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第21話 じゃじゃ馬のしつけ

 今日は休日で、学園も休みだ。


 俺は朝から自室で、取り寄せた衣装のチェックをしていた。


 窓から差し込む朝日が、艶やかな絹の衣装を照らしている。

 それは、砂漠の王国ザハラで踊り子たちが身にまとうとされるもの。


 大胆に肌を露出したデザインながらも、煌めく金色の装飾が、どこか気品を漂わせている。


 うちのメイドのリーリアとミナに試着させてみたが、なかなかの見ものだった。


「ふむ、悪くない。俺が特別に作らせた獣人コスプレもよかったが、この異国情緒あふれる衣装というのもいいものだな」


 指先で、衣装のとろけるような滑らかな肌触りを確かめながら――

 俺は満足げに、一人ごちる。


 これは、奴隷商人ラザラス・ザイツの息子、バルタザールに進行させている「劇場型レストラン」で使うことになる衣装だ。


 店の準備も順調に進んでいるようなので、近いうちに一度、様子を見に行ってみよう。



 俺が踊り子の衣装に感心していると――

 執事が物音一つ立てず、影のように静かに入室し、来客を告げた。


「旦那様、お客様がお見えです」


「誰だ?」

「セシリア・ヴァーミリオン様でございます」



 セシリアか。

 俺の婚約者であり、現在、王子リアムと「浮気」中の女だ。


 最近の報告によれば、リアム王子は政略結婚の相手であるアドラステア帝国の姫、エリザベートとの仲を順調に深めているらしい。そちらが安定したことで、心に余裕でもできたのだろう。


 その片手間に、セシリアにも再びちょっかいをかけ始めたと聞く。


 そんな状況で、彼女が俺を訪ねてきた理由など一つしかない。

 俺との婚約破棄を、本格的に促すためだろう。


 彼女も、だいぶ焦れてきている頃合いだ。


(……これ以上、先延ばしにはできないか)


 俺は、冷たい床に響く自身の足音を気に留めず、彼女の待つ応接室へと静かに足を向けた。



 ***


「ゼノス様、単刀直入に申し上げます。婚約破棄のご予定を教えてください。すぐにとは言いません。ですが、なるべく早く……! こちらにも、リアム王子の妾となるための段取りというものがあるのです」


 応接室に入るなり、セシリアは張り詰めた糸のような焦燥に駆られた表情でそう切り出してきた。その声には、微かな震えが混じっていた。


 やはり、予想通りの話だった。


 彼女の焦りもよく分かる。


 俺との婚約を破棄してすぐにリアムと結ばれては、さすがに外聞が悪い。

 世間の噂が落ち着くまで、少し冷却期間を置く必要がある。


 そのためには、婚約破棄は早ければ早い方がいいというわけだ。



 では、こちらも計画を実行に移すとしようか。

 まあ、計画というほど大それたものでもないが……。


「なるほど、事情は分かった。では、最後に君の意志を確認させてもらおうか。本当に、この俺との婚約を破棄したいのかどうかを」


 俺はそう言うと、ソファから立ち上がり、彼女の元へとゆっくりと歩いていく。

 まるで、獲物を狙う肉食獣のように――


「確認も何もありません! 私に、あなたと結婚する意思など微塵もないのですから! そのために、あなたの言う通り、リアム様との仲を進展させたのではありませんか!」


 接近する俺を警戒しながら、セシリアは鋭い声でそう答えた。

 彼女の肩が微かに震えている。


「あなたが俺を嫌っているのは知っている。だが、男女の身体の相性というものは、実際に触れ合ってみなければ分からないものでしょう?」


 俺はそう言いながら、彼女に手を差し伸べた。


 掌を上にして、誘うように。

 これから、それを確かめてみませんか、という申し出だ。


 その瞬間、セシリアは弾かれたように素早く席を立つ。

 俺から距離を取るために――


 彼女の右手には、いつの間にか魔法のステッキが握られており、その杖の先端は俺の心臓を正確に捉えていた。



「ルカを倒した時のようにはいきませんことよ。この距離でも、弱い魔法ならすぐに撃てます。あなたが私を殴るよりも、早く――!」


 彼女の燃えるような真紅の髪が、その怒りを体現するようにきらめいている。


 ――綺麗だ。


 まるで生き物のように揺らめくその髪は、獲物を威嚇しているように見える。


 膨大な魔力が、部屋の空気をぴりぴりと震わせ、静電気のような圧力を生み出す。

 それが明確な敵意となって俺に向けられていた。


(……そこまで嫌われていたとは。少し傷つくな)


 いや、ある程度嫌われている自覚はあったが、いきなり杖を向けられるとは思わなかった。俺の視線が、一瞬だけ宙を彷徨う。


(……まあ、待て。俺の今のアプローチは、いくらなんでもマズかったか……?)


