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第131話 決闘の切り札

 生意気な新入生、デビット・ハーグレイヴとの決闘を開始した。


 空は厚い雲に覆われ、薄暗くなっている。

 闘技場を囲む観客席には、噂を聞きつけた生徒たちが鈴なりに詰めかけ、その無数の視線が俺たちの挙手投足を固唾をのんで見つめていた。


 俺は、開始の合図と同時に、隠し持っていたペンを投擲し、完璧な先制攻撃を成功させる。

 魔界の姫ルシフィールの護衛であるミュリルから投擲術のコツを習い、暇なときに練習していた腕前は、今やかなりのものだ。


「うぎゃあっ!!」


 右腕に深々とペンが突き刺さったデビットは、あまりの痛みとショックに甲高い叫び声をあげた。


 それとほぼ同時に、デビットによって放たれた巨大な火球は、狙いを大きく狂わせ、俺のすぐ真横を轟音と共に通過していく。


 熱風が、俺の頬を舐めるように焼いた。


 俺の最大の切り札、あらゆる魔力を霧散させる【魔封印】は、今、その効果範囲を最小限に絞ってある。直撃でもしない限り、近くを通り過ぎただけの魔法を無効化することはないだろう。


 本当の実力を絶対に隠し通す必要はないが、こんな決闘で無暗に見せる気もない。

 

 俺の攻撃がヒットし、敵の攻撃は空を切った。

 好機――戦いの流れはこちらにある。


 だが、俺はここで一気に勝負を決めようとはせず、急いで距離を詰めることもなかった。まるで散歩でもするかのように、悠々と歩いてデビットに近づいていく。



 ***


「くっ……おのれ! なんという、姑息な手を……!」


 デビットは、血の滲む右腕を左手で必死に抑え、苦痛に顔をしかめながら、俺との距離を取るように後ずさっていく。そして、落とした魔法の杖には手を伸ばさず、その正面に新たな火球を作り出し始めた。


 だが、杖もなく、激しい痛みで集中力を大きく欠いているためか――その魔法の精度と威力は、先ほどとは比べ物にならないほど、目に見えて低い。拙い炎が、デビットの苦心を物語るように、不安定に揺らめいている。


 俺は、そんな彼にさらに追い打ちをかける。

 デビットに見せつけるように、ゆっくりと腰に差した剣を抜き放った。

 曇天の中で、鈍く光る刃。


 痛みに歪むデビットの顔に、明確な怯えの色が加わる。


 物理攻撃を食らった直後だ。

 こうして刃物を見せられるのは、怖いだろう。


「うっ、うわぁあああああっ!!」


 デビットは、怯えた精神で作り上げた不完全な魔法を、俺に向けてやけくそ気味に放った。不完全とはいえ、それでも人を殺傷するには十分な炎が、唸りを上げて迫ってくる。


 だが、俺は敵が魔法を放つ、そのタイミングを完全に見極めていた。

 攻撃と同時に、地面を転がるように横へ飛びのく。


 敵の攻撃を避けただけではない。

 避けながら、俺は手に持った剣を回転させるようにデビット目掛けて投げつけた。ほんの数秒前まで俺がいた場所を、威力の下がった炎の球が空しく通過していく。


 俺の投げた剣は、デビットの胸あたりに命中し、彼の上等な制服を無惨に切り裂いた。傷は浅いものの、そこからは確かに血が滲み、流れている。


 ぽたぽたと、汗のように赤い液体が地面を打つ。



 ***


 敵の魔法を転がって避けた俺は、その勢いのまま立ち上がり、一気に走り出してデビットとの距離を詰めた。


「ひっ! こ、このっ……!!」


 デビットは俺の接近を阻もうと、大急ぎで炎の壁を作ろうと魔法を展開する。

 周囲に陽炎のように薄く炎が発生した。この炎は勢いを増し、彼を守る盾となるだろう。


 だが、その魔法が完全に完成する前に。


 俺はデビットの胸ぐらを力強く掴み、空いた拳を敵の驚愕に見開かれた顔面に、思い切り打ち込んだ。


 どごっ!!


