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第25話 狂宴の競売と破滅のサイン

 『影の響宴』、その初日。


 煌びやかな光が降り注ぐ特設ステージでは、次々と常軌を逸した「商品」が披露され、それに劣らぬ狂的な熱気と共に競り落とされていく。会場を包むざわめきと、時折響く高らかな叫び声が、異常な熱気を加速させていた。



 山のように巨大な魔獣が二万三千金貨。


 その鱗は鈍く光を反射し、息遣いさえ感じさせる。

 死者を使役するという古代の魔道具が、貴族同士の熾烈な争いの末に一万五千金貨。禍々しいオーラを放つその品は、観衆の視線を集めていた。


 果ては、どんな相手も強制的に魔力奴隷にするという、使い切りタイプの『古代の奴隷契約書』が一枚五千金貨で取引される始末だ。


 使い古された羊皮紙には、血のような模様が浮かび上がっている。

 奴隷本人より高価な契約書とは、皮肉なものである。


 俺は、次々と繰り広げられる金の殴り合いを冷静に観察しながら、ある一つの違和感を覚えていた。


(……妙だな)


 貴重な魔獣や、失われたはずの古代遺物。

 それらを差し置いて、なぜ、ただの人間の姉妹が、三日間にわたるこの狂宴の、最後を飾る「目玉商品」たり得るのか?


 わずかな引っ掛かりを覚えたが――

 オークションの流儀に疎い俺は、ひとまずその疑問を心の隅に押しやった。


 そして、運命の三日目の夜が訪れた。


 会場の喧騒は、これまで以上に高まっている。

 熱気と期待が入り混じったざわめきが、まるで生き物のように蠢いていた。ついに、俺たちの目当てである「商品」が、煌々と照らされたステージへと姿を現す。


「皆様、お待たせいたしました! この『影の響宴』、その最後を飾る至宝の登場でございます! 砂漠の王国ザハラより舞い降りた、二輪の華! 姉の名は『ファーマ』、そして妹の『リーラ』!」


 オークショニアが芝居がかった声で紹介すると、ステージに二人の少女が姿を現した。スポットライトを浴びた二人の姿は、まさに絵画のようだった。


 姉は、黒曜石のごとく艶やかな黒髪を持つ、気品あふれる踊り子。

 滑らかな絹の衣装が、彼女のしなやかな肢体を強調する。


 妹は、月光を思わせる銀の髪を持つ、儚げな美しさの歌姫。

 その薄い唇からは、今にも歌声がこぼれ落ちそうだ。


 その姿に、会場全体からため息のような熱狂が渦巻いた。

 空気は一瞬にして張り詰め、すべての視線が彼女たちに釘付けになる。


「さあ、競売を始めましょう! この二輪の華、セットで三千金貨より! 競りは所定のハンドサインにてお願いいたします!」


 実際の競りには、代理としてバルタザールを立てている。

 商会の跡取りである彼なら、そつなくこなしてくれるはずだ。


 オークショニアの合図と共に、会場のあちこちで静かに手が上がる。


「一万千!」「一万二千!」「一万三千!」


 オークショニアのコールに合わせて、次々とサインが切り替わっていく。

 その静かな応酬が、逆に異様な熱気を生み出していた。


 会場の空気が、金が飛び交う音で満たされていくようだ。


(ふん、まだ余裕だな)


 大勢が欲しがるものを金で制する。

 その征服欲を満たす高揚感は、何物にも代えがたいのだろう。


 いいぞ、もっとやれ。


 しかし、その余裕は金額が二万金貨を超えたあたりで、確かな違和感へと変わった。初日に落札された、あの巨大な魔獣の値を、すでに超えているのだ。


「二万五千!」「二万六千!」


 サインを出す者の数も、徐々に減っていく。


 そして――

 「三万!」というコールの後、オークショニアが一度手を制し、宣言した。


「これより、競りの単位を五千金貨とさせていただきます!」


 会場がざわめく。


 これまでの静かな応酬から一転、不穏なざわめきが広がる。

 この狂った値付けに、参加者はついに三者に絞られた。


 大商人イグナツィオ・ヴァラキア。


 辺境伯アルビオン・ディ・ブランシュフォール。


 そして、俺たちだ。


 ぎらついた赤い瞳で、大商人イグナツィオがサインを示す。

 「三万五千!」その顔には、勝利への執着がにじみ出ている。


 辺境伯アルビオンが、まるで戯れのように優雅な仕草で応じる。

 「四万!」彼の表情は読み取れないが、その余裕ぶりが不気味だ。


(いやいやいやいや、おかしいだろ!)