 最近、ピンク髪の伯爵令嬢・リゼルがやたらと熱烈に言い寄ってくるせいで、俺の女性に対する感覚が少し麻痺していたようだ。


 冷静になって振り返ると、婚約破棄を切り出された男が、いきなり「身体の相性を確かめよう」は、ない。


 完全に不審者だ。



 だが、俺は反省はするが、後戻りはしない。

 一度決めたことは、貫き通す。


 このまま、強引に推し進めることにした。


「では、試してみましょう。俺が君を確保するのと、君の魔法、どちらが早いか」


 俺が不敵に笑うと、セシリアは躊躇なく、俺に向かって魔法を放った。


 彼女の得意な火属性の魔法。


 ピンポン玉ほどの大きさの火球が、赫々とした光を放ち――

 まるで銃弾のような速さで俺の顔面めがけて飛んでくる。


 宣言通り、威力を抑えたスピード優先の魔法だ。


 とはいえ、これが直撃すれば、顔が丸焦げになって良くて重傷、悪ければ死ぬだろう。


 躊躇なく殺そうとしたぞ。

 この女――


(いくらなんでも、そこまで嫌わなくてもいいじゃないか……)


 内心の悲しみを顔に出さず、俺は涼しい顔を崩さない。

 そして、彼女に問いかける。


「――これで、気が済んだか?」


 彼女の放った火球は、俺に届く寸前、まるで水に落ちた火の粉のように、パチリ、と微かな音を立て、眩しい光と共にシュン、と音を立てて霧散した。


 俺の身体を中心に展開する「魔封印」の効果だ。


 消えかけた火の残像が、網膜に焼き付く。


「なっ……!?」


 セシリアは魔法が打ち消されたことにショックを受けていた。

 だが、それも一瞬のこと。


 すぐに気を取り直し、荒い息を吐きながら、火球を連射してくる。


 しかし、結果は同じ。


 すべての炎が、俺に触れることなく虚空に消えていく。


 俺はゆっくりと彼女に近づいていく。

 一歩、また一歩と、確実に間合いを詰める。


 そして、無駄な抵抗を続ける彼女の、杖を握るその手を迷いなく、がっしりと掴んだ。その手は、冷たく、そして震えていた。


「遊びはここまでだ。次は俺が、じゃじゃ馬を躾ける時間としよう」


 俺は無理やり彼女の身体を抱き寄せ、寝室へとエスコートしようとする。


「離しなさい!」


 セシリアは魔法で身体能力を強化し、俺の拘束を解こうとする。


 だが、彼女はすでに俺の「魔封印」の内側。

 彼女の魔力は霧散し、身体強化は発動しない。


 対して俺は、体内で魔力を循環させ、身体強化が可能だ。


 ふむ――

 この距離であれば、俺は無敵だな。


 セシリアは必死に抵抗するが、もはやどうにもならない。

 俺は部屋の外に待機していた執事に、聞こえるように命じる。


「彼女は今日、ここに泊まる。ヴァーミリオン家にそう連絡しておけ」


 それを聞いた彼女の抵抗が、一層強まった。


「あなたは……! リゼルと仲を深めているのでしょう!? 私にこのような真似をして、彼女になんて説明するつもりなの!」


(ほう、気づいていたのか。学園では普段通りにしていたつもりだが……。女の勘というのは侮れん)


「なんだ。嫉妬でもしてくれたのか?」


「だっ、誰が、あなたなんかにッ!!」


「安心しろ。乱暴をする気はない」


 無理やり身体を奪っても意味はない。

 彼女の心が、今はまだリアム王子に向いていることは分かっている。


 だが、女心は秋の空、とも言うしな。


 俺は彼女に傷を負わせないように、その抵抗する華奢な身体を、壊れ物でも扱うかのように優しく、しかし力強く抱え上げ、寝室へと向かった。


 夜は長い――

 彼女の心を少しでもこちらに向かせることができれば、上出来だ。

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