 湿った肉の潰れる音が、闘技場に響き渡る。


 デビットを守ろうとしていたか弱い炎は、一瞬で霧散した。

 俺の【魔封印】に触れた影響か、それともデビットの集中力が完全に途切れたせいか、それは分からない。


 とにかく、中途半端な魔法は消えた。


 俺はまだデビットの胸ぐらを掴んだままだ。

 このまま一方的に殴り続ければ勝てるだろう。だが、俺はここでデビットを放した。そして、観客席にまで響き渡るような大きな声で問いかける。


「まだ、続けるか。それとも、降参するか?」

「うっ、うぅっ……」


 デビットの闘志は、もう完全に消えていた。

 だが、大勢の生徒たちにこの無様な姿を見つめられる中――ここで素直に引き下がるわけにはいかないのだろう。


 彼は、降参しなかった。


 しかし、今、魔法を撃ったとしても――その前に、俺の鉄槌の拳が再び飛んでくるのは目に見えている。


 俺との、あまりにも近すぎる距離。

 そして、すでに手放してしまっている魔法の杖。


 魔法はもう使えない。

 それでも、何かしなければならない――

 彼は、最後の悪あがきとして、物理攻撃を選んだ。


 デビットは、無事な方の左手で、俺の顔面に狙いをつけて殴りかかってきた。


 その素人同然の攻撃を、俺は右腕でいとも容易く受け止めた。

 その腕には、護身用の特殊な小手が仕込んである。


 がっ!!


 という鈍い、硬質な音。

 デビットの顔が、その痛みで大きく歪む。


 滅茶苦茶、痛かったのだろう。

 ――すまない。


 俺は、デビットの殴りかかってきた腕を力強く掴み、そのまま足を払って、容赦なく地面へとたたきつける。


「ぐえっ!!」


 デビットはすぐには立ち上がれないようだ。

 地面の上で無様に、もがいている。


「――そこまでっ! 勝者、ゼノス・グリムロックッ!!」


 立会人であるアルドリックが、馬鹿でかい声で高らかに俺の勝利を宣言した。


 

 ***


「やるじゃねーか、グリムロック! おい、どうだ、この後――俺とも一戦、戦わねーか?」

「……悪いが、遠慮しておく」


 俺は、アルドリックの馬鹿げた誘いをきっぱりと断り、俺の勝利を静かに見守ってくれていたセシリアとリゼルの元へと向かう。


 むさい大男よりも、可憐な少女たちの方を優先した。


 デビットの、あれほど威勢の良かった取り巻きたちは――俺の圧倒的な勝利に、しばらくの間唖然としていた。だが、俺がこの場を去ろうとすると、慌ててデビットの元へ駆け寄り、彼を救護室へと運んでいった。


 この勝負は、最初から圧倒的にこちらが有利だった。


 俺には【魔封印】という、絶対的な切り札がある。

 今回はそれを使わずに立ち回った。だが、この切り札を“持っている”という事実だけで、敵のいかなる魔法攻撃も完全に無効化できるという――そんな精神的な余裕を生み出す効果がある。


 デビットの魔法は、まともに当たれば即死級の威力だ。

 普通なら、それを向けられただけで極度の緊張に襲われ、恐怖で体が震えてしまう者も少なくないだろう。


 緊張状態では、剣をまともに握ることさえ、おぼつかなくなるかもしれない。


 この『精神的な余裕』というものは――

 時として、技量以上に勝敗を分ける重要な要素だったりするのだ。


「お見事でしたわ、ゼノス様」

「ま、まあ、頑張ったんじゃない? あんたにしては、褒めてあげるわ」


 二人の美しい婚約者たちからの、心のこもった労いの言葉。

 この俺の存在を新入生たちに知らしめるための決闘は、二人の美少女の祝福と共に、その幕を閉じたのだった。

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