 俺の内心で、警報が鳴り響く。


 そして、オークションはさらに過熱していった。

 競りの単位はさらにあがり、五万金貨ずつ上昇していく。


「三十万!」


 ただの踊り子と歌姫に、なぜこれほどの値が付く?


「さ、三十五万!」


 隣で脂汗を流しながらも、バルタザールが震える手でサインを返す。

 彼の顔は青ざめ、額には冷たい汗が光っていた。


「四十万!」

 イグナツィオが返す。

 その声には、確かな圧力が込められている。


「四十五万!」

 アルビオンが続く。

 彼の指先が、まるで舞を踊るように軽やかに動く。


 こいつら、頭おかしいだろ!?


「ご、五十万……!」

 バルタザールが必死に応じる。

 彼の緊張は極限に達し、今にも途切れそうだ。


 もう無理すんな!


(……潮時だ)


 俺は撤退を決意する。

 これは異常な狂熱だ。


 これ以上付き合うのは危険すぎる。


 俺がバルタザールに視線を送ると、彼も助けを求めるようにこちらを振り返った。その表情から、彼もようやくこの狂った状況の危険性を理解し、俺の判断を仰いでいるのだと分かった。


 多くの貴族や商人から注目を集めている。

 ここで声に出して「辞めろ」とは言えない。


 俺は、相棒にだけ分かるよう、静かに一つ頷く――

 「もういい、降りろ」という合図だ。


 俺の意図を正確に読み取ったのだろう。

 彼の顔に、安堵の色が浮かんだのが見えた。


 バルタザールも力強くこくりと頷き返した。



 その直後、アルビオンが嘲るような笑みを浮かべ、指を六本立てるサインを示した。その笑みには、この競を制した確信が込められている。


「ろ、六十万ッ!!」


 オークショニアの声に、会場がどよめく。


 ざわめきが、まるで津波のように押し寄せる。


 ふう、と俺は胸をなでおろす。

 これで馬鹿げた金額を払わずに済んだ。


 だが、次の瞬間。


 バルタザールは震える腕を天に突き上げ、オークショニアに向け、指を八本広げるサインを高々と掲げたのだ。


 その腕は、まるで意志とは無関係に動いているかのようだった。



「は、八十万金貨ァァァァッ!!!」


 ――は?

 なぜ、お前が値を釣り上げているんだ?


 ……まさか、俺の合図を「行け! 限度額ぎりぎりを叩きつけてやれ!」と解釈したのか!?


 違う、そうじゃない!


 俺が頷いたのは「もうやめろ」という意味だ、この馬鹿がァァァッ!!


 俺の内心の絶叫は、もちろん誰にも届かない。



 シン……と、会場が静まり返る。

 先ほどの喧騒が嘘のように、沈黙が支配する。


 イグナツィオとアルビオンが、悔しげに歯ぎしりしながら、無言で手を下ろした。

 彼らの視線が、凍りつくような殺気を放っていた。


「は、八十万金貨! 八十万金貨! 他にはいらっしゃいませんか!? ……いないようです! 決まりだッ! こちらの紳士が落札されましたァァァ!!」


 カン! カン! と、落槌の乾いた音がホールに木霊する。


 その音は、俺の頭の中に直接響くかのように、ひどく耳障りだった。

 歓声と拍手が遠くに聞こえる。


 俺の頭は真っ白だった。


 これで軍資金は、ほぼ底をつく。

 ポーカーフェイスを崩さぬまま、俺は内心で途方に暮れていた。


 ふと、突き刺さるような視線を感じて目をやれば、競り負けた大商人と辺境伯が、殺意を込めてこちらを睨みつけている。


 彼らの目からは、業火のような憎悪が燃え上がっていた。


 隣では、常に冷静なはずのグレゴールまでもが顔面蒼白で固まっていた。彼の震える肩と滝のように流れ出る汗が、状況の異常さを物語っている。


 この異様な空気の中、ただ一人。


 状況を理解していないバルタザールだけが、満面の笑みで振り返った。

 その無邪気な笑顔が、今の俺にはひどく眩しかった。


「や、やりましたぞ、ゼノス様! わたくしめが見事、ご要望の品を競り落としました!」


 ……ああ、お前は良くやった。


 盛大にやらかしてくれたよ。

 こいつの、この能天気さが、今は少しだけ羨ましかった。

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