第129話 新入生からの挑戦状
俺は、ドワーフの姫エイルに専用武器の作製を依頼した後、リリアーナを彼女の住処へと送り届け、その足で学校へと向かった。
石畳を叩く規則正しい馬蹄の音。
パン屋から漂う香ばしい匂い。
王都の朝はいつも活気に満ちている。
学園のグリムロック家専用の馬留から、朝日を浴びて輝く白亜の校舎へと徒歩で移動した。
***
短い道中、俺は登校中の生徒たちから多くの視線を集めていた。
この時間は徒歩通学の生徒が多く、学年の違う生徒も大勢いる。彼らの視線は、好奇心、畏怖、そして侮りや若干の敵意が混じった、実に複雑なものだ。
俺は、この学園において何かと注目度の高い特殊な生徒だ。
魔力ゼロの落ちこぼれ。
それでいて、戦争継続派の筆頭貴族の跡取り。
にもかかわらず、敵国であるアドラステア帝国の姫君エリザベートと親密に意見交換をする謎の男。
さらに、武闘派の王子の側近、アルドリックと互角に拳で戦い、王都で最も人気の劇場型レストラン【砂漠の星】の若きオーナーでもある。
今年入学してきた新入生たちにとって、俺という存在は物珍しい芸能人のようなものかもしれない。
***
学校の正面入り口に、複数の生徒が待ち構えているのが見えた。
見慣れない顔ばかりなので、おそらく新入生の一団だろう。
そのグループの中心にいた、見栄えのいい男が、俺に語りかけてきた。最初から俺を待ち構えていたらしい。
「失礼。あなたが、ゼノス・グリムロック様で、お間違いないでしょうか。私は、デビット・ハーグレイヴ。ハーグレイヴ伯爵家の次男です。突然で大変恐縮ですが、あなたに決闘を申し込みます。お受けいただけますか?」
その新入生の丁寧に手入れされた茶色の髪は、朝日に照らされて艶やかに輝いている。顔立ちも整っていた。
伯爵家の次男ということだが、周囲に大勢の取り巻きを侍らせているところを見ると、新入生の中でも特に成績優秀者なのがうかがえる。
(そいつが、この俺に決闘の申し込み、か……。なるほどな)
俺がこの決闘を断れば、「辺境伯グリムロックの跡取りが恐れをなして逃げ出した」と、お手軽に武勇伝を学園中に轟かせることができる。
そして、もし決闘を受けたとしても――魔力ゼロの俺ならば、魔法を使えば容易く倒せる、と踏んでいるのかもしれない。
俺が、あのアルドリックと互角に戦ったといっても、それはあくまで、魔法なしの拳のみの戦いだ。
あの決闘は、魔法の使えない俺に合わせて、アルドリックが魔法を使わずに戦っていた――周囲からは、そう見られている。
その詳細を聞いていれば、『魔法を使えば勝てる』と考えても不思議はない。
戦いを挑んでくるぐらいだ。
当然、こちらのことは既に調査済みのはず。
デビットは、跡継ぎではない次男だ。
何か目立つ功績の一つでも、学生のうちに打ち立てておきたい――という焦りを感じる。周囲から認められる武功が、喉から手が出るほど欲しいのだろう。
デビットの取り巻きだけでなく、通学中の生徒たちも立ち止まり、彼らと俺のやりとりに視線を集中させている。
その無数の視界の端に、俺はひときわ目立つ三人の人物を発見した。
リアム王子と、その側近のアルドリック、そしてエリオット。
王子と側近のトリオが、今日は珍しく朝から三人揃っていた。
(――さて。どうするか)
決闘を受けてもいいし、断ってもいい状況だ。
これまで、俺は自らの本当の実力を意図的に隠してきた。
無用な警戒を避けるためだ。
だが、この世界で前世の記憶を取り戻し、すでに一年以上が経つ。
数々の戦闘経験を積み、劇場経営で潤沢な資金を確保し、信頼できる仲間も大勢増やした。俺専用の新たな武器製作の素材集めも完了している。
