろう? その奴隷契約を解除したのは俺だ。俺にはどのような奴隷契約でも無効化する能力がある。君の仲間も、全員奴隷の身から解放できる」
沈黙が重くのしかかる。
これでもダメか……。
彼女の表情は微動だにせず、まるで彫像のようだ。
「人間を信用できない気持ちは分かる。人間と君たちエルフは、長らく戦争状態にあるからね。だが俺は、その馬鹿げた戦争を終わらせたいと思っている。人間とエルフが、互いを尊重し、対等に付き合える世界を築きたいんだ。できることなら、そのために君に協力してほしい」
俺の熱のこもった呼びかけにもかかわらず、シルフィアはぴくりとも動かない。
(おかしいな。ゲームでは、これでエルフと仲良くなれたはずなんだが……?)
俺の知るゲーム『光と闇の戦記 〜王子リアムの大冒険〜』の主人公、リアム王子。彼は幼い頃から光の神アウロラの加護を受け、戦争の終結と多種族との融和を理想に掲げていた。
この世界において奴隷制度は一般的で、倫理的に悪と断じる者は少ない。
だが、光の神の教えを重んじるアースガルド王家には、奴隷制度を快く思わない者たちが代々存在した。リアム王子は、エルフ族との停戦交渉で高潔な理想を語り、交渉の場にいたエルフ族の姫リフィア・エルフヘイムを味方につけるのだ。
今回、俺はそのシナリオを参考に彼女に語りかけたのだが、どうにも反応がない。
***
俺はエルフ族をぜひ味方に引き入れたい。
俺の最終目的は「多種族を差別する世界の維持」ではなく「きたるべき世界大戦で勝利すること」だ。そのためなら、エルフへの差別撤廃など安いもの。
それを条件に、強力な魔力を持つ彼らと同盟を結びたい。
これは、旧弊な考えに凝り固まった親父には絶対にない発想だ。
だからこそ、エルフ族との繋がりは、何かと俺を殺したがる親父に対する、極めて大きなアドバンテージになる。いざという時のための切り札は、多ければ多いほどいい。
……だが、彼女の反応は驚くほど悪い。
くそっ。
(何かアプローチを間違えたか? 奴隷契約を解除したのは彼女一人だけで、仲間たちは別の部屋に隔離している。人質を取って交渉している形になっているから、警戒されているのか? だが、こちらも屋敷を襲撃されかけたんだ。無警戒で捕虜を尋問できるわけがない)
まずい。
もう言葉が出てこない。
どうすればエルフを仲間にできるんだ?
理想を語るだけではダメなのか?
やはりイケメン王子のカリスマが必要なのか?
俺は困り果てた内心を完璧に隠し、あくまで余裕のある笑みを浮かべ、シルフィアを優しく見つめ続ける。
どうしよう、何か言わなきゃ。
何か……。
俺が焦り始めた、その時だった。
「あ、あの……」
沈黙を破り、シルフィアが小さな声で口を開いた。
その声は、張り詰めた地下の空気に微かに震えていた。
「わ、わたしはっ……その、あまり、喋るのが、と、得意では、なくて……。……助けて、もらって、感謝、している」
途切れ途切れの、か細い声。
鋭い眼光とは裏腹に、その顔は真っ赤に染まっている。
耳の先端まで赤くなっているのが見て取れた。
……どうやら彼女は、歴戦の戦士であると同時に、極度の人見知りのコミュ障だったらしい。俺の怒涛の演説に、どう返事をしていいか分からず、完全にフリーズしてしまっていたようだ。
俺は内心の安堵を押し殺し、努めて優しく微笑みかけた。
「そうだったのか。すまない、一方的に話しすぎてしまったな。焦らなくていい。ゆっくりでいいから、君のことを教えてほしい」
その言葉に、シルフィアは少しだけ表情を和らげた。
強張っていた肩の力が、ほんのわずかに抜けたように見えた。
そして、まず彼女が求めてきたのは、仲間の治療と、全員の奴隷契約からの完全な解放だった。
俺はもちろん、それを快く引き受ける。
すると彼女は、少し躊躇った後、さらに重大な頼みごとを口にした。
意を決したように、真っ直ぐに俺の目を見つめる。
その瞳には、今度こそ明確な意志の光が宿っていた。
「でしたら、もう一つ……お願いがあります。私たちエルフの姫、リフィア・エルフヘイム様を……どうか、救い出すのを手伝ってはもらえないでしょうか」
――エルフの姫。
その言葉を聞いた瞬間、俺の口元が思わず緩んだ。
願ってもない要請だ。
これ以上ないほど、最高の展開だった。