その間、好敵手となるはずのリアム王子は、戦闘能力を高めるための鍛錬を積んでいる気配はなかった。学校で真面目に魔法の勉強はしているだろうが、それだけだ。
スタートダッシュを決めた俺に対して、出遅れているリアム王子。
実力を隠しておくことに越したことはない。
だが、それは今の俺にとって、「できれば」であって、「絶対」ではない。
(……決闘を受けてやっても、いいか)
だが、その前に。
「答える前に、一つ聞いておこう。――君が、この俺と、決闘をする、その理由は、なにかな?」
動機の確認だ。
俺はこの学園で、無暗に戦う気はない。
デビットの返答次第で、俺の最終的な答えを決めることにする。
***
「……私が、あなたに決闘を申し込む、その理由。それは、リリアーナ姫君の捜索のためです。私がこの決闘に勝つか、もしくはあなたがこの決闘から逃げ、断った場合。その時は、あなたのご実家、グリムロック家の屋敷を隅々まで捜索させていただきたいのです」
ほう。
なるほどな。
この決闘で、リリアーナ姫の捜索に自ら尽力していると、王家に大々的にアピールしたいわけだ。
戦争継続派である俺に勝てば、王家の覚えもめでたくなる。
そのうえ、王家への捜査協力の姿勢も示せる。
もし運よく、グリムロックの屋敷からリリアーナ姫が発見されるようなことがあれば――それはもう、とんでもない功績になる。
将来に不安を抱えた伯爵家の次男であるデビットが、リリアーナ姫と結婚することすら夢ではないだろう。
……なかなか賢い奴だ。
俺がその野心的な挑戦を受けてやろうと口を開く――その寸前。
意外な人物が、俺たち二人の間に待ったをかけた。
リアム王子、その人だった。
「待ちたまえ! ハーグレイヴ君! 私の妹のことをそうして気にかけてくれるのは、兄として実にありがたいが。ゼノス君は、先日、我々の捜査に積極的に協力してくれた功労者だ。それにもかかわらず、こうして一方的に決闘を持ち掛け、その屋敷を捜索するなどというのは、私の意に反する」
珍しい。
あのリアム王子が、この俺に助け舟を出すとは……。
俺はそこで、ほんのちょっとした、しかし無視できない違和感を覚えた。
(……なんだ?)
その違和感の正体を、思考し、明確化する。
違和感その1。
『決闘』という甘美なワードに、あの戦闘狂であるはずのアルドリックが、全く反応せずに大人しくしている。
違和感その2。
いつもは所かまわず俺に脊髄反射で突っかかってくるエリオットが、ただ唇を噛みしめて大人しく黙っている。
そして、何よりも、このリアム王子の、あまりにも彼らしくない行動。
(……この三人は、俺に決闘を『させたくない』? いや、あるいは、グリムロック家への家宅捜索の方か?)
家宅捜索は、リアム王子にとっても、むしろ渡りに船の絶好の機会のはずだが?
予期せぬ王子の介入に、決闘を申し込んできたデビットの方が、少しばかり焦っている。
まあ、いいや。
決闘を挑まれたのはこの俺なんだ。
どう答えるかは、この俺が、決める。
「リアム殿下自ら仲裁していただけるとは光栄です。しかしながら、このハーグレイヴ殿の、リリアーナ姫を心から心配するその熱い気持ちも、無下には出来ません。――ハーグレイヴ殿。貴殿とのその決闘、謹んで、受けて立ちましょう」
俺は全身に絶対的な自信をみなぎらせて、そう宣言した。
デビットの、少し驚きに見開かれた瞳を、真っ直ぐに見据える。
彼は、これから屠ることになる哀れな獲物。
俺は、まるで舞台役者が演じる王子キャラのように、自信に満ち溢れた態度で、星の輝きをその瞳に宿しながら――
堂々と、その挑戦を受けて立った。




